第二章・偉大なる二歩目、冒険の世界イスナーン
第23話・新たな世界で踏み外す一歩目
しばらくその場で女神と自分の不運を呪っていたが気を取り直してステータスを確認する。
【異世界転移】
【風の賢者の加護】
【第六感】
「…あれ?」
てっきり、異世界転移のスキルはワァヘドに初めて転生した時のように灰色の文字になっているかと思ったがちゃんと黒文字で使用可能となっている。
何か変わったのかと長押しするといつも通り詳細が開かれる。
【異世界転移】
・試練を超えし時、新たな扉は開かれる。
転移可能世界
『ファスティシア・ワァヘド』
だが、そこには最初の時とはまた違う文言が並んでおり最初の時とは違い転移できる場所が増えている。
「…ファスティシア?」
ワァヘドはわかるが、ファスティシアと言うのは完全に初耳だ。
先頭に書いてあるから、国よりも広大なものを指していると思うが、もしやこれが前回いた世界の名前ではないだろうか。
「そっか、あくまでワァヘドは国名だからね。日本で言う地球ってことか」
まあ、あの世界の名前がわかったところで何かが起こるわけではないのでどうでもいいのだが、てっきり帰れないと思っていたワァヘドへあっさり帰れることになってしまった。
だが、もう今生の別れのような別れ方をしてしまったためすぐに会いに行くのも気まずい。
「ま、まぁ…戻ったところでやることないし…うん、それよりもまた試練か」
新たな扉と言うことはまた次の異世界の扉を開くためにはワァヘドのように『アポロの徒』を倒したりしなければいけないということだ。
正直この世界を攻略した後、日本に帰るよりも三つ目の世界に行く方が可能性が高い気がするが、師匠との約束を果たすため諦めるわけにはいかない。
「…また独り、泣きそう」
ワァヘドではすぐ師匠と言う頼れすぎる大人がいたため孤独感はさほど感じなかったが、また独りボッチになるとこみ上げるものがある。
だが、こんなところに長時間いても何も起こらないので遠くに見えた石塀の所まで歩き出した。
「【身体強化の魔法】……石塀しか見えねぇ、入り口っぽいのはあるし行ってみるか」
師匠に教えてもらった【身体強化の魔法】での視力強化をすることによって遠くを見通すことができる。
***
数分歩いてたどり着いた城壁は遠目に見た時よりも超巨大でこの頃になると壁内に入ろうとする人がちらほらと見えてきた。
だが、問題なのは視力を強化して確認したのだが入って行く商人らしき荷物を引いている人も僕のようにただ入ろうとしている人も例外なく通行料や何か板のようなものを支払ったり、見せているのだ。
(や、やばい…次、僕の番じゃん!?)
それに気づいたのは列に並んでしばらくたった後で次の番と言うところまで来ていた。
「通行証を提示してください」
槍を持った門兵からそう言われたが、当然この世界に来たばかりの僕にそんなものがあるわけない。
背は僕と同じくらいだが、腕の太さは比べ物になっていない。
身体強化の魔法を使えば戦えるだろうがここで問題を起こせば日本への帰還など夢のまた夢だ。
「あ、その…えと……」
「どうしたのかな?ないなら、通行料を払ってもらう決まりなんだけど」
「…あ、ありません。通行証も、通行料もありません」
言い訳もできないほど大人しく言ってしまった。
もう恥ずかしすぎて体が熱くなっているのを感じるし、怖くて兵士さんの顔を見られない。
「…わかりました。でしたら、別室に案内します…ここを任せてもいいかな?」
「はっ!」
「え…?」
てっきりその太い腕でぶん殴られるか、槍で刺されるくらいの覚悟はしていたのだが、予想外に僕は最初の兵士さんに別室に連れて行かれた。
(…いや、そういう事か公衆の面前でボコボコにするわけないから別室ってことか)
本来なら、門兵さんに阿歩炉をボコボコにする理由などないのだが別の世界に来てばかりで人間不信気味だった彼はひたすらにネガティブに物事を捉えていた。
「じゃあ、ここに座ってもらえるかな」
「…はい」
門兵さんに通されたのは拷問部屋などではなく、何の変哲もない応接室のようだった。
言われた通り、用意されていた椅子に座ると兵士さんが持っていた槍を立て掛け僕の前に座った。
「それじゃあ、まずこれに記入してもらってもいいかな」
「え?…はい」
謎の被害妄想からぶん殴られることを予想していたので予想外に渡されたのは『仮通行許可書』と書かれた紙だった。
内容は名前や年齢など基本的なことから『この町の住人に危害を加える気はありませんか?』など、チェックで回答する内容まであった。
「…よし、それでは『仮通行証』を発行するのでその場から動かないでください」
「え、あ…はい」
言う通りに大人しく座っていると門兵さんは僕が記入した『仮通行許可書』に書かれた内容を次々と読み上げていく。
「では『カゲヤマアポロ』この契約を受け入れますか?」
「はい…これって何か意味あるんで……」
口頭での約束なんていくらでも破れるのにと口に出そうとしたその瞬間、門兵さんが持っていた紙が光り輝き、消えていった。
「もしかして、知らなかったのかな?」
「すみません田舎から出てきたものでし、知りませんでした。その、今僕に何が起こったんですか!?」
「それは申し訳ないことをしたね。でも、大丈夫この町で普通に過ごしていれば何も起こらないし、正式な通行証を手に入れて、通行料を払えば信用の証として契約は消えるから」
話を聞くと、今のは『魔法契約』という代物で書いた内容を詠唱して相手が了承した場合のみ書かれたものを履行するという物らしい。
「そ、それってもしも破ったら…」
