第十二章:世界の夜明け

 大政奉還から、数年の月日が流れた。

 俺が提案した立憲君主制と議会政治は、驚くほどスムーズに機能し始めた。

 最初は戸惑っていた貴族たちも、領地が豊かになり、国が安定していくのを目の当たりにするうちに、次第に新しい体制を受け入れていった。平民からも優秀な人材が次々と登用され、国中に活気が満ち溢れている。

 エルグランド王国は、かつてないほどの発展を遂げ、大陸でも一目置かれる強国となっていた。

 脅威だったガルバニア帝国とも、対等な立場での講和条約が結ばれた。彼らも、内側から生まれ変わったエルグランド王国を、もはや力で屈服させることはできないと悟ったのだろう。

 そして、俺はと言えば。

 国の要職に就くよう、国王やアルベルトから何度も請われたが、すべて断った。俺の性には、窮屈な役職は合わん。

 俺は、青風商会の代表という自由な立場で、世界中を飛び回っていた。

「お待たせ、リョウ」

 港の見える丘で、青く広がる海を見つめていると、後ろから優しい声がした。

 振り向くと、そこに立っていたのは、姉のカタリナだった。

 彼女は今、クライネルト領の領主代行として、父上を助け、見事な手腕で領地を治めている。その姿は、かつての「悪役令嬢」の面影など微塵もなく、領民から「慈愛の姫君」と心から慕われる、立派な淑女そのものだ。

「姉上こそ。忙しいのに、えいのか?」

「たまには、いいのよ。それに、あなたこそ、たまにはゆっくり休んだらどう? 相変わらず、世界中を飛び回っているのでしょう?」

 カタリナは、呆れたように、でもどこか嬉しそうに微笑んで、俺の隣に並んだ。

 二人で、しばらく黙って海を眺める。穏やかな風が、心地よかった。

「なあ、姉上」

「何?」

「幸せか?」

 唐突な俺の問いに、カタリナはきょとんとした後、ふふっと笑った。

「愚問ね。……ええ、幸せよ。とても。あなたのおかげで、わたくしは自分の居場所を見つけられた。守るべき人たちがいる。これ以上の幸せはないわ」

「そうか。そりゃあ、良かった」

 俺は、心の底から安堵した。

 俺がこの世界に来た、最初の目的。それは、姉の破滅を回避することだった。

 彼女が今、こうして笑顔でここにいてくれる。それだけで、俺がやってきたことは、すべて報われる気がした。

「日本の洗濯は、道半ばで終わってしもうたが……」

 俺は、遠い故郷の空に思いを馳せながら、独りごちた。

「こっちの世界の洗濯は、まずまず、上手くいったかのう」

 その横顔は、満足感に満ち溢れていた。

 俺の第二の人生は、思った以上に、上出来だったようだ。

 坂本龍馬の魂は、この異世界で、確かに一つの夜明けを創り出すことができたのだ。

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