ちぎる
夏石 彩人
契る
「ねえねえ、
あまあまとした声で耳元で囁く
「わかった。どうなってもその約束だけは守るよ」
「やった! じゃあバイバイ」
こうして僕らは契った。儚い桜のようだった。
「よう、蒼真。よく今日も元気に登校してこれたな」
朝、学校に来て机の落書きを確認したところにこいつはいつもやってくる。机に書かれた「死ね」「うざい」「くさい」「ばーか」などの数々の暴言。そっくりそのまま返したい。そんなこと出来っこないけど。
「おはよ、
「なんだよその言い方。毎日言ってるじゃん、仲良さそうな口調をするな」
「ごめん」
そうして正人は去っていく。僕は鞄を下ろし、筆箱を取り出す。消しゴムを手に取り、机の落書きを消していく。油性ペンで書かれたものは消しゴムでは消えないが、消毒液を吹きかけて消す。どうせ消したところでまた明日には書かれることはわかっているが、机に落書きがある状態で授業を受けるのは流石に集中できないから毎日消している。
僕は正人と仲良くしたいと思っている。正人に限らず、他のいじめてくる人とも。どれだけ酷いことをされても、僕は仲良くしようと努める。それは約束を守るため。
一時間目、数学の授業だった。
「この問題分かる人! 手挙げて」
先生がそういえども誰も手を挙げない。そうやって授業が進まなくなるのが嫌いだから僕は手を挙げる。
「はい、蒼真くん」
「36πです」
「正解です。皆さん拍手」
教室に響き渡るのは先生の拍手だけだった。
二時間目、国語の授業だった。
「では班を作って、この時の主人公の心情について話し合ってもらいます」
先生がそういうと、クラスのみんなが机を動かして班の形にする。
僕の班は僕の机を入れる場所を塞ぎ、どうにか話し合いに参加しようとする僕の言葉は誰もが聞こえていないかのように無視する。
先生はそれを見つけるやいなや、数秒見つめた後に何も言わなかった。
三時間目は体育の授業だった。
「はい、では二人組を作ってください」
先生の呼びかけに応じるようにクラスのみんなが二人組を作り始める。おかしいことにクラスの人数が偶数なのに僕のペアはいないようだ。
「じゃあ蒼真くんは先生と組もうか」
先生は僕と組むことに嫌な感じは見られないが、しれっと三人組になっているところをそのままにしていた。
四時間目は理科の授業だった。
「今日は実験をします。塩酸を使うので危険です。もし触れてしまったらすぐに流水を当ててください」
僕の班の人は僕以外で実験を進める。僕が何かしようとすると班員は睨んできて、塩酸の付いたガラス棒を振り回してくる。腕についてしまって流水で流す。そんな姿を見て先生は僕のケアのみで班員を叱ることはしなかった。
給食の時間。
僕の机だけ離れ小島のようになっていた。だから僕は黙々と一人で食べる。
独りで喋らないから早く食べ終わる。おかわりはしようとしても正人が強引に止めてくる。
先生はそれを見て一人前食べれてるんだからいいでしょ、と一言。ちなみに僕が給食を配膳するときに当番の人は少なく盛り付けてくる。
五時間目は社会の授業だった。
「じゃあ前回宿題に出したプリント回収します。後ろの人が列の全員分集めて先生のところに持ってきてください」
僕の列の一番後ろの人は僕の以外集めて先生に提出した。だから僕は一人で前に出て自分の分を先生に提出する。
先生はその行動について何も言及しなかった。
六時間目は道徳の授業だった。
「このとき、誰を優先的にを助けるべきですか?」
そんなありきたりな問いに対して僕はこう答えた。
「どんな状況であろうと誰を優先するかなんて決められません。命は皆平等にあります」
クラスのみんながブーイングする。ちゃんと決めろー、ってな。
先生も一緒になってそういうことじゃないから決めてと言ってきた。
そんな奴が道徳を語ってんじゃねえよ。
「蒼真さ、なんでそんなに普通に学校来れてんの? 先生にも助けてもらえないのに? そろそろ学校来るのやめたら?」
「ごめん正人。嫌だよね、僕がいるの」
「ああ、だ・か・ら、来んな」
僕はこの状況をどうにかできるのだろうか。
こんなになってしまったのは全て僕のせいだから。それでも解決策は思い浮かばない。
小学生だった僕は今と真逆でいじめっこだった。気に入らない奴はどうなってもいいっていう、ガキでしかないしょうもないやつだった。今僕がやられているほどひどくはないが、陰湿な嫌がらせをしていた。下駄箱から靴を盗ってきて隠すだとか、名札入れに入っている名札の安全ピンの針をむき出しにしたり、筆箱の中身をごみ箱に捨てたり。それはもう陰湿だった。今考えると、よくそんなこと思いつくよなってことばかりだ。そんな僕にも好きな人ができた、紬という人だった。隣のクラスで超かわいくて優しくて、知った時にすぐ好きになった。僕は紬に毎日話しかけた。紬は僕が陰湿な嫌がらせをしていることは知っていたらしい。でも、紬は優しくて何か事情があるのか訊いてきたり、どうであろうと嫌うことなく関わってくれた。そうしてもっと好きになっていった。そうして毎日は楽しく過ぎていった。嫌がらせはやめていなかったが、満足な日常になった。そうしていつの間にか小学校卒業の日を迎えてしまった。その日僕は紬と二人きりになって、告白したんだ。
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