アイスクリームが溶けるまで

綿谷

第1話


「男の人って八秒間、目があったら恋に落ちるらしいですよ」


誰だったかな。そんなおかしなことを言ってきたのは。そうだ後輩だ。

後輩の風原菜乃花かざはらなのか。暑いからとか何とか言って毎日のように俺にアイスクリームを奢られにくる少し厄介な子。今日もやっぱり奢られに来て、隣でソーダ味のアイスクリームを美味しそうに食べている。夏の暑さのせいか頬はりんごのように真っ赤に染まっており、心配になる程だ。

俺はというと、チョコミント味のアイスクリームを早々に食べ終え、彼女の方をじっと見つめていた。腰ほどまでまっすぐに伸ばされた髪の毛がアイスクリームに付きそうで少しばかりヒヤヒヤしている。


「暑いですね」


「そう、だな」


ふいに彼女がこちらを見る。俺は驚いて、下手な返事で返してしまう。


「先輩、知ってます?」


「何……」


嫌な予感がする。今の彼女は結末を知っていてもなお相手を試すような、そんな目をしている。この顔をする時の彼女はろくなことを考えていない。


「男の人って八秒間、目があったら恋に落ちるらしいですよ」


ゆっくりと俺に近づき、囁くような声で、いたずらっぽい表情で、彼女はそう言った。


「試してみたくないですか?」


「知らん」


頭がうまく回ってくれない。これも暑さのせいだろうか。

彼女がこちらを見つめている。目が合ったら、恋に落ちる。そう言われてしまうと意識してしまうのが人間だ。俺は居た堪れなくなって目を逸らした。


「じゃあ交渉です。この実験に付き合ってくれたらもう奢らなくて良いですよ、アイス」


そう言われてしまったら付き合う他ない。ちょうど俺の小遣いが底をつきそうな頃合いだった。


「わかったよ」


俺がそう言うと、彼女は子どものように無邪気に喜んだ。あまりにはしゃぐものだから、アイスクリームを落としてしまうのではないかと内心落ち着かなかった。


「それじゃあ始めますからね!先輩も心の中で八秒数えてくださいね!」


アイスクリームを片手に何故かノリノリな彼女に戸惑いつつも、俺は黙って頷いた。


一、ニ、三、四……

だんだんと過ぎていく時間に比例して心臓の音は大きくなっていった。周りの空気が静かになるのを感じる。

風間菜乃花という少女をこんなにも近くで見たことがあっただろうか。見慣れない景色に戸惑いを隠せずにいた。美しい瞳にそれを彩るような長い睫毛。頬が赤いのがわかるほどの白肌にはピンクベージュのリップがとても似合っていた。そんなことを考えるうちに見つめ合っているということを自覚し、鼓動が鳴った。八秒間ってこんなにも長かっただろうか。


恋に落ちるまであと三秒、ニ秒、一……


「あ……」


「落ちた……」








照りつける太陽を受け止めていた地面には、溶けたアイスクリームが広がっていた。


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