第1章【第4話:消されたログ】

第4話:「消されたログ」


 ファンタジアランドの運営本部ビル──その地下には、社員のほとんどが存在を知らない「旧メインサーバールーム」がある。

 ビルの上層階に新しいメインサーバールームが作られたことで、何年か前から封鎖されている。知っているのはこのサーバールームが可動していた時から働いていて、かつ行く必要があった立場の人だけだ。


 ナオとあやめは、ミサの映像に映っていた“ライドの操作記録”を手がかりに、そこへ向かっていた。


 俺が働き始めたばかりの頃、業務で一度来たことがあった。場所はうろ覚えだったがたどり着くことはできた。


 


 「さっきの男、IDタグの色は“管理局”のもの。つまり──上層部の誰か」


 「やっぱり、園内の人間が関わってるんか……」


 ナオの胸に、ぞわりとした不快感が走る。

 それは“勘”というより、“何かに触れたときの感触”だった。


 生きているものではない、記憶の奥に残る冷たい残渣──

 それが地下へ近づくごとに濃くなっていく。


 


 旧サーバールームの扉は厚い金属製。鍵は封鎖されている。だが、錆び付いていて壊すのは苦労しなさそうだ。

 あやめが側に転がっていたパイプでこじ開けると、ひんやりとした空気が、まるで“中から”漏れてきた。


 


 「……あやめ、ちょっと待って」


 「……ん?」


 「中に、“人の気配”がある。けど、生きてる気配じゃない」


 


 ナオの第六感が、扉を開けた途端に警鐘を鳴らし始めていた。


 


 中は真っ暗。誰もいないはずなのに──


 壁を伝って歩いていくと、床の端に「何か」が転がっていた。


 


 「これ、USBメモリか?」


 拾い上げる。薄い赤のペイントがこすれていて、文字がにじんでいる。


 ──MISA_記録用_BACKUP


 


 その瞬間、照明が一つだけパッと点いた。


 まるで“誰かが見せたい”かのように。


 


 ナオの手のひらが、冷たくなっていく。


 USBに触れたことで、第六感がまた反応した。


 


 ──フラッシュのように、映像がナオの脳裏に流れ込む。


 


 ◆

 ミサが一人でサーバールームに入る。

 部屋にはもう一人、マスクをした男。

 

 ミサが何かのファイルをコピーしている記憶。


 USBを見せて震える声で言う。


 「これ……公開したら、あなたたち……」


 男が無言でミサに近づき──

 その直後、ナオの視界が赤く染まり、電源が落ちる。


 ◆


 


 「ナオ!」


 視界が戻ると、あやめが肩をつかんでいた。


 「……ヤバい。“直接触れすぎた”みたいや」


 「中身、見るわよ。USB挿して」


 


 二人はサーバールームにあるPC端末の一つを起動し、メモリを挿入する。


 


 フォルダがひとつ。

 中には短い動画ファイルと、Word文書があった。


 動画を開く──


 


 画面には、一人の男性が誰かに話しかけている。


 「このまま埋めてしまえばいい。事故ってことで処理すれば、問題ない」


 次のカットでは、ライドの地下機械室らしき映像。

 誰かが意識を失って倒れている。

 顔は映っていないが、着ている服──それはミサの制服だった。


 


 「……これ、証拠やん」


 ナオが思わずつぶやく。


 あやめがファイル名を見つめたままつぶやく。


 「この映像……録画したの、本人じゃない。誰かがずっと“監視”してたってことよね」


 


 そのとき。


 背後の扉が「ギィィ……」と開く音がした。


 


 振り返ると、誰もいない。


 でも、ナオの耳元で──

 誰かの声が、はっきりと囁いた。


 


 「──みつけて……ください……」


 


 振り返っても、そこには闇だけがあった。


 しかし、その闇の中で一つの違和感。風がないのに、部屋の奥でファイルが一枚、ふわりと舞い上がる。


 


 そしてUSBのモニターが、勝手に再生を始めた。

 今度は映像ではなく──音声だった。


 


 ──《……実験対象・第9号、“共鳴感応者”反応あり。》


 ──《“記憶の蓄積”は完了。生体記録、これより隔離保管へ移行──》


 


 ナオは、震えながらつぶやく。


 「これ……“ミサ”だけやない。もっとおる。もっと……“消された記憶”があるんや」


 


 その瞬間、端末全体が落ち、USBから煙が立ち上った。


 “何か”が、証拠を封じようとしている。


 


 そしてナオの直感が気づく。


 ──このパークには“人間の記憶”を食う何かがいる。


 ──そいつが、ミサを……。


 


 闇はもう、すぐそばまで来ていた。



---


👁‍🗨 次回予告:第5話「記憶を食べるもの」


ミサの失踪は偶然ではなかった──。

“記憶”を喰らう存在、そしてそれを知りながら隠蔽した人間たち。

次に狙われるのは、ナオ自身かもしれない。

第六感の力が暴走し始める中、ナオはついに【あれ】と出会う──。

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