第二十二話 進む時間、進まない現状
ヴィオラの移住。そしてラゴス道商会の来訪からあっという間に半月の時間が経った。
その間、古城の様子はあまり変わり映えしていない。
いくつかの進展はあった。
例えばヴィオラの作業部屋(地下牢)が正式に稼働し始めたこと。
殺風景だった部屋に家具を入れ、森の奥の隠れ家からほぼ全ての荷物を運んだことで、薬作りの基盤が整った。本人曰く完璧ではないとのことだが、それも時間が解決するという。もっとも、五百年経っても気付かないエルフの言うことだ。本人の時間感覚が信頼できない以上、実際にどれほどの時間がかかるかは誰にも分からないが。
例えばゼナが森で狩猟するようになったこと。
ゼナは恐ろしく強い。単体ならばこの森の野獣魔獣は敵わないほどだ。鉄爪狼に襲われて逃げ惑ったりもしたが、それはロイドを護衛していたからで、ゼナだけならば同規模の群れにも十分対処が可能だった。
獣人の五感を持つゼナは、弓矢などの狩猟道具がなくとも獲物を狩ることができた。それこそ鉄爪狼などのように気配を消して近づき、牙代わりの剣で突き刺せばそれでいい。鎧の纏う鉄の匂いも、ヴィオラの匂い消しで問題ない。
新鮮な肉類が手に入るようになったことで、食料問題は取り敢えずのところ解決した。もっとも人数が増えれば分からない。保存食としてベリー類も採取したいところだが、可食なものと毒のあるものの違いをゼナの頭では覚えられないため、安全を考え取り敢えず見送られていた。
ロイドもふんぞり返っていたワケではない。
城に残っていた器具を整備修理したり、古城復興の計画を立てたりとさまざまな作業に従事していた。地味ではあるが。
そんな、生活を整える上での諸々はあった。
しかし風景は変わりない。
何故か。
それは単純なマンパワーの問題だった。
「……城壁は時間かかるな、こりゃ」
ロイドは城壁の上を歩きながら、その壊れた箇所の具合に顔を顰める。
城壁はその形を保ってはいたが、経年によるものかあるいは激しい戦があったのか、大部分が壊れかけていた。
割合にして、四割程度が破損している。
加えて城壁そのものも高く大きく、一周だけで日が傾くほど範囲も広い。
素材にしても、石材が主だ。運ぶにも加工するにも人の手が必要。修復には時間が、そして労働力が不可欠だった。
「そんで……畑もか」
城壁の上から見つめるロイドの視線の先には、荒れ放題となった畑の様子が目に入った。
一部は草刈りが行われているが、それ以外は生い茂る雑草類に覆われて土が見えない有り様だ。最初は全部刈り取るつもりで進められていたが、終わりが見えないので途中で切り上げられていた。
何より、草刈りが終わったところで、ということもある。
「……俺、農家じゃなかったしなぁ」
畑の開墾を諦めた第一の理由。それは畑仕事に関しての知識を持つ者が誰もいなかったという点だ。
生憎ロイドは元々街暮らし。知り合いには農家がいても、彼本人はほとんど土いじりとは無縁の生活をしていた。
ゼナはまだ多くを語らないが、それでも騎士かあるいは戦士階級。少なくとも現役で畑を耕してはいないだろう。
ヴィオラは長年生きていることと薬草に詳しいことから期待されたが、残念ながら薬草畑と野菜や穀物の畑は大きく違うとのことだった。前者なら作れても、後者はまるで見当がつかないとのことだ。専門家が言うのだから、受け入れるしかない。
三人中三人とも、畑に関する知識がない。しかしただ植物の種を植えれば勝手に育つというワケではないことは理解していた。
それゆえ放置するしかないのだ。
「惜しいよな……」
もしあの畑が復活できるならば。
農耕は食料の安定供給に繋がる。狩猟はその日の動物の分布に左右され、採取もあくまで純粋な自然の恵み。森の機嫌次第で量の多寡は簡単にブレて、常に得られるとは限らない。
その点農耕は適切な世話を欠かさなければ成果を約束する。もちろん野獣に狙われたりなどという懸念はある。だが城壁に囲まれた古城の中ならばその危険性もなく、うってつけだ。だからこそかつての古城の住人は畑を内側に作ったのだろうから。
畑が稼働できるなら、生活基盤が一気に安定する。ゆえに、惜しい。できないからと諦めてしまうにはあまりに魅力的だった。
とはいえ、現状特にできることはない。
下手なことをして悪化し、二度と畑が使えなくなる方が困る。
「次にイヴァたちが来た時、農業指南書でも頼むかな……」
そもそもラゴス道商会が次に来るのは数ヶ月後で、そこで頼んだとしても更に次の来訪を待つことになるワケだが。
その場合、季節を考えても本格稼働は一年後になってしまう。
「ままならないな」
溜息をつくことしかできない。それだけ現状は手詰まりだった。
「……またどこかから行き倒れがやってきたり、森の奥に引き篭もっていたりしないものか」
ゼナとヴィオラの例を思い出し、そんなことまで願ってしまう始末。
ただそれが自分でも荒唐無稽な祈りだと分かっているので、ロイドは自分で自分に苦笑した。
「ま、そんなことはそうそうないか」
しばらくはこの三人での不便な生活が続くことだろう。
……そう、思っていたのだが。
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