【書籍化】週末異世界キャンプ
鈴木竜一
第1話 週末は異世界へ
社会人になって五年目を迎えた春。
俺――福永雄大はいつものようにデスクワークに精を出し、上司のお小言を華麗にさばきつつ最短での帰宅を目指していた。
入社当初は何をやったらいいのかまったく分からず、周りに質問ばかりしていたが、三十手前まで勤めると仕事の流れってものを理解してペース配分もできるようになってくるんだよな。
少し悪い言い方をすると、手の抜き方を覚えるってヤツだな。
常に肩肘張って仕事をしていたら最後までもたない。
適度に休憩を挟めるようになるのが長続きのコツだ。
「おっと、もうこんな時間か」
パソコンでの作業がひと息ついたので時計を確認すると、約束の時間が迫っていた。
「ちょっといくつか取引先を回ってきますね」
ホワイトボードに行き先を記入してから職場を出る。
一応は営業部の所属ではあるが、営業データ管理など裏方に回る管理課に所属している。数人程度の小さな課ではあるけど、職場の空気は良好なのでそこはありがたい。
本職の営業とは違って頻繁に社外へ足を運ぶことはないのだが、室内にこもって仕事ばかりしていると、たまにこうして外の空気が吸いたくなるんだよね。
いくつか場所を巡って用件を済ませると、ちょうど昼時になった。
近くにあったファストフード店に入り、スマホをいじりながらランチタイムへ突入。
最近のお気に入りは、こうしたちょっとした時間に新しいキャンプ用品をチェックすることだ。
キャンプ――それは日頃の忙しなさを忘れさせてくれる最高の癒し。
大自然の中で特に何も考えず、ただコーヒーを飲みながら読書をしたり釣りをしたり……楽しみ方は人それぞれだけど、俺はソロで気ままに自由な時間を過ごすのが好きなのだ。
「このイスいいなぁ。スキレットも新しいヤツ欲しいんだけど……あっ、このメーカーって新作出したんだ」
某SNSでキャンプグッズ関連の最新情報を確認していた時、ふと聞いた覚えのある地名が目に入った。
「あれ? 今のもしかして……」
スワイプして画面を戻すと、そこにはあったのは俺が生まれた市の名前だった。
どうやら町の観光課が運営している公式アカウントらしいが、それによると来週の土曜日に新しくキャンプ場をオープンするという。
「へぇ、ようやく動いてくれたか」
俺の地元はハッキリ言ってド田舎だ。
今暮らしているアパートの住所はオフィスのある地方都市圏内なのでめちゃくちゃ都会ってわけじゃないんだけど、こちらの人口は数十万人に対し、地元は五万人に届くかどうかってレベルだからなぁ。
何せ夜七時にもなれば外に人の気配はなくなり、若者が喜ぶような娯楽施設はひとつとしてない。パチンコ店すらない有様だ。
ただ、自然環境という点においては素晴らしいと思う。
子どもの頃、夏休みになるとよく両親が近くの森林公園に連れて行ってくれたのを思い出す。
地図も一緒に投稿されていたけど、たぶん新しいキャンプ場は俺が昔遊んでいた森林公園の場所だ。去年帰省した時にリニューアルするって話を聞いていたが、まさかキャンプ場になるとは。
振り返ると、社会人になってからキャンプの楽しさに目覚めたけど、ずっと昔から自然と触れ合う楽しさを経験していたんだよな。
だからこそ、俺はずっと「あの森林公園にキャンプ場を作ればいいのに」と願っていた。
それがこうして現実のものとなり、俺は居ても立ってもいられなかった。
「オープン当日は料金も格安か。こりゃあ会社の帰りに店によっていろいろと仕入れてこなくちゃな」
投稿によると、開場は午前九時から。
ここからだと車を飛ばして四十分くらいだから、余裕を見て八時前には家を出ておきたい。
「こうしちゃいられないな! さっさと仕事を終わらせないと! 店舗巡りをしていろいろ揃えたいし!」
俄然ヤル気が出てきた。
我ながら現金というかチョロいというか……でも、自分の趣味を全力で楽しめているのはいいことだ。
午後からの仕事も気合を入れてやろうとテンションを上げつつ、俺は職場へと戻ったのだった。
◇◇◇
迎えた週末の土曜。
ピピピピ、といういつも通りの朝ならば耳を塞ぎたくなるほど嫌うアラームの音だが、今日に関してはまるで祝福を告げる教会の鐘の音のように感じるよ。
飛び起きると、その勢いのままカーテンを開ける。
天気は雲ひとつない快晴。
気温は穏やか。
まさに絶好のキャンプ日和だった。
「いよっし! これは楽しめそうだぞ!」
最初は曇りだった週間天気予報とにらめっこした甲斐があったってモンだ。やっぱりキャンプをするなら晴れやかな日が一番だしね。
軽く朝食と身支度を済ませて、用意していたキャンプ道具を車へと詰め込んでいく。
ワンタッチテント、クッカー、ランタン、それからシュラフも。あとは事前に調達しておいた食材と、マップによると近くに釣りができる池もあるそうなんで、念のため釣り道具も持っていくか。
……なんか盛り上がっていろいろと持ち込んだけど、ちょっと多かったかな?
まあ、いいセッティング場所を見つけるまではもう少しお手軽にしておいてもよかったか。この辺は現地についてから調整しよう。必要なければそのまま車のトランクに置いておけばいいわけだし。
「さて、そろそろ出るか」
荷物のチェックを終えると、そのまま運転席に乗っていざ出発。
国道を進むこと約一時間。
目的地のキャンプ場へとやってきたのだが、想像していたよりもずっと賑わっていた。
「おいおい……なんだってこんなに人がいるんだ?」
過去に地元開催のイベントでこれほど混雑したことあったか?
とりあえず、誘導員の指示に従って駐車をしてから必要な道具を持って受付けのある事務所へ。
そこまためちゃくちゃ混んでいて、順番が来るまでにかなりの時間を要した。
聞くところによると、手ぶらでキャンプができる家族向けのサービスもやっているようで、それ目当ての客が大半らしい。
まあ、ここは他に娯楽施設ないからなぁ。
子どもが行ってみたいとせがんだが、親が前々から興味を持っていたとか、そういう理由でやってきたわけだ。オープン割引で安いし。
ただ、中にはガチ勢と思われる装備の者もチラホラ見受けられた。
彼らはマップとにらめっこをしながらテントを設営する場所を選んでいるようだな。
たぶん、あの辺は俺と同じで「騒がしいのは嫌だから、どこか静かな場所はないだろうか」って思考なんじゃないかな。
一方、俺は幼い頃から遊んでいる分、どこに行けばどんな景色が広がっているのか大体想像がつく。最後に訪れてからすでに二十年以上が経過しているけど、自然の景観は都会の町並みと違ってそう簡単に変わりはしないからな。
「えぇっと……確か、あっちに清流へ続く道があったはず」
マップだと見切れてしまっているのが少し不安だな。
俺の記憶が正しければ、あの辺に流れる清流近くにテントを設営できる場所があ り、当時からあの場でキャンプをする人はいた。
木造の管理小屋もあったし、今も利用できるんじゃないかな。
「まっ、もしなければ別の場所を考えればいいだけだ」
朝も早いし、拠点づくりの時間はある。
初見ということもあって食料はほとんど買い込んだ物を使う予定だから、魚を釣って調達する必要もない。
まずは散歩がてら、童心に帰って楽しむとするか。
真剣な顔つきでマップを眺める初見キャンパーたちを尻目に、俺は足取りも軽く森林公園の東を目指して歩き出した。
「この辺は変わっていないなぁ」
道中、視界に飛び込んできたのは昔懐かしい遊び場の面影。
今やすっかり社会に染まったアラサーだけど、ここを歩いているだけでなんだかあの頃に戻ったように感じる。
しばらく歩いていると、目印が見えてきた。
「おっ? あれも健在だったか」
視線の先に、まるでダンジョンの入り口を彷彿とさせるトンネルが出現。
これもまたあの頃と変わらない光景だ。
……いや、それにしてもちょっと違和感が。
「うーん、こんなにボロボロだったかな?」
子どもの頃に何度か通った記憶があるんだけど、それだと向こう側が見えていたはず。
しかし、あれからもう二十年近く経っているわけだし、多少は雰囲気が違うってこともあり得るかもしれない。
まあ、入るのが危険だというなら、立ち入り禁止の立て札のひとつもあるだろうし、ちょっと進んでヤバそうなら引き返せばいいか。
過去に通っているっていうのもあってか、冷静に見たら不気味なオーラが漂っているけど、それほど恐怖心というのはなく進んでいけた。
最初は真っ暗だったけど、トンネルに入った瞬間に出口の方向から光が差し込んで道が照らし出される。
出口が見えたのでホッと安堵しつつ歩いていると、突然頬を風が撫でた。
「風? さっきまで無風だったのにな」
ここまで歩いている間にほとんど感じなかったのに、トンネルに入った途端に風が吹くなんて。
ちょっと違和感を覚えながらもさらに歩みを進めていく。
光は少しずつ大きくなり、やがて出口へとたどり着く。
そこに広がっていた景色は想像を絶するものだった。
「こ、これは……凄いな」
かなり昔の話とはいえ、何度も足を運んで遊んだ場所だから驚きはないだろうと高をくくっていた。
しかし、目の前の光景は思わず立ち尽くしてしまうほど、幻想的な美しさに溢れていた。
森の中というのは予想通りなのだが……なんていうか、日本の見慣れた森じゃなくて、海外の森って印象を受ける。
周りにある草木がさっきまで歩いていた道にあった物と種類が違うからなのか?
その時、俺は足元の変化に気づく。
「あれ? アスファルトがなくなっている?」
トンネルを抜けた直後は車が通れるように舗装されていたはずだが、なぜか土がむき出しとなっている。
おかしいと感じて振り返ると、さらに奇妙な現象が起きていた。
「こ、これは……トンネルじゃない?」
反対側から見た時はコンクリート造りのトンネルだったのに、こちらからはまるで洞窟の入口みたいになっている。
つまり人工物ではなく、自然にできたように映るのだ。
「一体どうなっているんだ?」
ここへ来て、俺はようやく自分が何か変な場所へ迷い込んでしまったのではないかと思うようになった。
まさか……異世界に迷い込んだとか?
「さ、さすがにそれはないかな」
自分でツッコミを入れるも、なんだかシャレになってない気がする。
不気味な出来事に怖くなって引き返そうとも考えたが、そんな俺の足を止めたのは眼前の大自然。
背の高い木々に囲まれ、豊かな自然がありのままに残されたその風景は、記憶の中にある光景と瓜二つに思えてきた。
「……もうちょっと奥へ進んでみるか」
帰れるだろうかって心配になるくらいの異変が起きているとは感じつつも、好奇心には勝てずに俺は前進を選択する。
それに、トンネルの場所さえ覚えておけば戻って来られるだろうし、そこまで心配する必要もないだろう。
冷静になってみれば自分の都合の良いように解釈しているだけなのだが、思考がそうなってしまうくらい目の前の自然は凄かったのだ。
早速先へ進もうと歩き出したが、舗装されていない道は思っていた以上に進みづらく、難航。
だが、幸運なことにトンネルからすぐ近くに泉があり、周辺が少し開けた地形となっていた。
俺はこの光景に見覚えがあった。
「ここは……子どもの頃に来た場所だ……確か――」
記憶を頼りに周囲を見渡すと、予想していた通り、ゴツゴツとした岩場の近くにはテントを設営するのに持ってこいの平地がある。
泉は小さいし、雨も降っていないから増水の危険はないのだろうけど、念のためすぐに対処できるよう準備もしておかないとな。
「よし。さっさと準備を進めるか」
ひとり用のワンタッチテントを設営すると、愛用のチェアを用意。
あとはコーヒーでも淹れてまったりしようかと思ったら、泉の方からピチャンという魚が水面を跳ねる音がした。
気になって見に行ってみると……なかなかのサイズじゃないか。
事前の説明によれば、釣った魚は食べてもOKだったな。
「念のため、釣り道具を持ってきてよかった」
初めてのキャンプ場だったので食料は持参してきたのだが、思いのほか早く素晴らしい拠点を確保できたので時間的に余裕ができた。
キャンプに匹敵するほど釣りが好きな俺にとって、その両方を実現できるこの場所は何度も訪れたくなるベストスポットだ。
地元でこんないい場所があったなんて……もっと早くキャンプ場としてオープンすればよかったのになぁ。
そんなことを思いながら準備を進めていると、突然近くから物音が。
どうやら、何かがこちらへゆっくりと近づいてきているようだ。
まさか……熊じゃないだろうな。
一応、熊除けのスプレーは持ってきているので、いつでも発射できるように取り出しておく。
しばらくすると、物音を立てていた犯人が姿を現した。
「おや? こんなところに人がいるとは驚いたな」
穏やかな口調でそう語ったのは爽やかな風貌の紳士だった。
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