第十二話 乱世の地図
「ええ、何があったのさ」
分かっていたこととはいえ、唐突な話の成り行きにヴィオラは驚きの声を漏らす。もちろん、ロイドは答える。
「端的に言えば内乱だ」
というより、単大陸は他と距離が離れているのだから、それしかあり得ない。
「帝国の頂点には皇帝が立っていた。十五代目だったかな」
「あ、知ってる。というか、アイツが最後になったのか……」
「……なら想像がつくだろうな。最終皇帝は、大層欲深な人物だったと伝わっている」
皇帝ともなれば、ある程度の贅沢は許される。皇帝ですらひもじい思いをしては、民衆が不安がるからだ。
しかし最終皇帝は常軌を逸していた。
「とある民族が門外不出の宝石を持っていると聞けば滅ぼして奪い、絶世の美女がいると聞けば夫に無実の罪を着せて略奪したという」
「そうなんだよねー……ボクが隠れ潜むようになったのもソイツが理由さ」
ヴィオラはしみじみと言った。
「玻璃の魔女は美しい鉱石の城を一夜にして作り出せるなんて噂されて、面白い、ひっ捕えろって追っ手を出されちゃってさぁ……」
「それでこんなところで隠れ潜んでいたってワケだ」
そして五百年が経った。そう思うと、なかなか哀れな魔女かもしれない。
「皇帝はそうやって国々を散々に乱した。そしてそんな皇帝が最後に望んだのが……妹姫だった」
「げ」
露骨に顔を顰めるヴィオラ。解説するロイドも聞いているゼナも同様だ。つまり皇帝は身内に手を出したのだ。
「流石にそれは許されなかった。倫理的にも、宗教的にも。国から猛反発があった。妹姫自身に才気があり、人気があったのも災いした。国は皇帝派と妹姫派に割れた」
民衆の大半は妹姫を支持したが、貴族には腐っても皇帝と最終皇帝につく者も多かった。結果、国は真っ二つになった。
そして統一帝国として纏まっていた頃は内在化していた諸問題が、それを機に一気に噴出した。
民族の違い。貴賤の違い。種族の違い。宗教の違い……。
「結局、大陸全体で一つに纏まろうという話に無茶があったということだ」
「ぶっちゃけたねぇ。でも、そういうことなんだろうなぁ」
全ての人種が調和する。夢ではある。夢から覚めたというだけのこと。
三百年の歴史は幕を閉じ、統一帝国は崩壊した。
「そこからは乱世だ。統一帝国が完全に崩壊した時から始まった暦が崩暦。今年で崩暦五百一年になる」
「……外はそんなことになってたの」
知らぬうちに大波乱が起こっていたことを知り、ヴィオラはなんとも言えない複雑な気持ちになる。
「その混乱のうちに、玻璃の魔女の名前も忘れられたってことね」
「ええ。聞いたこともありません」
「……それはそれでなぁ。ほとんど悪名みたいなものだけど、それでも名声は名声だし……」
「そこは知らん。引き篭もっていた方が悪い」
白けた目で見るロイドに、ヴィオラは肩を竦めた。
「ま、統一帝国が滅びた原因は分かったよ。それで、その後は?」
「ただただ乱世だな。血で血を洗う戦国の世がずっと続いている。年単位どころか月単位で国が生まれては滅び、それを繰り返している」
「うへぇ……最悪じゃん」
「正直、生まれた頃からそうだからな。嫌な時代とは思うが」
少なくとも安らぐことはない。ロイドは古城に辿り着くまでの日々を思い出し、苦い表情を浮かべた。
「ただ乱世も続けばそれなりに纏まりは出てくる。主な勢力は今の所三つ」
大陸の地図にロイドは新たな線を書き込んでいく。
まずは大陸の東側を区切るように。その土地は広く大きい。
「バルジニア正統皇国。現在の最大勢力だな。統一帝国の正統な後継者を名乗っている」
「へぇ……実際、どうなの?」
「さぁ? 最終皇帝の子どもはたくさんいたという話だが、果たして本当かどうか。とにかく、対外的にそう言っているのは確かだな」
最終皇帝の血筋を名乗る者は多い。取り敢えずそう名乗っておけば大陸統一を目指す大義名分は成り立つからだ。本当のところはどうでも良い。それもまた、乱世を加速させる一要因だった。
「貴族制で、王侯と貴族が各領地を治めている」
「それだと反乱が頻発しそうだけど」
「実際貴族は私兵を持っているが、それはあんまりない」
「どうして?」
「皇帝の抱える騎士団が精強だからだ」
ロイドは国の隣に小さく騎士の絵を描く。
「騎士の国と言われていて、重い税をふんだんに使われて養われた装備と練度は大陸一。だからこそ、今の時代に覇を唱えられているワケだ」
「ふぅん。騎士ねぇ」
「………」
話を熱心に聞くヴィオラの隣で、ゼナは気まずそうに沈黙する。それをロイドは察していたが、敢えて触れないでおく。
続けて、大陸の南側に線を引く。正統皇国とは国境を接している。
「で、こっちはライブラス諸国連合。二番目に大きな国だな」
「確かに、正統皇国ほどじゃないけどおっきいね」
「ああ。こいつらは正統皇国に抵抗するためにいくつかの小国や都市国家が纏まって生まれた国だ。その成り立ちから、皇国とは敵対的な体制を取っている」
「一人じゃ無理だから、みんなで対抗しようってことか。自明の理ね」
ロイドは頷く。正統皇国の侵略に抗うために生まれた国。それが諸国連合だ。
「政治体制は国でそれぞれだが、各国家の代表が元老院を結成している。国の軍事行動だとかはその主導で決定されるんだが……動きは正直鈍い」
「あ、当ててあげようか。みんな自分の国を優先するから、会議が纏まらないんでしょ」
「……ああ、その通りだ。“何か一つが決まるより、国が一つ消える方が早い”なんて皮肉が有名になるくらいにな」
正統皇国への危機感だけで団結した国々だ。それ以外では自分たちの国益を優先してしまう。軋轢と陰謀で雁字搦めとなり、結果的に巨大ではあっても動きの鈍い国家になってしまった。
「だから基本的にコイツらは構成国がそれぞれ勝手に動く。動きが読めない国でもあるな」
「政治はどこも大変だねぇ」
その辺は興味なさげにヴィオラは流す。
「後この辺だと……ミリオ第三王国くらいか」
そしてロイドは大陸の中央からやや西ほどに円を描いた。他の二カ国と比べ、随分と小さい。
「最近政変があって、王家がすげ変わったらしい。どう動くかはまだ未知数だな」
「……なんかちっちゃいけど、なんで話題に?」
「ここは小国ではあるが、ここと近いからな」
最後にロイドは現在地。古城のある森を描く。
第三王国と山脈を隔てた、ちょうど中央に広がる森。
正統皇国、諸国連合にも近い位置にある。
「あらー……ちょうど三国の間なんだ」
「だからこそ、手が及んでいないとも言えるけどな。ま、乱世では何が起こるか分からない」
解説は終わったと言わんばかりに、ロイドはチョークを置く。
「さて魔女さま。これでいいか?」
「うん! よく分かったよ。ありがとうね」
「そうか。……じゃあ、どうする?」
ロイドは次にするべきことを問うた。
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