[BL]めぐりくる心の名において
み馬下諒
第1話 プロローグ
秋、舗道にふりつもる
ザザザッ、……雑音
ザーッ、電気信号の乱れ
若い男性アナウンサーの声。おはようございます。みなさん、きょうの〔ことわざコーナー〕の時間ですよ~。今回は、ちょっとドキッとするような意味がありますので、心の準備をお願いします。それでは、発表します。本日ご紹介するのは、こちらです!
さあ、どうですか? テレビのまえのみなさん、ドキドキしちゃってますか? たまにはこういうのもありですね~。こちらの意味は、男女が互いに身心をゆだねて慕う気持ちがあることのたとえでして……、
ザザザッ、ノイズ……
カチッ、電源をきる音
市内の公立高校へかよう湯村は、受験生である。将来について、これといった目標を持てずにいたが、大学のオープンキャンパスに参加するため、市営バスにゆられて駅へ向かった。時刻は早朝なのに、駅まえの駐輪所には、始発電車に乗りこんだ会社員や学生たちのモーターバイクや自転車が、ずらっと、ならんでいる。
「世のなか、ひとが多すぎる……」
改札口をとおって二番線の電車を待つあいだ、湯村の気分はどんどんおちこんでゆく。いまから向かう大学は、受験勉強をしてまで行きたいわけではない。ただ、家族会議のすえ、進学する流れになったのだ。
恋は美的革命、愛は芸術的奇跡
時こそ今は、青春なり
来たれ、わが演劇サークルへ!
大学構内の掲示板は、どこも新入生を勧誘するポスターで埋めつくされている。いつごろから放置してあるのか、
オープンキャンパスとは、いわゆる見学ツアーみたいなもので、説明会のあとは、各自で構内を見てまわることができた。湯村は、配布されたパンフレットをリュックサックにしまい、しばらくぼんやりとした。来春、同じ大学に通うかもしれない参加者たちは、それぞれどこかへ散っていく。母親といっしょの生徒もいれば、同じ高校から参加したグループもいる。ひとりきりの湯村は、ふと、のどの渇きを覚えた。
自動販売機は、渡り廊下のさきに見つかった。小銭いれを取りだし、フルーツ牛乳のボタンをピッと押す。ガコンッと、勢いよく落下した紙パックは、あちこちヘコんでいた。ストローをはずすと、横から腕がのびてきて、紙パックごと奪い取られた。
「あんた、こんな甘いものよくのめるな。ブドウ糖がほしくなったのか? ウチの大学の説明会は、むだに話が長くて退屈だしな」
いきなりあらわれた学生風の男は、ストローをさしてひと口のむと、紙パックを湯村の胸のあたりへ押しつけた。
「名前は?」
「え……」
「名前だよ。ぼけっとするな」
「湯村
とっさに名乗ったが、しまったと思った。見ず知らずの人間に教える必要はない。しかも、相手は名乗らずに立ち去ってしまう。唖然とする湯村は、無意識にフルーツ牛乳をのんで、ハッとなる。たったいま、自己紹介を放棄した男と間接キスが成立した。
「な、なんなんだ、あのひと……」
うろたえる姿を、誰かに見られたのではないかと不安になり、ますます挙動不審になる湯村だが、もうこのとき、心はとらわれていた。たとえ、求めるものが異質なものであっても、どうすることもできない。そういう体質を呪って泣きたくなる夜は、数えきれないのだから──。
ザザザッ、……それは心臓の音
ザーッ、それは心電図の乱れ
ザザザッ、ノイズ……、ザーッ
季節は秋、舗道にふりつもる
✦つづく
※お読みいただき、誠にありがとうございます。もしよろしければ、完結までおつきあいくださると光栄です。
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