第3話 A組の扉は建て付けが悪い
石ノ
2年A組の特徴的な生徒
僕・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・物語の主人公
1
終業式が近づくと、人によってはロッカーを奇麗にしておき、荷物を整理する者も居たし、くしゃくしゃになった重要書類や課題や、洗ってない体育館履き、ジャージ、使わなかった教科書、パンフレットなどを小汚い袋に詰め込んで夜逃げよろしく大荷物で帰宅する者も居た。
僕はというと、それほど多くない荷物をカバンに詰め込んで、教室の端で窓の外を見つめている。向かいには、いちごミルクを手に持った坂井が座っていた。一口飲むか、と言わんばかりの表情でいちごミルクをこちらに向けてきたので、僕はそれを片手をパーにして断った。坂井はいちごミルクを握っているため、グーの手かもしれない。すなわち僕の勝ちだ。
終業式の前日になると、男子は何人かでどこかへ行こうと画策していたし、女子は女子で海外旅行だの、パパの会社の保養所だの、自慢大会が始まっていた。一瞬小澤と目が合ったが、お世辞にも楽しそうな表情には見えなかった。担任の加納先生が入ってくると、「あれ、扉建付け悪いな」と言って教卓に持ち物を置くと、両手で扉を持ち上げてぶつぶつ言いながらレールに扉を戻し始めた。「ちょっと宮野、手伝ってくれ」と一番前に座る宮野に言うと、彼はめんどくさそうな顔をして立ち上がった。
レールがはまった音がすると、上の隙間から紙がひらひらと落ちてきた。
「なんだこれ」加納は紙を拾い上げると、閉じ込めてある面を開いて首を傾げた。
僕はとっさに加納の所まで行くと、その紙を注視した。
『許さない』
紙には尖った文字で、震えたように書いてあった。達筆ではない。
「なんだこれは」加納は同じようなリアクションをする。
「誰か悪戯でもしたのか?」
「僕は知りません」
「俺も」宮野が紙切れから顔をあげて僕に言った。
「そうか。お前らも何か知らないか?」クラスに聞こえるように言う。
誰も反応を示さなかった。加納は紙切れをくしゃくしゃとすると、怪訝そうな顔のまま教卓まで歩いた。僕は腑に落ちないまま机まで戻る。一度、宮野と目配せをしたが、特に意味はなかった。ホームルームが終わると、そそくさとクラスメイトは帰っていった。僕はロッカーの前に居る御厨に声をかけて昨日の出来事を説明した。
「捕まったなんて言ったかな」御厨はスカートが長い。「でも、秋葉くんのママが学校から帰るところを、三週間前に見たの。あれは部活終わりだから、十八時くらいだったかな。落ち込んでいる様子だった。声は掛けなかったけどね」
「他に誰かいた?」
「いや、居ないと思う。一人だった」
「何か他に知らない?」
「うーん、分からないなあ。でも、三週間前の事件の時、先生が何人も集まって会議をしてたのは見た。あの二日後に、五人は姿を消したってわけ」
「そうなんだ」僕はもう訊くことが無くなったので、ありがとうと伝えてその場を辞去した。
坂井が手洗いから戻ると、御厨が言っていた話を一応した。
「特に証拠とは言えなそうだなあ」
「そうだよね」
「とにかく、誰か一人と話してみる必要がありそうだね」
「でも、どうする?」坂井が言う。
「それなんだけどさ、佐藤のアカウントにメッセージを入れるっていうのはどうかな?」
「いいとは思うけど、返事をしてくれるかどうか……」
「そうだね。でも、やってみる価値はあると思うよ」
「よく使う?」
「何を?」
「佐藤が投稿を出してるサイト」
「あんまり」
「じゃあ、フォロワーを見えないようにして、プロフィールもアイコンも変えてくれ。誰か分からないようにだ」
「分かった」
坂井はスマートフォンを取り出して操作をした。一通り終わると、次いで佐藤のアカウントを探した。
「これだ」アカウントはすぐに見つかった。一昨日から投稿は増えていない。黒いアイコンもそのままだった。
「なんて送る?」
「うーん」僕は自分のスマートフォンで文章を作ると、それを坂井に見せた。文章を読んだ坂井は、何だこれはという顔をして僕に視線を送った。
「これはまずいだろう」
『初めまして。
「これ、送るのか?」坂井が訊いた。
「うん。いいでしょう?」
「いやあ、いいけどさ……。なんかまずくないか?それにお礼って、お金持ってないぞ」
「ポップコーンとかでいいだろう」
「川口啓貴って?誰?」
「誰でもない」
「そうなんだ」
坂井はそのまま文字を打つと、それを三回読み直してから送信ボタンを押した。
「これでいいのかな」
「うん。いいと思うよ」僕は一言返事で返した。
2
教室のドアが開くと、
「ちょっといい?」志井が僕に言ったので、僕がそこを退くと、ドアを開けてメジャーで何かを計り始めた。
「ここに学校のスローガンの垂幕をかけるの」風戸が言う。別に訊いてはないが、一方的に話し始めたのだ。
「だから、そこのワイヤーに紐を引っかけてるのよ。明日は終業式でしょ?垂幕も汚れてたから、私と志井先生でやってるの。運営委員だし」僕はなるほどと言ってその作業を見ていた。
「これで、佐藤から返事は来るかな……」坂井が質問する。
「まあ、待つしかない。他の四人のアカウントはないのかな。正直言うと、佐藤って一番ガードが堅いというか、そういうのに引っかかりにくい気がするんだよね」
「そうだねえ……」
志井と風戸は作業を終えたようで、茹だる風が吹きつける窓をだらだらと閉めた。
「ふたりとも、何の話をしていたの?」志井が訊く。
