第八章:蒸気と魔法の黒船
ヴァレンシュタイン家との同盟は、王国の貴族社会に大きな衝撃を与えた。
長年の宿敵同士が手を結んだという事実は、帝国の内通者であるベルンシュタイン伯爵一派を牽制し、王都の政治バランスを大きく変化させた。
しかし、俺は満足していなかった。
帝国との決戦が避けられない以上、決定的な切り札が必要だ。
「船は、わしの専門分野じゃき」
俺は港町リューベックにある、青風商会の造船所にいた。隣には、事業パートナーであるクロエが、興奮した面持ちで立っている。
目の前には、今までの帆船とはまったく違う、異様な姿の船が、その巨大な船体を横たえていた。鉄の装甲で覆われ、帆の代わりに、天を突く巨大な煙突がそびえ立っている。
「リョウ、本当にこんなものが動くの……?」
クロエが、不安と期待の入り混じった声で尋ねる。
「動くとも。こいつは、この世界の海運の歴史を変える、『魔導蒸気船』じゃ」
俺が長年温めてきた計画。それは、前世の「蒸気船」の知識に、この世界の「魔法工学」を融合させた、前代未聞の新型艦を建造することだった。
船の心臓部には、巨大な魔導ボイラーが設置されている。火の魔石の力で水を瞬時に沸騰させ、生み出された膨大な蒸気圧が、これまた巨大なピストンを動かす。その力が、船体後部の巨大な外輪(パドルホイール)を回転させ、船を推進させる仕組みだ。
動力だけではない。船体は鉄板で覆われ、その表面にはヴァレンシュタイン領から提供された高硬度の鉱石を練り込んだ防御魔法陣が刻まれている。これにより、並の砲撃では傷一つ付かない、魔法の装甲が実現した。
武装も桁違いだ。
甲板には、青風商会が開発した新型の「魔導カノン砲」がずらりと並んでいる。これは、魔力結晶を爆発的なエネルギーに変換して撃ち出す大砲で、従来の火薬式の大砲とは比較にならない射程と破壊力を誇る。
「風に頼らず、高速で航行できる機動力。敵の攻撃を弾き返す防御力。そして、敵艦を一撃で粉砕する攻撃力。この三つを兼ね備えた、無敵の船じゃ」
俺は、誇らしげに胸を張った。
建造には、莫大な費用と時間がかかった。クライネルト家の財産、青風商会の利益、そしてヴァレンシュタイン家からの資金援助。その全てを注ぎ込み、クロエの差配のもと、最高の技術者と資材を結集して、ようやく完成にこぎつけたのだ。
俺はこの新型艦を旗艦とし、同型の船を数隻建造して、一つの艦隊を組織した。
そして、その艦隊に名前を付けた。
「この艦隊の名は、『新・海援隊』とする」
かつて、日本の海を駆け巡った、わしの夢。その名を、異世界の海で復活させる。
この船団は、単なる軍艦ではない。戦いが終われば、世界中の海を巡り、国と国とを結びつける交易船となる。人や物、文化を運び、この世界を豊かにする、平和のための船になるんじゃ。
「新・海援隊……。いい名前ね」
クロエが、うっとりと船を見上げながら呟いた。
「さあ、いよいよ進水式じゃ! クロエ、準備はえいか?」
「ええ、いつでも! みんな、待ってるわ!」
造船所には、この歴史的瞬間を見届けようと、多くの人々が集まっていた。父上やカタリナ、ハンス、そして、遠路はるばるやってきたオットー・フォン・ヴァレンシュタイン侯爵の姿もある。
俺とクロエが合図を送ると、船を固定していた最後の楔が外された。
ゴゴゴゴゴ……という地響きと共に、巨大な鉄の船体が、ゆっくりと海へと滑り出していく。
ザッシャァァァン!
盛大な水飛沫を上げて、魔導蒸気船は、ついに海に浮かんだ。
そして、俺が艦橋から号令を下す。
「魔導ボイラー、点火! 機関始動!」
船内に設置された火の魔石が輝き、ボイラーが唸りを上げる。やがて、巨大な煙突から、もくもくと黒い煙が吐き出された。
「外輪、回転開始!」
船体の両脇にある巨大な外輪が、水面を激しく叩きながら、力強く回転を始める。
魔導蒸気船「飛龍」と名付けられた旗艦は、帆を張ることもなく、風のない港を、ぐんぐんと進み始めた。
その光景に、集まった人々から、どよめきと歓声が沸き起こった。
「おお……! 動いたぞ!」
「帆がないのに、なんて速さだ!」
オットー侯爵も、その厳つい顔を驚愕に染めている。
俺は艦橋の舵輪を握りしめ、大海原を見据えた。
帝国の黒い影が、すぐそこまで迫っている。
だが、もう恐れることはない。俺たちの手には、新しい時代を切り拓く、魔法と蒸気の「黒船」があるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。