第27話 たねあかし
この春、大学生になった湯村は、鷹尾という
鷹尾が歳上であることはまちがいないが、これといって素性の知れない人物であり、同期生の水島いわく、「三年前のセンター試験の受験生のなかで、史上最高点をたたきだした男」らしい。工学部の建築科では有名な学生だとしても、そんな鷹尾と接点を持つほど、湯村は目立つ新入生ではなかった。……目的があって、向こうから近づいてきたのだ。
朝早く、大学の正面玄関へとつづく木立ちの途中で、鷹尾に設計図の青焼きを手渡された湯村は、図面から立体的な模型を読み取り、その場で正解をみちびきだした。
「余白の欄に、クリニックと記入してあります。これじゃ、クイズになりませんよ。最初の二枚も、病院に関する図面ですよね? 実際にあるのかどうか、そこまでは調べていませんが……」
答えにたどりついたと思いこむ湯村は、早口でしゃべった。木立ちの陰にたたずむ鷹尾は、小さく肩をすぼめると、腕組みをして云った。
「それは、ある男が書いた図面だ」
「あなたが書いたものではないと?」
「書いたのは春馬だよ」
鷹尾は、真顔でおかしなせりふを口にした。湯村が首をかしげると、「つくづく、まぬけだな」といって、わざとらしく深いため息を吐いた。
「ど、どうせ、ぼくはまぬですよ。だから、ちゃんとわかるように説明してください。きょうこそは、すべて白状してもらいますからね。まわりくどい話は、もうたくさんです」
湯村はムキになって云い返したが、鷹尾に吹かれた。
「まあ、この状況をおもしろがっているのは、本人だけだろうな。いいかげん、おれもうんざりしてきたぜ」
「うんざりって、誰に……?」
「鷹尾春馬にきまってるだろ。その青焼きを書いた男だ。おれの今までの行動は、全部あいつの指示だからな」
湯村の心臓が、ドクンッと強い脈を打つ。
いつかの水島からのメールには、画像が添付されていた。まっすぐレンズを見て笑う鷹尾は、現在より少し若々しい表情をしていた。筒型ホルダーの図面ケースを肩がけにしているため、入学式がすんで、幾日か経過した写真だと思われた。構内のどこかで撮影したらしく、背景にはほかの学生もうつりこんでいる。画像では見切れていたが、鷹尾の左手は、となりの人物の肩に添えられていた。水島の情報によると、鷹尾と同期の女子学生が、センター試験で史上最高点をたたきだした男の写真は、なにかご利益がありそうだといって、撮影した一枚らしい。水島が知りあいを経由して入手した画像を、ごみ箱送りにしては罪悪感があった。不本意ながらアルバム機能に追加して保存した湯村は、
「ま、まさか、あの写真で見切れていたひとは……」
と、声がうわずった。古木の葉群が、ざわざわと風にゆれて音を立てる。湯村の顔は青ざめたが、鷹尾春馬のふりをしていた目のまえの人物は、満足そうに笑みを浮かべた。
「だから、まぬけと云ったんだ。なにもかも気づくのが遅い」
「でも、それじゃ、あなたはいったい誰なんですか……」
「ようやく自己紹介ができるな。おれは
成川は自嘲ぎみに笑って空気をなごませたが、湯村の頭では理解が追いつかず、指さきが慄えた。ひらりと、青焼きが足もとへ落ちる。成川が歩み寄り、それを拾いあげて、見つめた。
「あいつらしい上品な図面だよな。これをおれに託したとき、春馬は、おまえのことをうれしそうに語っていたぜ」
「あのひとが、ぼくの話を? それは、いつ……どこで……」
うなだれて顔をあげることができない湯村は、成川に肩をゆさぶられた。
「おい、病人みたいな顔をするな。しっかりしろ。あとは、おまえしだいなんだ。春馬に逢いたければ、おれが逢わせてやる」
「なる……かわ……さんが……、どうして……そこまで……」
「おまえを騙した罪滅ぼしだよ。……歩けるか」
背なかを支える成川の手を激しく意識して、湯村はめまいさえおぼえた。成川は、呼吸を妨げないていどに軽く唇を
「ぼくは、あなたのことを誤解していました。……どうか、鷹尾さんに逢わせてください。お願いします」
「湯村の誤解は当然なんだよ。おれの口が悪いのはいつものことだ。あまり気にするな」
そういって歩きだす成川のうしろ姿は、朝陽に照らされてまぶしくかがやいて見えた。
✦つづく
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