第3話 このおっさん、やっぱ只者です!
千年の歴史を持つサザンアイリスは、千年王国と呼ばれている。
現在その千年王国を収めるのは、シルヴィア王朝。その偉大なる当主はガイアス・シルヴィア四世。
このガイアス王は、先の大戦において魔王軍を壊滅させた勇者戦隊のメンバーであり、屠龍王とも呼ばれていた。あまたの古龍を討伐し、いくつもの魔王の首級をあげた勇者だ。剣の達人にして、キング・スキルの持ち主であった。
ただし、その屠龍王も歳を取った。
近年はみずから剣を取ることもなく、王宮にこもることが
多い。
しかし、魔族を倒す力のある『聖剣』の製作には力を入れており、聖剣の刀鍛冶に国からの援助をすることによって、聖剣の製作を国をあげて推奨していた。
年に一度、『聖剣祭』を催し、国中から珠玉の聖剣を募り、その順位を決める。
一位に選ばれた聖剣を生み出した刀鍛冶には破格の賞金と名誉が与えられる。また、聖剣として優れていると認められた傑作は、すべて国家が高額で買い取り、いずれ来るであろう魔族との戦いのために、厳重に国庫にて保管された。
今年の聖剣祭は盛況で、国内外から集められた刀剣のうち、なんと三本もの剣が聖剣として認められた。
過去に三本も聖剣が出た年はなく、少ない時は一本も出ないときすらあったのだから、今年は豊作というべきか。
まだ聖剣祭の興奮もさめやらぬ王城にて。
地下へとつづく階段をゆっくりと下る者がいた。
青い鬼火を灯すランタンを手にして先をゆく従者。それにつづいて石段を下るは、屠龍王ことガイアス・シルヴィア四世。
彼の両手には、今年聖剣として認められた三振りの刀剣が大事そうに抱えられていた。
その段数八十というから、通常の計算で五階層は下ることになる。それほど地下深くに掘られた広大な室。王宮地下の大空洞である。
壁に嵌め込まれた魔石が怪しい光を放つ地底の拝殿には、棄却された神像のかわりにヤギの頭をもつ魔神像が祀られていた。
胸に三振り聖剣を掻き抱いたガイアス王は、妖しい光に照らされる広大なフロアを渡り、その奥に設えられた石組みの井戸の縁に立つ。
井戸はなかなかに大型で、その直径五メルトルはあるだろうか。
中をのぞきこむと、その水は内部から清廉かつ神聖なる青い光を放っていた。
これこそが、古来より伝わる『奈落の泉』であり、その底は図り知れず。言い伝えでは世界の反対側まで届いているという。
ガイアス王は、眉間にシワを寄せ、嫌悪感もあらわにその泉水をのぞきこむと、やおらに胸に抱えた三振りの聖剣を井戸の中に投げ捨てた。
「今年は三本もあったか」
うんざりと
まるで、今年は害虫が多かったとでも言うように。
奈落の泉の、深く碧い水の中にゆらゆらと沈んでゆく聖剣は、世界の裏側へと落ちてゆき、すぐに見えなくなる。
魔を断つといわれる聖なる剣が消え去ったことに一抹の安堵を覚えつつ踵を返したガイアス王の正面に、美しい影があった。
金色の髪を結い上げ、エメラルド色の瞳を見開く少女。
抱きしめると折れてしまいそうな細い肢体。白絹に銀糸のドレスは、王族の正装。
おかしい。なぜ彼女がここにいる? この女はいま、聖剣祭の後夜祭に出ているはずではないのか。
「いかが致した、姫よ」
ガイアス王は口元に笑みをつくりつつ、彼女の怒りに燃えるエメラルド色の視線を受け止める。
「式辞はどうした?」
「体調がすぐれぬと嘘をついて抜け出して参りました。それよりも、父上! なぜ、聖剣を奈落の泉に投げ捨てますか。そのようなことをすれば、二度と取り戻すことが出来ぬでは有りませんか」
「ちがうぞ、姫。わが娘。これは聖剣を捨てているのではない。奈落の泉の泉水によって凍結させ、末永くその神性を保持するための手段だ。ちょうど魔法函に肉や野菜を入れて低い温度で長い日数保存させるのに似ている」
「嘘です、父上」
姫は否々と首を横に振る。
「あなたは聖剣を保存しているのではない。投棄しているのです。二度と使われないために、奈落の泉の底へと!」
「大きな声をだすな、はしたない。姫よ。わが娘よ」
「あなたは誰? 父上ではありませんね。いったい何者なのです。何者がわたくしの父に成りすましているのですか!」
「何を莫迦なこと。わが娘よ。愛しい姫よ」
「おかしいと思っていました。父上は生肉ばかりを好んで食べたりはしません。葡萄酒は好きでしたが、エールは飲みませんでした。夜、いびきをかくこともなかった無かったと聞きます。そして、わたくしのことを、わが娘なとどは呼びませんでした。あなたは、何者です。いつから父と入れ替わったのです! そして、わたくしの父はどこにいるのです!」
「はっはっはっは。よくぞ気づかれた金髪姫よ」
ガイアス王は歯を剥いて笑った。口がぱかりと耳元まで、大きく裂けている。
その異形に、姫は恐怖に震え、後ずさる。
「やはり、魔族ですか。いえ、人に化け、人語を流暢に扱う。おそらくは、魔王……」
「だとしたら、どうされますかな? 美しき金髪姫」
