第十七話 古代の秘薬

「おおーい。そっちのロープを持ってくれ」

「これは広げなくてよかったハズ」

「お前たち、城の皆さんに迷惑の掛からない範囲にするんだぞ!」


 ロイドがイヴァと話し合いを終えると、キャラバンは馬車から荷物を広げ始めた。

 眺めながらロイドは隣のイヴァに聞く。


「野営の準備か?」

「それもありますが、ロイド様と取引をさせて頂こうかと」

「俺たちと?」


 ここに一日泊まることはロイドも了承済みだ。しかし、取引とは。


「悪いがこの有様だ。何も売り買いできるものなどないぞ。手持ちもない」


 古城の有り様を示しながらロイドは言った。現状、何も売れるものはない。これまで長く旅をしてきたので、ロイドの手元にある現金も少なかった。


「あるとするなら、錆びた武器とかになるが……」

「あら、あるわよ」


 そう応えたのはヴィオラだった。


「取引の材料」

「え?」

「ボクの薬を売ればいいじゃない」


 ヴィオラは城の一角を指差した。そこにはヴィオラが魔導で運んできた引越し荷物がまだ積まれている。途中でキャラバンがやってきたので、まだ地下牢へ運び入れていないのだ。


「それは、いいのか?」

「ええ。だってボクもここの一員になるワケだし。ある程度このお城が発展するまでは、余裕もないでしょ? 共同財産ってことで」


 それは願ってもない申し出だった。確かに、個人的な贅沢をする余地はない。しばらくは取引で得た利益は、食料の調達や城の発展のために使うべきだろう。


「まだ必要ない、実験のために作った薬もあるし。そういうのは引き取ってもらっても構わないと思うから」

「分かった。それじゃ頼む。イヴァ、そういうことになった」

「ええ。分かりました。商談を承りましょう」


 イヴァにとっても興味のある話なのだろう。

 薬のところまで案内し、説明を始める。


「これが“匂い消しの香水”。野生動物が寄り付かなくなるわ。こっちは“解眠薬”。眠り毒やとこしえの眠病を目覚めさせることができるわ。そしてこっちが“回春酒”──」

「ちょ、ちょっと待ってください!?」


 ここでイヴァからストップがかかった。先程まで冷静な面持ちを崩さなかったイヴァが初めて見せる、焦った表情と声音だった。


「き、聞き間違いですか? 匂い消しに解眠薬? どれも都市部で売れば百万アビンは下らない品物ですよ!?」

「城主さま、アビンって?」

「正統皇国周辺で流通している貨幣だな。割と信頼度が高くて商人連中は重宝している。諸国連合あたりだとまたややこしくなるからな……」


 乱世の世の中。国々が発行する貨幣もまたそれぞれだ。その中で正統皇国が生み出すアビンは大国のものだけあって、比較的信頼度が高いものだった。


「……てか、百万って大金も大金だぞ。ホントの話か?」

「ホントのホントですよ! も、もちろん本物ならば、の話ですが……」

「本物よ〜。よろしければお試しになって?」

「……誰か、薬に詳しい者は!」


 呼ばれてきたのは設営を指揮していたベオだった。


「戦士じゃないのか?」

「だからこそだ。怪我をした時に命を救うかもしれない物に詳しくなるのは当然だろう」

「なるほど」


 ベオが香水を一吹きして効果を確かめたり、薬瓶を開けて匂いを確認する。そしてしばらく調べたのち、確信した表情で頷いた。


「本物だ。知らない物もあるが、少なくとも俺の知見にある範囲の物は全て」

「おお……」


 イヴァが感動に打ち震えている。それほどの出物なのだろう。


「これは、是非ともお売りいただきたい。もちろん、適正価格で!」

「いいわよ〜」


 にこやかにヴィオラが了承し、商談が成立した。

 しかし隣でベオは首を傾げている。


「妙だな。中には乱世で技術が途絶え、二度と精製が不可能とされている薬もあるのだが……」

「……ははは」


 それは当人がその時代からの生き証人だから、とは言わない。

 ロイドは笑って誤魔化した。


「そういうこともあるさ」


 内心で冷や汗をかきながら。

 ヴィオラの経歴は、伏せておいた方が良さそうだ。ロイドはそう判断する。

 役立つ薬だけではなく、現代では精製不可能なものまで作れるとなるとその腕前の価値は跳ね上がる。腕の立つ薬師というだけで終わらず、もはや伝説の薬師となってしまうだろう。

 そうなると、今度はヴィオラの身柄を狙う者たちが現れるかもしれない。


 そうなれば、この古城が襲撃される。

 それだけではない。何よりヴィオラのためにならない。

 何せ、ヴィオラが森に引き篭もった原因は“玻璃の魔女”として追い立てられたことだ。

 数百年後になっても、同じような目に遭わせるワケにはいかない。

 ロイドは秘密を固く守ることを誓った。


「イヴァ」

「ううむ、これはこれは……はっ、ロイド様。なんでしょうか」

「薬の出所は、どうか内密に頼む」

「む、むむ。いやしかし、それがよろしいでしょうな」


 イヴァも事情は知らないながら、危険性については勘づいたようだった。それに商人としても、貴重な品物の取引先をみだりに公開するのはデメリットだ。


「分かりました。ご内密に。その代わり、品物の捌き方はぜひ我々にお任せを」

「ああ。そうしてくれ」


 こうしてまた、約束事が締結された。

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