武闘派サンドリヨン

香久乃このみ

第1話 銀青色の筋

 霊山瑞岳みずたけの奥深く、しめ縄を張り巡らされた結界の中でその儀式は行われていた。

「お鎮まりください、龍神様!」

「どうか、どうかお鎮まりを!!」

 男たちの見上げる先には、黒い靄に全身を覆われた巨大なものがそびえ立ち蠢いていた。それは苦し気に咆哮し、身を捩じらせる。黒い塊が暴れるたびに辺りの樹々はなぎ倒され、地は抉られる。ついには鞭のようにしなる尾が、紫色の袴をつけた斎服の男たちを跳ね飛ばした。

「大丈夫か!」

 純白の装束を纏った若者が、地に伏し呻く男たちを気遣い振り返る。だが彼もまた、陶磁器のようにすべやかな頬から血を流し、その清らかな衣を汚していた。

朔哉さくや様、我々に構わずおり祓いを!」

 斎服の男たちは恐怖に震えながらも立ち上げり、曼荼羅を施した木剣を構える。中には勾玉の首飾りや、銅鏡を構えている者もいた。

『朔哉』と呼ばれた若者が頷くと、艶やかな黒髪がさらりと揺れる。星を宿したかのような瞳が目の前の黒い塊をキッと睨みつけた。

荒魂あらみたまよ、今お祓い申し上げる! 鎮まりたまえ!」

 朔哉は剣の柄をぐっと握りしめ、鞘を付けたままのそれを黒い巨体へと叩き付ける。

 しかし。

「えっ……」

 甘く張りのある声に、焦りが滲んだ。

「澱が祓えぬ……?」

 黒い靄を纏った丸太のようなものが、ぐわっと朔哉に迫った。

「朔哉様!」

 朔哉は後方へ飛び退り、その一撃を辛うじて避ける。そしてすぐさま俊敏に攻撃をかいくぐりつつ、黒い靄へ二度三度と剣を叩きつけた。

「なぜだ」

 殺意を漲らせ襲い掛かってくる黒い塊から跳んで距離を置き、朔哉は我が手にある剣を見下ろす。

「この剣には龍神様の澱を薙ぎ払い、荒魂を和魂にぎみたまへと変じる力がある筈だ。なのになぜ……!」

「朔哉様!」

 黒い塊の向こう側で銅鏡を持った男が、悲痛な声を上げた。

「澱の間から尾が見えました! 銀青色の筋がございます!」

「なんだと!?」

 朔哉は青ざめた。

「撤収!!」

 朔哉はすぐさま声を張り上げ、大きく手を振って男たちをしめ縄の外へ誘導する。

「我々の手には負えん! 皆、結界の外へ!!」

 斎服を身に着けた一団は、もんどりうってしめ縄の外へと避難する。そして彼らは即座に身を反転させると、しめ縄の内側に向かって祝詞を上げ始めた。

「朔哉様、ここは我々が食い止めます。お行きください!」

 しめ縄と紙垂にちりりと綻びが生じる。

「何か手をお考え下さい! 我々の力が尽きる前に」

 朔哉は頷き、その場を後にする。

「銀青色の筋……、まさか私の代でそれが起こるとは」

 数人の男たちと山道を駆け下りながら、朔哉は整った顔を歪ませた。



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