東浦河高校1年A組のトラブルの話。

庄野真由子

一話 サッカー部、佐久間彰人の訴え。

東浦河高校の古文担当の教師になって二年。教科担当だけをしていたかったのに、クラス担任を任された。部活の顧問はまだのらりくらりとかわしている。


俺、小林武が担当しているクラスは東浦河高校1年A組。高校でトップクラスの美少女がいるクラスだが、彼女以外に飛びぬけて可愛い女子生徒はいない。問題行動を取る生徒もいなくて気を抜き始めていた5月の終わりにトラブルはやってきた。


「コバ先、話あるんだけどいい?」


サッカー部で一年生ながらレギュラー入りをした佐久間彰人が放課後、帰りのホームルーム直後に話しかけて来た。深刻そうな顔をしている。正直いって面倒くさいが、相談をスルーして大ごとになったら目もあてられない。今の時代、SNSでの拡散とか怖すぎる。


俺は内心の面倒くささは押し隠し、生徒相談室へと佐久間を誘導した。


生徒相談室には窓がなく、6畳ほどの広さで机と椅子が二脚ある。椅子は机を挟んで置いてある。この部屋は、だいたい教師と生徒のふたりきりで使うから、椅子の数は二脚で足りる。


ペットの見守りカメラがあるので俺はそれを起動した。この教室の映像は校長室で共有される。今日、この時間だと、たぶん、もう校長は家に帰っているだろうけど。


5月の終わりとはいえ、密閉空間は暑いので備え付けの扇風機を回した。冷房をつけた方が快適だけど、この季節に冷房をつける許可はめったに下りない。世知辛い経費節減対策だ。


「へえ。この部屋って扇風機があるんだ。いいな」


サッカー部で毎日練習している佐久間は生徒相談室の蒸し暑さに文句を言うことなく、首振り扇風機の風に当たりながら喜んでいる。お手軽でいい。ついでに相談とやらが手軽に済むともっといい。


「それで、相談って?」


俺は向かいの席に座った佐久間に問いかける。

好きな女子の落とし方とかなら、俺に聞いても何にも出ないぞ。大学卒業直後にフラれて以来、カノジョはいない。


「それがさ、南のことなんだけど。南、いじめられてるみたいなんだよ」


いじめ。クラス担任にとって、最も聞きたくない単語が佐久間の口から飛び出した。

まさか、うちのクラスに限って。そう言いたくなる気持ちをぐっと押さえて口を開く。


「南って、南あやのことか?」


「そう」


「いや、でも、南は学校カースト最上位グループにいるんじゃないか? いや、教師が学校カーストとかアレだけど」


クラス担任が受け持ちの生徒をカーストで見ているとか事案だ。ヤバすぎる。

今さら取り繕っても、俺の言葉は見守りカメラできっちり録画されている。せめて口頭注意で済んでくれ。始末書は嫌だ。


いや、始末書の心配をしてる場合じゃない。南あやはうちのクラスで一番の美少女だ。男性教師の俺がそんなこと言ったらセクハラだと思われるから胸の内にとどめておくけど、正直、芸能人になれるレベルの可愛さだ。スタイルもいい。

教室では南を中心に、常に数人が固まっている。……そうだったはずだ。孤立している生徒がいないか注意して見ていた。でも見ていたのは4月末までだ。人間関係が固定してからは、めったなことではトラブルは起きないと思っていた。


「ゴールデンウイーク前までは普通に、南と仲良くしてる女子とかいたんだけどさ。ゴールデンウイークが終わった後くらいから、南が元気なくてさ。話聞いたら、女子たちからSNSとかブロックされてるらしくて。直電とかも繋がらないんだって。着信拒否されてるっぽい」


「今、お前、女子たちって言ったか?」


おそるおそる問いかけると、佐久間はこくりと肯いた。

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