「居場所がバレて投獄される程度ですがただ、魔法契約によっては代償が死である可能性もあるのでこれからは注意してください」
てっきり思い契約かと思われたが、一通り内容に目を通したが要するに常識外れの行動をするなよと書いてあるだけだった。
「正式な通行証を発行するためにはもし戦闘の心得があるなら『冒険者ギルド』に登録するのが一番手っ取り早いですよ」
「あ…はい、その…本当にお世話になりました」
「うん、それじゃあ頑張ってね。冒険者の街『イスナーン』にようこそ」
勝手にぶん殴られるとか想像していたことを内心謝りつつ、頭を下げやっとこの世界での第一歩を踏み出した。
「やっぱり、日本やワァヘドとはかなり違うな」
壁内に入ると広がっていたのは僕が日本で呼んでいた異世界ものの漫画に登場するなんちゃってヨーロッパのような世界観を持つ街並みであった。
(…ヤバい、超大ピンチだ)
現在の僕は当然ながら一文無しであるため今日の寝床や飯すら確保できていない。
これでは、この世界の試練を攻略する前に餓死で終わる可能性がある。
奥の手としてワァヘドに帰って山小屋で寝泊まりするという方法もあるが、あの家に戻ったらまた泣き出すし、エナとまた出会ったら気まずいどころじゃない。
結局のところ、あくまでそれは最終手段。
まだ、日は落ちていないのだからやれることもあるだろう。
(…現状の情報だと学歴も何もない僕が金を稼ぐ方法は多くない。今は冒険者ギルドに行ってみるか)
冒険者ギルドは、僕が入って来た門のすぐ近くにあった。
ギルドの建物自体は典型的な西洋建築で、石やレンガを多用しており大きさは僕が前に住んでいた山小屋4個分くらいあり二階建てであった。
「うっ…」
ギルドの扉を開くと漂ってくる濃厚な威圧感、正直ワァヘドで鍛えられる前の僕ならここで吐いていただろう。
だが、今の僕ならここで襲われたとしても煙幕を撒いて逃げることができるので恐れることはない。
だけど、怖いものは怖いので周りのテーブル席に座っている強面たちはできるだけ視界に入らないよう真っすぐ受付カウンターを目指した。
「す、すみません…冒険者登録をお願いしたいんですけど…?」
「はい、ではこちらをご記入ください」
緊張のあまり挙動不審のままカウンターに到着し話しかけると、すごく美人のお姉さんがにこやかな笑顔で迎え入れてくれた。
何だかデジャブを感じながら渡された書類に記入していく、内容は基本的な名前や年齢などに加えて『仮通行証』でも書いたような内容を記入していく。
(…『正当防衛や相手が盗賊の場合を除き殺人をしてはいけない』って書いてあるぅ!?)
普通に考えて殺人なんてもってのほかなのだが、逆に考えてみれば襲ってくる奴はいるし、盗賊もいるということだ。
「…書きました。お願いします」
「はい、それではこのカードに血か魔力をお願いします」
てっきり、契約内容を読まれて『魔法契約』を結ぶのかと思いきやそんなこともなく渡されたカードに、すぐに魔力を入れると受付さんに渡した。
「あ、あの『魔法契約』ってやらないんですか?」
「…あぁ、あれは普通罪人に対して行われる処置ですから、普通は行わないんですよ…その調子だと冒険者について何も知らないようですね。説明を聞きますか?」
「お願いします!」
サラっと、最初の扱いが罪人と同格だと言われた上に呆れられた気がするが、ここでお金を稼いで通行料を払えばそれともおさらばだ。
受付さんからの説明によれば、僕が今魔力を通したのがギルドカードでこれがここでの通行証の役割になり通行料が取られなくなる。
ギルドからの依頼を受けて、貢献度が上がっていくとギルドランクがF~Sの間で上昇していく。
もし、問題を起こせばその記録もギルドカードに記録され、最悪失効される。
別の街で冒険者登録をしようとしたとしても、記録された魔力から辿れるため再登録は不可能。
登録したての僕はFランクからのスタートと言うことで、受けられる依頼にも制限があり簡単なお使い程度の仕事しかできないとのことだ。
「なので、絶対に悪いことをしてはいけませんよ」
「は、はい!…あの、今から僕でも受けられる依頼ってありませんか?」
「ええ、もちろん。この時間なら薬草採取からどぶさらいまでより取り見取りで揃っていますよ。もし、魔法の心得があるなら北の森での薬草採取がおすすめですよ」
お姉さんが地図を取り出し北の森と言って指さしたのは、冒険者ギルドに近くおそらく僕が入って来た門があるほうだろう。
「魔法の心得はありますけど…それってどういうことです?」
「これを見てください。薬草採取の依頼で対象になる薬草は全て微弱ながら魔力を纏っているんです。魔法使いの方は魔力を探知できると聞くので採取も楽かと…」
本に書かれた絵を見てもただの雑草としか見えないが魔力が籠っているなら、僕のあやふや探知でも見つけることができるだろう。
「ですが、危険な魔物も出現するので森の奥には絶対に行かないでください。薬草がたくさんあるからと入っても森の入り口側にしてください」
逆に入っていけと言うフラグにしか聞こえないし、普通の主人公なら森の奥に行って戦ってみようとなるだろうが――
「はい、絶対に行きません!!」
“命大事に”を掲げる僕にとっては意地でも行きたくない。
と言うか、マジカル日本であったワァヘドならまだしも、ここイスナーンで怪我をすれば病原菌や治療代によって取り返しのつかないことになりかねない。
こうして僕は、新たな世界『イスナーン』での最初の一歩を踏み出した。
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