「いや特に」坂井が反抗的な顔をして答える。
「引っかかるとか、そういう悪いことはやめなさいよ」
「はーい」
「他の四人とか言っていた?」
「いや、僕らテニスの習い事してるんで、その話です」僕は適当に答えた。
「そうなの」
風戸と志井は教室から出ていき、またもや静寂が訪れた。
「あいつら運営委員だからうるせえんだよなぁ……」坂井が言う。
「そうなんだ」
「それより、よく俺とお前がテニスのなんちゃらとかいう上手い嘘を思いつくよな……」
「得意だからねえ」
「凄いね。川口何とかといい……」
「ありがとう」僕は言った。
「褒めてない」
二人はくすくすと笑いだし、並んで教室から出ていった。
3
意外なことに、佐藤からの返信は、近くのハンバーガーショップで坂井と喋っている時にあった。坂井の隣には、宮野と、部活をサボった小澤が居る。僕と二人は坂井のスマートフォンの画面を注視して、返信の文字を読んだ。
『事件の真相というのはどういう事でしょうか。私は今、T町から3時間も離れたところに居ます。その近くで良ければ会う事は出来ますが、よろしいですか』
僕は坂井からスマートフォンを奪い取ると、返信を書いた。
『事情は理解しました。差し支えなければ、場所を教えていただけますでしょうか。しかし、プライバシーもあるため、ご自宅から少し離れたカフェやファストフード店でも構いません。都合のよい場所がございましたら、指定していただけると幸いです。』
『でしたら、プースカフェ自由ヶ丘でお願いします。日時は、7月29日の14時頃はどうですか。』
『かしこまりました。1週間後、7月29日にプースカフェ自由ヶ丘に14時ですね。当日、お会いできることを楽しみにしております。』
坂井は感激したように僕を一瞥すると、「凄いよ」と言って微笑んだ。「でも、自由が
「
「私、渋谷しぶやなら行ったことがある」小澤が言った。シェイクを飲んでいる。
「げっ。凄いな。俺なんか近くても小田原だよ」
「僕は行ったこと無いけど、こっちの方の大学に行こうと思ってる」僕は小澤に言う。
「それより、約束したのはいいけどどうやって会うんだ?俺らじゃあ相手にしてもらえないだろ」宮野が唸る。
僕は首を振って返事をした。「まあ、まだ一週間はあるよ。何とかなるかもしれない」
「そうだなあ」
坂井が宮野を一瞥すると、「お前なら、フランクに話せるんじゃないか?」と訊いた。
「俺が?」宮野が反論する。「うーん。まあ、考えておくよ」
「なんか、面白くなってきたね」小澤が嬉しそうに言った。坂井は小澤を見ている。
どうやら、好意があるようだ。
4
翌日の十時に、終業式が行われた。僕と坂井はだらだらと校庭に出ると、あと三分で始まるというタイミングでトイレに行きたいと思い立った。まだ集まっていないのは、僕と坂井、宮野、小峰の四人らしい。
僕は終業式などどうでも良かったのだが、怒られてもめんどくさいのでそのまま列に並んだ。僕の出席番号順は、前から十番目である。二十人居るのでちょうど真ん中だ。
坂井は、僕よりも少し前に並んでいる。前にはやたら図体のでかい
そのせいで、貴重な校長先生の話も、副校長先生の司会姿も、生徒指導のありがたい話もよく聞くことが出来ないじゃないか、と内心で皮肉を言った。終業式は、まず部活動、学外活動、芸術、美術、その他賞で功績をあげた生徒の表彰から始まった。生徒の全員が眩しそうにしながら頭を下げるのを、他の生徒は惰性で手を叩きながら見ていた。逆光の為、顔はよく見えなかった。見えたとしても、たぶん誰か分からなかった。
ところで、普通は終業式は体育館で行われる。しかし、体育館は一ヶ月前に始まった改修工事の為、今は使えない。老朽化が原因だそうだが、上の骨組みに挟まった無数のバスケットボールを取る作業で半日を要するだろうと思った。したがって、今回の終業式は校庭で行っている。
途中、宮野が小走りで後ろから列に入ってきた。寝坊をしたのだろう。僕は手遊びをしながら表彰を見た。それが終わると、副校長の話になった。要するに夜は危ないから気をつけること、熱いので水分補給をこまめにすること、遠くに行くときは十分に注意することの三点を話した。
どうしてこれほど単純な話を二十分もかけて話すのか、まるで意味が分からなかったが、これで給料がもらえるのならばいい仕事なのかもしれない。それから、煙草とお酒、薬物の危険性について誰か分からない保険の先生が話した。これもまた、やたらと危険性を指摘して話しており、環境保護団体の抗議活動のように見えた。その話もまた二十分くらいかかった。老舗のカレーくらいじっくりやるものだと感心した。
校長先生が台に上がると、懐から
僕はあまりに暇だったので、坂井にメッセージを送ってみた。
『トイレ行ってもいいかな……』僕が送る。
『いいんじゃない?俺も行くわ。もうそろそろ加納先生が通るから、先に行けよ』
『ありがとう』
坂井が言った通り、加納先生がこちらに手を組んで歩いてきた。前に立っている教師もいるが、その違いは分からない。しかし、先生が並んで立っている場所は、のきなみ日陰である。したがって、あちらが出世したメンバーなのかもしれない。僕は加納先生に目配せすると、要件を伝えた。
「いいぞ」と加納が言う。
何人もが並んで退屈そうにしている姿を脇目に、S棟裏のトイレに向かって駆け出した。
続く→→→
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