ペット

片葉 彩愛沙

第1話 再会

 エミールが行方不明だった数週間、スヴェンは彼を追いかけることもできたが、どうせいつものように現れるだろうと考えて放っておいた。

 そしてその予想通り、エミールは突然玄関先に現れた。赤毛が陽光を浴びて輝き、緑色の目をキラキラさせながら、手には袋を持ってニコニコしている。

「スヴ! 久しぶり!」

 エミールがそのスリムでしなやかな体を軽く弾ませて笑顔で言う。

「お前……どこに行ってたんだ?」

 スヴェンはダークブラウンの髪をかき上げ、腕を組み、ほんの少し苛立ちを感じさせる声で問いかけた。彼の切れ長の瞳がエミールをじっと見上げる。スヴェンも引き締まった体型で、特に背中と肩の筋肉が目立つ。

「ちょっとね、冒険してたんだ。でもこれ! 見て! お土産だよ!」

 エミールは袋を押し付けるように差し出し、家の中に入っていく。

 スヴェンは疑わしげに袋の中を覗いた。中には、見たこともない木彫りの人形と不思議な飴が入っている。

「これは……何だ?」

「それはね? えっと、村のおじいさんが『これを持っていけば幸せになれる』って言ってたんだよ! なんか、いい感じでしょ?」

 ソファにどっかりと座り誇らしげにしているエミールに、スヴェンは溜息をつく。

「お前、また訳のわからないものを買ってきたのか。行方不明だった間、どこで何をしていたんだ?」

 エミールは頭を背もたれに預け、旅行中のエピソードを語り始めた。

「いやぁ、色々なところに行ってたんだ。特に良かったのは海沿いのリゾート。実は、早泳ぎ対決があって、僕、そこで優勝したんだよ!」

「お前が泳ぎで優勝?」

 スヴェンは目をかすかに見開いたが、すぐにやれやれと頭を振りながら口元に薄い笑みを浮かべた。

「冗談だろ? あの時溺れて俺が引っ張り上げたの、もう忘れたのか? それ以来、水が怖いくせに」

 エミールは顔を赤らめる。

「いや、あ、あれは昔の話だし、今は全然平気なんだ、よ……実際に優勝したし、証明もできるよ!」

「はいはい、よかったな」

 エミールは少しムキになって、「本当だってば!」と身を乗り出しかけた。

 が、突然、キッチンから「チンッ」というトースターの音が響く。エミールの視線は瞬時にそちらに向き、勢いを失って一瞬の沈黙が訪れる。スヴェンは食器棚から平皿を出して、今しがたできたトーストをのせた。さらに「ポコポコ」と鍋の中でスープが沸騰する音が聞こえてきたことで、エミールはより一層そわそわし始めた。

「何か作ってるの?」

 エミールは目を輝かせながら尋ね、鼻をスンスンさせる。

「俺用だ。お前が突然来るとは思ってなかったから、特に用意してない」

 とスヴェンは言いつつ、鍋から目を離さない。野菜が煮られていた。

「野菜スープ……美味しそう!」

 エミールは背後から覗き込み、スープの湯気が立ち上るのを興奮したように見つめている。スヴェンが取り分けようとすると、さらに期待に満ちた顔をしていた。

「一杯くらいなら分けてやるよ」

 スヴェンがしぶしぶ言うと、エミールは「やった!」と声を上げ、勢いよく椅子を引いて座った。スヴェンはトーストをナイフで半分に切って、鍋からスープをすくい、小さな皿に分けてエミールに差し出す。

「わーい! ありがとう、スヴ!」

 エミールはにこにこしながらスープに手を伸ばし、一口すするとその温かさと味に幸せそうに頬を押さえる。スープを次々口へ運びながら、スヴェンを見上げて言った。

「やっぱり君の料理って最高だね! こんなに美味しい料理が食べられるなんて、本当に幸せだよ!」

「そうか、それはよかった」

 スヴェンは眉を少し上げて、何も気にしていないように言った。

 二人が半分ほど胃に収めたところで、スヴェンは食器を置いた。

「そうだ、エミール。会社からお前の健康診断の結果が来たんだ」

「え、健康診断?」

 エミールはさりげなくよそった二杯目のスープを飲む手を止めた。

「僕、そんなの受けた覚えないけど?」

「何言ってんだ。お前が行方不明になる前、治験の面接に来ただろ」

「あー、そういえばそんなことあったかも……」

 エミールはぽりぽりとこめかみをかきながら、ぼんやりと答えたが、すぐにトーストをかじり始めた。

「まあ、特に悪いところがなければいいんだけどね! っていうか、あれってスヴのとこの募集だったんだ?」

 スヴェンは呆れたように首を振る。

「知らずに受けに来たのかよ……まあいい。細かいことは、お前がいない間に俺が手続きしておいた」

 スヴェンはまるで日常の雑事を話すようにさらりと告げた。

「え、ほんと? ありがとう! ほんと、スヴっていつも頼りになる~」

 エミールは感謝しながらも、すぐにスープへと意識を戻した。

「で、結果は後日取りに来いってことだ。明日にでも来れるか? そこで実験のことについても俺が案内してやるよ」

「明日ね、行く行く」

「そこでサインをしてもらうことになるから、ちゃんと内容読めよ?」

 念を押したが、エミールはすっかり料理に夢中で、真剣な話はもう耳に入っていないようだった。

「うん、うん、わかったよ! このスープ最高だよ。スヴ、本当にありがとう!」

 スヴェンはエミールが幸せそうにしている様子を見ながら、わずかに口角を上げた。しかし、静かに鋭い声で問いかけた。

「お前、本当にわかってるのか?」

 エミールは顔を上げたが、スープの湯気に目が霞んでいるようだった。

「え、何が?」

「……いや、何でもない」

 エミールはスープを飲み干すと「ふぅ~、やっぱり美味しい!」と笑みを浮かべた。

「お前は、本当に変わらないな」

 スヴェンはぽつりとつぶやき、エミールの無邪気な笑顔を見つめていた。 

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