第5話:デート

 僕は心地よい日差しを受けながら目を覚ました。手に握られているスケジュール帳から察するに、僕は昨日、寝落ちしたようだ。いつもかけているアラームが鳴らなかったのもそのためだろう。


 僕は枕元の電子時計に目をやる。そこには、『9:00』と映し出されている。僕は、落ち着いてスケジュール帳を開く。そこの予定には、『7時に病院を出る』と書かれている。今度は、部屋の掛け時計に目をやる。たった今、時刻は9時1分になったようだ。ここで、やっと僕は寝坊したことを理解する。

「あっ、起きた」

 声の方向に目を向けると、扉の前に死神さんが立っている。彼女の服装は、いつも通りの黒いパーカーだが、髪の毛先が整えられており、すでに準備万端のようだ。

「死神さん!なんで起こしてくれなかったの」

 僕は大慌てで、出かける準備を進めた。

「とても気持ちよさそうに寝ていたから」

「……ありがとう」

 彼女の言葉から悪意は感じられず、純粋な善意で僕を寝させてくれていたようだ。それに、これは僕の失態なのだから彼女を責めるのはお門違いだ。

 僕らが部屋を出た時には、すでに時刻は9時30分を回っていた。


 本日のデートスポットである遊園地に着いた頃には、すでに11時を過ぎていた。2時間ほど予定がズレてしまったが、まだ挽回できるはず。

 しかし、僕は朝ごはんを食べ損ねていたせいで、頭がご飯のことしか考えられなくなってしまっている。腹が減っては戦はできぬ、とも言うし、ここはひとまず、早めの昼食を取りたい。

「死神さん、飲食店が混む前に早速、昼食を食べに行かない?」

「良いと思う」

 ということで、僕らは遊園地に入ってすぐの飲食店へと向かうことになった。


 遊園地の中には、色とりどりなアトラクションが散りばめられており、あちこちで人々の笑い声とジェットコースターから絶叫が聞こえてくる。

 僕はその賑やかな空気に包まれ、気づけば、夢のような世界へと引き込まれていた。同様に、死神さんの足取りも気持ち跳ねているような気がする。

 今思えば、朝、彼女は僕よりも先に起き、すでに出かける準備を済ませてあった。実は、今日を楽しみにしてたのは、彼女も同じなのではないだろうか。


 飲食店に着くと、昼時を外しているのにも関わらず、すでにレジには短い列ができていた。

「そういえば、死神さんって食べ物を食べることはできるの」

「普段は食べる必要がないから食べないけど、食べようと思えば普通に食べれる。まぁ、その後のことは私もよくわからないけど」

「へぇ〜。じゃあ、食べたいものとかある」

「特にない。君と同じので」

「わかった」

 列が進むにつれて、レジが徐々に近づいてくる。いまだに注文が決まってない僕はレジの上に掲げられたメニュー表に目をやりながら、何を注文しようかと考えていた。

 すると、その中にひときわ目を引く一品があった。その名も『ラブラブソーダドリンク』。

 グラスには、よく漫画やアニメなどで見かける、口が二つに分かれたハート型のストローがちょこんと刺さっている。いかにもカップル向けって感じの飲み物だ。

「死神さん、本当に同じのでいいんですね」

「うん、いいよ……?」

 彼女は念を押されたことに少し戸惑っている様子だが、これで言質は取れた。あとは、目の前の店員に伝えるだけだ。

「ご注文はお決まりでしょうか」

「はい、『ジャンボチュロス』を二つと『ラブラブソーダドリンク』を一つで」

 よし、言えた。少し周りの視線が痛かったが、これも全ては完璧なデートのためである。決して、死神さんが困る姿を見たかったわけではない。

「すみません、お客様。こちらのドリンクなのですが、カップル専用のものでして、おひとり様への提供をしておらず……」

「えっ、」

 そういえば、死神さんは僕以外には見えていないのだった。ならば、周りの人からはぼっちの奴がカップル専用のドリンクを買おうとしているように見えているのか。恥ずかしい。大失態である。

 そして、隣からは「クスクス」と死神さんが必死に笑いを抑えている声が聞こえてくる。

「間違えました。普通のソーダを二つで」

「はい、かしこまりました」

 僕らは商品を受け取ると、再び遊園地へ繰り出した。本当ならば、店中でゆっくりと食べたかったが、時間がないので仕方がない。決して、恥ずかしかったわけではない。


 すでに、僕らのチュロスとドリンクは半分がなくなろうとしている。

「そういえば、死神さんは今、チュロスとドリンクを持っているけど、周りからはどう見えてるの?」

「私が持ってるように見えてる」

「えっ、なんで。死神さんは僕にしか見えないはずじゃ……」

「別に実体を出そうと思えば、出せる」

「じゃあ、さっきの店では」

「君の反応が見たかったから。面白かった」

 意外だった。死神さんにも童心のような無邪気な気持ちを持っていたなんて。

 それにしても、これまでの生活を通して、彼女には驚かされてばかりな気がする。

「ほら、早く行かないと、メリーゴーランドの列が長くなるよ」

 そう言うと、死神さんはチュロスを一口かじりながら、足を早める。僕もそれにつられて、早歩きになる。

 けれど、どれだけ歩きを早めたところで、彼女の横顔を見ることは叶わない。それでも、なぜか彼女の横顔には、惹かれてしまう魅力を感じてしまう。

 僕は本当にこの死神に恋をしてしまったのだろうか。

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