第二十八話 迫害聖女・シアン

「まず、話し合いを求める使者が殺されました。それ自体は、先走った構成国の独断だったようですが」


 諸国連合はいくつもの国による寄り合い所帯。やはりその侵略戦争時も、それぞれに思惑はあったのだろう。中には戦功を焦って勝手に動く国や集団があってもおかしくはない。


「しかしもたらした結果は深刻でした。それを皮切りに、戦端は開かれたのです」


 一度走り出した勢いというものは中々止められない。それが千や万を数える軍団であるなら尚更だ。


「里を守るために立ち上がった指導者率いる義勇団は真っ先に潰されました。聖導師は命に代えてギリギリまで結界を維持し事切れました。隠れ里は蹂躙され、女子どもに至るまで殺されました」


 その時のことを、克明に覚えているのだろう。そう語るシアンの唇は悔しげに戦慄いていた。他の信者たちも、恐怖に怯え震えている。


「聖騎士は残った者たちを逃すため、殿しんがりとなって……最後に覚えているのは、無数の矢が突き刺さった背中です」

「……大切な人だったのか?」

「兄でした」

「……そうか」


 答えるシアンの表情はどこか淡々としていた。しかしそれはそう見えるだけで、実際は感情を必死に押し殺しているのだろう。白くなるほど握り込まれた両拳がその証拠だ。


「辛くも逃れた拙たちは、隠していた船で海を渡って大陸へ。小舟で辿り着ける海岸はどうあがいても諸国連合の領土内でした」

「だろうな……」


 ロイドは脳内で大陸地図を広げる。逆三角形の南側は、ほぼ全てがライブラスの領土だ。他に広げる先がなく行き詰まったからこそ、諸国連合は小さな島に目をつけたのだろう。


「なんとか陸に上がった我々でしたが、手もなく蹂躙されたとはいえ戦争相手。連合内にいれば、狙われるのが宿命。指名手配され、追い立てられ続けました」

「あのロトスコ兵士どものような奴らか」


 人身売買する気満々であった隊長の下衆な表情を思い出し、ロイドは胸が悪くなる。治安維持だけではなく、そういった良からぬ企みでシアンたちを襲う者たちも大勢いたのだろう。


「生き残った同胞たちも数を減らしながら、どうにか諸国連合を脱出しようと北上し……そして、今に至ります」

「ということは、南北に渡って横断してきたのか。よくもまぁ……」


 想像もできないほどの厳しい旅路だったろう。しかしそれしか選択肢はない。東はより排他的な正統皇国。西は群雄割拠で治安最悪な小国家群。どちらに逃げたとして、より悪い結果になることは目に見えていた。


「はい。あと少しというところでロトスコの兵たちに捉まり……もう駄目かと思っていました。しかし」


 シアンはロイドに向かって頭を下げた。


「貴方たちのおかげで命が救われました。改めて、感謝いたします」

「……ああ。といっても、戦ったのはゼナだが」

「それを命じたのは城主さまです!」


 何故かゼナは誇らしげに胸を張っている。


「ゼナがいいなら、それでいいが。それで、行く当ては……ないよな」

「……はい。どうにか北に抜けること、それだけを考えて歩き通していましたから」

「だよな。……なら」


 ロイドは覚悟を決めた。元より、そのつもりで助けたのだから。


「この城に留まるか? 取り敢えず、しばらくは」

「……良いのですか?」

「ああ」


 目を瞠るシアンにロイドは頷く。


「先に言ったように、ここはどこにも属していない。諸国連合にも、正統皇国にもな。だから、アンタらを受け入れるのにも思想的な否はない」

「……それでも拙たちを連合構成国に突き出せば、褒賞はもらえると思いますが」

「先程ロトスコに楯突いた手前、一緒に捕まるのがオチだろうな」


 兵士たちの様子を思えば、逆上して殺しにかかってきてもおかしくない。


「だから、アンタたちをどうこうという択は俺たちにはない」

「しかし……迷惑では」

「それを言うなら、全員ここに勝手に住み着いているだけだ」


 ロイドは自分の事情を簡潔に話した。ここが放棄された古城であること。自分が勝手に城主を名乗っているだけだということを。


「だから、アンタたちも好きにするといい。……なんだったら、俺たちを追い出すか? そっちの方が数は多い」

「そんなことっ! ……恩人に向かってはできません」


 シアンは少し悩み、おずおずと言った。


「……本当に、受け入れてくださるのですか」

「ああ。もちろん、この人数だ。働いてもらうことにはなるが」

「ええ。当たり前です。拙たちにできることはなんでもさせていただきます」

「そうか……ん、なあ」

「はい?」


 ロイドはウィゼス教が隠れ里で暮らしていたことを思い出した。


「畑を耕したり、ってことはできるか?」

「畑ですか。はい。荘園で働いていた者もおります」

「大工仕事は?」

「ええ。里では建物も自前で作っていたので」


 渡りに船だった。


「……是非にでも、来て欲しくなったんだが」

「……なるほど。事情はなんとなく把握いたしました」


 シアンは古城の有り様に何かを悟ったようだった。


「分かりました。協力させていただけることは、協力させていただきます。ですので、我々ウィゼス教徒一同の在居をお許しください」

「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」


 こうして、また仲間が増えた。

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