第六話:舎弟、できましたの?

わたくしが、あの生ぬるい嫌がらせ現場を「力」で平定した翌日。

学園の空気は、奇妙なほど、静かでした。

それもそのはず。わたくしが食堂で銀の水差しを握り潰し、取り巻き令嬢たちに2キロスの懲罰走を課したというニュースは、瞬く間に学園中の知るところとなったのですから。


生徒たちは、わたくしを遠巻きに、恐怖と好奇の入り混じった視線で見ております。結構なことですわ。悪役令嬢とは、こうでなくては。

わたくしは、朝のトレーニングを終え、ツェルバルク家秘伝のプロテイン(沼風味)を飲み干すと、満足げに息をつきました。


「ああ、鍛錬の後の栄養補給は、五臓六腑に染み渡りますわね」

「お嬢様、本日の筋肉の仕上がりも完璧でございます」

「うむ。ところでブリギッテ、あの二人はどうしておりますの?」

「はっ。クレメンティーナ様とダフネ様でしたら、昨夜の懲罰走のせいで筋肉痛が酷いらしく、本日は授業をご欠席なさると…」

「ふん、情けない。たった2キロス走ったくらいで。まだまだ鍛え方が足りませんわね」


わたくしが、軟弱な元・取り巻きに呆れていると、その当人たちが、廊下の向こうから、よろよろと、しかし、まっすぐにこちらへ向かってくるではございませんか。

その瞳には、昨日までの卑屈な光はなく、代わりに、熱に浮かされたような、奇妙な輝きが宿っておりました。


二人は、わたくしの目の前まで来ると、お互いに頷き合い、そして、完璧な角度で、同時にひざまずきました。


「「イザベラ様!」」


「…何ですの、あなたたち。まだ反省が足りないようですわね。追加で5キロスほど走ってきますか?」

わたくしがそう言うと、クレメンティーナが、顔を上げて叫びました。

「いいえ、違います、イザベラ様!わたくしたち、目が覚めましたの!」

「目が?」

「はい!」と、ダフネが続きます。「昨日、イザベラ様が、あの重さ2キログアはあろうかという銀の水差しを握り潰された、その圧倒的なお姿を見て、わたくしたちは悟ったのです!真の貴族とは、血筋や家柄ではなく、圧倒的な『力』によってその尊さを示すべきなのだと!」


「……ほう?」

これは、予想外の反応ですわね。

わたくしは、てっきり、恐怖のあまり失禁でもして、二度とわたくしの前に姿を現さないものとばかり。


クレメンティーナが、キラキラした瞳で、わたくしを見上げます。

「イザベラ様!どうか、この愚かなわたくしたちを、再びあなたの元へお置きください!もはや、取り巻きなどという生ぬるい立場ではございません!あなたの『弟子』として、その強さの神髄を、どうかご教示くださいませ!」

「お願いいたします!」とダフネも頭を下げます。


わたくしは、腕を組み、しばし考え込みました。

(…なるほど。わたくしの圧倒的なカリスマ(物理)が、彼女たちの腐った根性を叩き直し、真の悪の道へと目覚めさせた、ということですわね)


そうですわ。悪役令嬢には、その手足となって働く、有能なミニオンが不可欠。これまでの彼女たちは、ただ虎の威を借る狐でしたが、これからは、わたくしが直々に鍛え上げ、一騎当千の戦闘メイド令嬢として再生させてやればよいのです。

ええ、良い考えですわ。


「よろしい。あなたたちの覚悟、しかと受け取りました」

わたくしは、尊大に頷いてみせます。

「ですが、わたくしの弟子となる道は、いばらの道ですわよ。生半可な覚悟では、一日と保ちません」

「望むところですわ!」

「どんなご指導でも、お受けいたします!」


「結構。では、まず、その貧弱な体を作り直しますわ。本日の午後のメニューから、あなたたちも参加なさい。まずは、腕立て伏せ200回。その後、わたくしと共に、30キロスの持久走ですわよ」

「さ、30キロス!?」

「文句がございますか?」

「い、いいえ!や、やらせていただきますわ!」


こうして、わたくしは、図らずも、二人の忠実なる(そして少しズレている)舎弟を手に入れたのでございます。


その、あまりに異様な光景――真紅のトレーニングウェアを着たわたくしを先頭に、高級なドレス姿の令嬢二人が、半泣きで学園の周りを走り込み、時折「そこ、腕の振りが甘いですわ!」とわたくしに叱咤されている光景――を。

少し離れた校舎の窓から、セレスティーナ様とそのメイドが、呆然と眺めていることなど、この時のわたくしが、知る由もございませんでした。

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