黄昏
藤園ほころ
黄昏
目が覚めると、いつも泣いている。
なんの夢を見ていたのか覚えていないけれど、君がいた事だけは覚えている。
うだるような熱帯夜の中ひとり、カラカラと回る扇風機を見ながら、ふと外を見上げる。
夜景を代償に、天の川は見えない。
雲隠れとなった月は、ぼんやりと後光の様に光を落とす。
この町はまだ比較的涼しく、暑さに染められるまではもう少しかかりそうだった。
逢魔が時とはよく言ったもので、勝手口から抜けた先の街中は、湿気を残して誰も居なくなったようだった。
古い橙色の街灯に誘われ踊り狂う蛾を余所目に、君の玄関先へと足を運ぶ。
君はまだ、甘い夢の中の筈だ。
たとえ起きていたとしても、闇夜に紛れて僕とは分からないだろう。
そう、誰そ彼の様に。
植え込みに隠してある鍵を取り出し、ゆっくりと鍵を回す。
両親は旅行中という話は君から聞いていた。
君しかいない家の二階へ上がると、君のネームプレートが吊るされた扉があった。
ドアノブを下ろし、そっと押し出す。
少し散らかった部屋には、未充電の携帯が転がっていた。
画面には丑三つ時が表示されている。
画面をアイスピックで打つと、ひび割れ、画面は沈黙を貫いた。
「誰…!?」
そこには部屋の隅のベッドで布団を片手に怯える君がいた。
「誰だろうね」
黄昏時、弱い月明かりに照らされた僕は、きっと誰かも分からないのだろう。
他に電子機器がないのを確認したあと、君を見ると、美しい瞳に涙を浮かべ、こちらを睨んでいた。
だが僕にとってそれは慣れっこだった。
君の瞳は確かに沢山見てきたけれど、そんなに弱そうな瞳は初めてだった。
君にゆっくりと近づく。
恐怖を携えた君の様子は、ますます僕を興奮させるだけだった。
震えて体が動かない君に、そっと手を添える。
君の胸に手を当て、鼓動が早いのを感じる。
首筋にアイスピックを当てると、冷たかったのか、体がまた少し震える。
恐怖に囚われた姿を見るのは楽しく、声も出ない君は、あの時とは違い、僕にされるが儘だった。
高級料理がもったいない様に、まだこの時間が続いて欲しいと願った。
薄い桃色のベッドを紅く染め上げるのは、少しだけ惜しかった。
でも僕にもう迷いは無い。
柔らかい皮膚が、受け入れるように、真っ直ぐ突き刺さる。
それもそうだろう。
血を見るなんて久しいだろうから。
声も出ないようだ。
アドレナリンがでているのか、痛みはあまり感じないようだった。
ならしょうがない。
もう、一刺し。
確実に、死ぬために。
もう、いちどだけ。
涙でぼやける視界で、君の手に血の付いたアイスピックを握らせる。
あぁ。これでいいのだ。きっと。
「…次のニュースです。先日起きた、北海道函館市内で起きた刺殺事件に進展がありました。亡くなった男子高校生は、同級生の女子高校生の自宅で亡くなっていたことが判明しましたが、当時その女子高校生にいじめを受けていた事が、凶器で破壊されたスマートフォンのデータから見つかりました。警察は怨恨殺人の可能性も含め、当時の状況を詳しく捜査しています…」
黄昏 藤園ほころ @hocoro
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