第19話 ないしょの協力者
夏休み中も大学の図書館へ通うようになった湯村は、専門外の知識が頭のなかを占めるようになり、ときどき、われにかえって肩の力を抜いた。
「よし、だいぶ形になってきたぞ」
設計図の謎を解くため、持参したノートへ図面を書き写すと、各パーツごとに分け、組み立てることにした。レファレンスカウンターのコピー機で、書き写した図面を拡大印刷すると、図形ごとにハサミで切ってゆく。パズルのピースみたいなパーツが、いくつもできあがった。
「えっと、これが窓で、こっちがカウンターっぽいテーブルで、横に三つある
スティックのりをつかって工作したパーツを、ノートへ書き写した図面のうえに載せると、近くを通りかかった学生が、ちらッと、視線をよこした。湯村の手もとを見て、「きみ」と声をかけてくる。図書館で誰かに話しかけられるとは思わなかった湯村は、「は、はい?」と変な声がでた。顔をあげると、面長の男子学生が背後に立っていた。
「建築科の学生ではないよな。見たことない顔してる。きみは一年生?」
「はい。湯村と申しますが……」
「おれは建築科の三年、
「いえ、ちがうひとからあずかった設計図を、ぼくが模写したものです」
「原図はあるのか? 見せてもらってもかまわないかな」
一瞬、第三者へ見せるべきか判断に迷ったが、影山はまじめな顔で会話をするため、悪用目的とは思えなかった。小さく折りたたんだ設計図をひらいて渡すと、「葉番が記してあるな。ほかの階層はないのか?」と質問してくる。
「階……ですか? ぼくがあずかったのは、その一枚だけです……」
「ふうん。もしかして、なにかのゲーム?」
「よくわかりませんが、なにかの謎かけみたいです」
「そう、きみが、ひとりで正解をみちびきだせるかどうかの実験だとしたら、おれが口をはさむのは計算ちがいかもしれないな」
まじめな顔つきが、ふっと、ゆるむ。影山は、設計図を湯村へ返すと、少し声を低めて云った。
「シンプルで上品な図面だ。製作者は、とても優秀だね」
鷹尾の才能に憧れをもつ建築科の学生は、意外と多い。影山もそのひとりで、学部が異なる湯村が、なぜ、完成度の高い設計図をあずかっているのか疑問に感じた。だが、他人の事情に口をはさむ性格ではなかった。笑みを浮かべると、いくつかの専門用語を教えてくれた。去りぎわも「がんばれよ」と応援してくれた。気さくな男だった。
影山いわく、下駄箱と受付カウンターとパウダールームを指で示し、サービス施設のフロアではないかという。
「それで、ほかの階は……って、きいたのか。この一枚で、建物は完成しないんだ。二階とか、三階部分の図面があるとすれば、鷹尾さんが持っているはず……」
模型をながめる湯村は、子どものときに通っていた歯科クリニックを思いだした。現在は空家になっていたが、建物は取り壊されず、在りし日のまま残されている。昔ながらの木造建築で、せまい空間に受付と待合席とトイレがあり、名前を呼ばれるまで、奥の扉からきこえてくるドリル音に、ハラハラと緊張したものだ。
「まさか、これって病院の設計図? でも、規模が小さいような……、個人の診療所……?」
影山のヒントをもとに、湯村は「クリックの一階」と結論づけた。あとは、鷹尾に正解を確認する必要がある。模型をかたづけて席を立つと、食堂で軽食をすませた。建築科の教室は、工学部エリアにある。バスの時間まで構内を散策していると、なにもないところで足がもつれ、派手に転倒した。……恥ずかしい。トートバッグの中身が床へ散らばり、あわてて拾い集めたが、スティックのりが見つからず、もたついていると、廊下を歩く足音が聞こえた。いったん立ちあがると、学生たちが通りすぎてゆくのを待つ。それから、姿勢を低めてスティックのりをさがすと、ずいぶんさきの柱の陰に転がっていた。
「ふう、見つけた。よかったぁ……」
たかが百五十円のスティックのりとはいえ、落としたまま放置しては、誰かが見つけて疑問に思うはずだ。自然消滅しないものは、持ち主が最後まで責任をもって取りあつかうべきである。
帰りのバスにゆられながら、湯村は鷹尾の写真を見つめた。水島から携帯電話へ送信された画像につき、指でタップすると拡大も可能だ。入学したばかりの鷹尾は、カメラ目線で無邪気に笑っている。
「横にいるひとは、誰なんだろう……」
湯村は、鷹尾の左手が気になった。顔は見切れていたが、となりの人物の肩へ添えてある。愉しげに笑う鷹尾のそばにいるくらい、親しい間柄だと思われた。
その夜、シャワーを浴びるため服を脱いで
✦つづく
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