ガイアス王は目尻をさげて、美姫の肢体を舐め回すように見定める。
「王が偽物だと告発されるか。だが、やめておいた方がいい。そのような戯言、信じるものはこの王宮にはおりますまい。単に姫ご本人が乱心されたと思われるが関の山」
「だとしても」
ルージュの引かれた唇を、きゅっと引き結んだ金髪姫が気丈にも、胸を張り、背筋を伸ばす。
「魔王に聖剣がつぎつぎと奪われることを、わたくしは王族の末席として看過することはできません」
「はっはっはっは。では、どうされますか? 金髪姫。このわたしは確かに偽物の王だが、そういうあなたも、偽物のプリンセスではないか」
ガイアス王に成りすました魔王の言葉に、金髪姫は胸を射抜かれたような驚愕の表情を浮かべる。
「なぜ、それを……」
そう。
彼女は偽物のプリンセスなのだ。
「はい、お待ち」
ダマダ太夫が、鶏肉のチリトマト煮の皿を四つ運んでくる。
「おほう、これこれ」
ほくほく顔で受け取ったラコナンナが、腰を浮かせてテーブルの上に皿をつぎつぎと置く。
「あれ? ひとつ多くない?」
おっさんが聞くと、ラコナンナは、
「あと一人はもうすぐ来ると思うから……」
と周囲を見回し、
「あ、来てる来てる」
と入口の方へ手招きした。
おっさんが振り返ると、スコードロン『鳳凰の翼』の三人目のメンバーが入口ちかくの柱の影で、警戒するようにこちらを覗いていた。
「こっちこっち、大丈夫だから、来な。鶏肉が冷めちゃうよ。あ、でも、ヤミヒは猫舌か」
「え? だれだれ?」
おっさんが興味津々で、柱の陰に隠れたちっちゃい女の子を覗き込もうと身を乗り出す。それに合わせてさらに隠れる女の子。
「早くおいでよ。大丈夫だから。今回の依頼人の人だよ」
ラコナンナが強く手招きするが、女の子は問いかけるようにサレジナの方を確認している。
だが、かの聖騎士さまは、鶏のもも肉にフォークをぶっ刺して、ナイフも使わずにかぶりついており、まるで無反応。口からチリトマトソースを垂らして鶏肉に集中していた。
「まるでヴァイキングみたいな喰いっぷりですな」
おっさんがサレジナの赤く濡れた口元にエロい視線を送ると、聖騎士がたしなめるようにその赤い瞳で、刀鍛冶を睨む。
「早く喰ってみろ」
口の中にものを入れたまま喋る。
「へーい」
おっさん、ちょっと叱られて首をすくめ、そのくせ素直に、しかも上品に鶏肉にナイフを入れる。
小切れになったモモ肉をソースに絡め、フォークで気障に口へ放り込む。
「ん、ん、ん」
大きくうなずき、満面の笑み。たっぷり味わったのちに、咀嚼し嚥下する。口元をナプキンで拭い、ひとくちエールで喉を潤したのち、感想を述べた。
「美味い。これほどの料理は王都でもなかなかないな。この鶏肉、コンフィにしてるね。 旨味のつまった肉に、チリソースの辛味と、トマトの甘みが絶妙の三つ巴だ。そして、このちょっとヌルいくらいの温度が、逆に味覚を引き立てる。そして、この強い塩味はここの苦いエールともマッチする。この酒はインディアン・ペールエールだよね。これは、はるか昔東方の南国にあったとされる蒸し暑い国で作られた特殊なエールなんだ。高温多湿の環境でも腐らないように、度数を高くして、ホップを多めにいれたエールなんだけど、苦みがきつくて塩気のおおい料理には合とても良く合うんだ。特に、砂漠みたいな環境では、旨さが倍増する」
「へー」
ラコナンナはおっさんの蘊蓄を関心して聞いていたが、ヤミヒは「長い」と一蹴。
「うわっ」
いつの間にか隣に座っていたヤミヒ・ミミクスの存在に、おっさんがガチで悲鳴をあげる。
「いつ来たの?」
「コンフィのあたり」
黒マントに黒フードの女の子は、緑色の目をしているので、まるで黒猫だ。道を歩いているときに前を横切ってもらいたくない存在。
「紹介しょう」
口の周りにチリトマトソースをべったりつけたサレジナが、クールな口調で告げる。
「わがスコードロン『鳳凰の翼』の隠し球。魔術師のヤミヒだ」
果たして、隠し球というのが褒め言葉なのか否か、ラコナンナには判断つかないが、当のヤミヒはちょこんと頭を下げ、おっさんと距離は近いが目線はまったく合わせず、自己紹介した。
「ヤミヒ・ミミクスです。魔術師じゃなくて、じつは死靈術師です」
エールを飲みすぎて、ラコナンナもちょっと気分が良くなってきた。
おっさんも二杯目のジョッキを空けて調子があがっている様子。熱くなったのか、赤い燕尾服を脱いだ。
「ねえねえ、おっさん。その燕尾服って、砂漠で有効だから着てきたの?」
ラコナンナの問いに、おっさんが「?」という顔で返答する。
「砂漠で有効? いや、単にこれしかないから着てきたんだけど。だって俺、刀鍛冶だしさ。服なんて、あまり持ってないし」
「サレジナさーん」
ラコナンナはジョッキを突き出して、クレームをつけた。
「このおっさん、やっぱ只者です!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます