「ドッペルゲンガー」「雨」「押し入れ」

大学時代に同じゼミ生だった女から突然連絡がきた。

大して仲が良かったわけでもない。

文面も、相談したいことがあるから会って話せないかというシンプル、かつ何の情報もこちらに与えないものだ。

マルチ、宗教、金の無心あらゆる可能性がチラつく。

結局、暇と好奇心と異性からの誘いには抗えず、ファミレスで会う約束を取り付けた。


生憎の雨だった。

主要駅からすぐのファミレス。学生時代はよく世話になったものだ。

休日の昼過ぎということもあって客入りは多い。人目があるところで場所を選んだので今日はむしろ有難い。

既に席についているというメッセージが来たので、ぎちぎちになった傘立てにビニール傘を押し込んで店内に入る。

軽く店内を見渡すと彼女はすぐにこちらに気づいたようで、手を振ってきた。


他人の空似ってあるでしょ。

そういう語り出しだったように思う。

ドッペルゲンガーとかスワンプマンとか言い方は色々あるけどさなんかそういうの。やたら会うんだよね私。違う違う自分のじゃなくて。他人のそっくりさんに会うんだよ。久しぶり~とか言って話しかけて。丁度今みたいな感じで駄弁ってさ連絡先交換してまた会おうよとか送るじゃん。


知らないって言われんだよね。


別人かと思ったんだけどさ、連絡先は私が会った時に交換してんの。

連絡先は教えてくれるのに携帯忘れたとか財布忘れたとかで毎回私の全奢りだし。

最初は避けられてんのかなと思ったりもしたけど、3人目からこれは変だなと思ったわけ。

もう私も学んだから、最初に送るメッセージは当たり障りのないやつ送るようにしてるけど。


事前に予想したどれとも違う展開で、彼女の独白に曖昧に相槌をうって合わせる。

頭のおかしい奴と断じるにはまだ早い気がして、何よりその話の突拍子の無さがむしろ心をうった。

そもそもが興味本位で怪しい誘いに乗っているのだ。ここで退く気はなかった。

なぜ『こっちの僕』と会おうと思ったの。

その問いに彼女は緩く微笑む。

性格も話し方もそりゃ一緒なんだけど、やっぱ違うんだよね。「その人」じゃないと。

…ウチ来る?二度目だけど。

その眼の妖しさに一瞬だけ逡巡したが、思考が追いつく前に彼女は席を立った。

伝票と、こちらの手を取って。

今回はアンタの奢りね。

いたずらな笑みを浮かべながら。


マンションの一室に招かれる。

道中で雨は勢いを増していたが、ドアが閉まると急な静寂が訪れた。

ちょっとタオル取ってくるから待ってて。

彼女の濡れた小さな足跡がフローリングの床についていくのを所在なさげに見送る。

全容は見えないが、少なくとも安普請の我が家とは比べるべくもなかった。

大して間を置かず、厚手のタオルをもって彼女が戻ってくる。

着替えがクローゼットにあるから適当に選んでよ。先シャワー浴びてるから。

彼女に手を引かれて奥へと進む。

寝室の戸を開いた彼女が部屋の隅を指さすと、両開きのクローゼットがあった。

持っている服の数でも比べ物にならないだろう。家が広いのも頷ける。

ごゆっくりと声がかかって振り向くと同時にドアが閉まる。

覗くなよ、とうわついた軽口にこっちの台詞だ、と即返答があったことがなんともなく嬉しかった。

クローゼットを開く。


「よう」


自分に出迎えられた。

見慣れた顔に見慣れた服。聞き馴染みのない録音越しのような声。

目を背けることが出来ずにいた。

背後でドアが開く音にも、足音にも反応できない。

目前に伸びる自身の手から逃げるように後ずさろうとして、膝に力が入らずよろめく。

ずどん、と。

肩に衝撃が走った。

めり込む金槌。

遅れて息が止まるような激痛。

痛みが恐怖を上回ったことで無我夢中で暴れる。

手を振りほどいて、彼女を押しのけて、怒号も無視して、闇雲に雨の中を走った。


家に帰ったものの、連絡先も自宅もバレていると悟ってネカフェに転がり込んだ。

携帯の電源も切って鍵付きの個室でまんじりともせず夜を明かした。


翌朝、ドアを開けた瞬間また自分と鉢合わせになるイメージが頭を離れず、店員に食事をもってきてもらった。

温かい食事は困惑と恐怖でないまぜになっていた心を少しだけ溶かしてくれた気がして。

迷った挙句携帯の電源を入れた。

大量の通知と着信履歴。


奮い立たせた気持ちがへし折られそうになる感覚。

それでも意を決して中身を確認した。


おめでとう。


夥しい数の祝福の言葉で一瞬緊張の糸が切れ、そしてその分だけ絶望する。

彼女との婚姻が決まったという連絡が、家族や友人、職場の人間にまで回っていた。


通知に彼女のSNSの引用ツイートが混じっており、震える指で押す。

見慣れた自室の中、自分でない自分と笑顔で顔を寄せあった、短いツイート。


ひと目惚れでした。

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