はじまりの遺跡、目覚めし裁定者――ソード・ワールド2.5リプレイノベル 『過去からの来訪者』より―― 

文月 煉

プロローグ

 『水の都』ハーヴェス。ハーヴェス王国の現国王のおわす王都にして、人口8万人を擁する大都市。ブルライト地方の各国の交易路の終点でもあり、この地方最大級の港による海洋貿易の双方で栄えるこの町は今、かたむきはじめた陽光にきらめいていた。

 ハーヴェスには「交易の街」としての顔以外に、もうひとつの顔がある。それは、多くの冒険者ギルド支部を抱える「冒険者の街」としての顔だ。

 ここ〈青空の船出〉亭ブルー・ノーズも、そうした冒険者ギルド支部のひとつだ。ハーヴェスの街のほぼ中央に位置するここは、数あるギルドの中でも特に初心者に手厚いと言われている場所だった。


「……というわけで、ボクは忌々しい〈奈落アビス〉というやつを滅ぼすための第一歩として、冒険者になることを選択したのだよ!」

 がらんとした店内に、甲高い声が響く。〈青空の船出〉亭ブルー・ノーズを訪れた人物が、ギルド支部長のロッソに対して話しかけているようだった。

「なるほど、登録希望ですね。うちは、新しい冒険者をいつだって歓迎していますよ」

 眼鏡をかけ、理知的で柔和な笑顔のロッソが、人影の話に相づちを打った。カウンターの向こうの人影は精一杯背伸びをしているようだが、顔の下半分以上がカウンターに隠れてしまっている。唯一見えている顔の上半分は、灰色の長い毛におおわれていた。顔の左右にはだらんと垂れた長い耳があり、わずかに見える瞳は、まるでサファイアのように青く輝いている。タビット――直立した兎そっくりの外見を持つこの種族は、れっきとした人族で、その愛らしい外見からは意外だが、人間を凌駕する知能を持つ。人間と比べると希少な種族とは言え、このハーヴェスでは見かけることは少なくない。

「その通りさ。ボクのことは……そうだな、ブルーアイと呼んでくれたまえ」

 灰色の毛と青い目を持つタビットは、そう言って、えっへんと胸をはって見せた。

布鎧クロース・アーマーに短い杖……その装備だと、あなたは魔法使いのようですね。どんな魔法を使うんですか?」

「よくぞ聞いてくれた! ボクは操霊魔法を使いこなす、コンジャラーさ!」

 操霊魔法は、仲間を強化したり、人形を自由に操ったりすることに長けた魔法の分類だ。操霊魔法をあやつるものは操霊術師コンジャラーとよばれ、きわめて優れたコンジャラーは、死者を生き返らせることさえできると聞く。……とはいえ、目の前のタビットがそこまでの達人とは思えないが。

「なるほど、いいですね。仲間をサポートし、傷を治療する魔法も使えるコンジャラーは、冒険者の中でも重宝されます。ただし――」

 ロッソは、そのときちょうど開かれた店の扉にチラリと目を向けてから、言葉を続ける。

「コンジャラーが活躍するには、前線で敵と戦ってくれる心強い『仲間』が不可欠です。ちょうど、彼らのようにね――いらっしゃい、見慣れない顔ですが、新しいお客さんですかな?」

 ロッソが声をかけたのは、扉を開いて現われた二人の人物。一人は身長は150cmほどだががっしりした体つきで、長いひげを生やした男性。もう一人は、すらりと背が高く、フォーマルな服装をきっちりと着こなした大人の女性だった。

「ああ。オレの名前はダグ。ここに来れば、冒険者になれると聞いてきた」

 答えたのは、背の低い男性の方だった。短く、はっきりした言葉で端的に語る。

「とにかく、お金がないんです。早く仕事をもらいたい。でないとまた食べられなくなってしまう……」

 不安そうに続けたのは背の高い女性の方だ。女性はよく見ると、首の部分が金属に覆われていて、ルーンフォークと呼ばれる種族であることがわかる。人間のように見えるが、今から300年以上前の魔導機文明時代につくられた人造人間だ。

「ドワーフにルーンフォーク。少しめずらしい組み合わせですね。でも、お二人とも武器の扱いには覚えがあるようです」

 ロッソがめざとく二人の装備に目をやりながら言う。背の低い男性――人間の次に多い力自慢の種族、ドワーフである――は、背中に自分の背丈ほどもある長い柄を持つ大きな斧を背負っている。一方のルーンフォークは、腰に、針のように細い刃をもつ短剣を帯びている。どちらの武器もよく使い込まれており、飾りではないことを物語っていた。

「ああ。オレは戦士だ――と言っても、武器を握ってからはまだ日が浅いが。腕っぷしには自信がある」

「わたしは力には自信はないですけどね。身軽さと手先の器用さなら少々。これでお金が稼げるとよいのですが」

 それぞれがロッソの言葉に応え、ロッソは満足そうにうなずいた。

「今日はとても運に恵まれた日ですね。新たな冒険者希望の方が三人も。そしてパーティーとしての相性もぴったりだ」

 ロッソが言うと、それまで黙ってやりとりを見ていたタビット――『ブルーアイ』と名乗っていた――が、声を上げた。

「パーティー?」

「ええ。冒険者に依頼される仕事は千差万別――さまざまな能力が必要とされます。例えば、単純に思えるモンスター退治でも、ただ戦うことができればいいというものではありません。戦士にはサポートしてくれる魔法使いが必要ですし、魔法使いには守ってくれる戦士が必要です。モンスターの住処をつきとめるためには、途中にある罠を発見し、解除しなければならないかもしれません。それを一人で全部対処するのはほとんど不可能です。そこで――パーティを組むんです」

 ロッソの説明に、ブルーアイが頭をこくこくと縦に振る。

「なるほどなるほど。仲間どうしで補い合うのだな!」

「そういうことですね。ドワーフのダグさんと、そちらのルーンフォークの方……えっと」

「申し遅れました。トレイシーと申します」

「ダグさんと、トレイシーさん。お二人はすでに知り合いのようですね」

 ロッソがたずねると、ダグが大きくうなずく。

「ああ、故郷にいるころからの友達だ。オレの故郷が大変なことになったとき、トレイシーがオレに、冒険者になることを勧めてくれたんだ」

 思いがけないダグの言葉に、ロッソの表情が一瞬だけ曇る。

「なるほど……事情がおありのようですが、詳しい事情は、後々うかがうことにしましょう」

 そう言うと、ロッソは背筋を伸ばし、気を取り直したように三人に向き直った。

「お二人に加えて、そちらのブルーアイさんの三人でパーティーを組んだらいかがでしょう? 役割分担の相性も、バッチリなようですし。その方が、わたしとしてもお仕事をお願いしやすくなりますしね」

「では、すぐに仕事を回してもらえるってことですか?」

 身を乗り出したのはトレイシーだ。ここに来るまでに路銀を使い果たし、当座の生活費に心を悩ませている彼女は、一刻も早く新しい仕事にありつきたいと思っているのだった。

「お約束はできませんが。今は最近の地震騒ぎでギルドの常連たちは大忙しなんです。正直、猫の手も借りたいような状況でして……あなたたちにお願いしたい仕事は、おそらくすぐに出てくると思いますよ」

 ロッソが言うと、トレイシーが目を輝かせた。

「そういうことでしたら、願ってもない。是非パーティーを組みましょう」

「ああ、オレも賛成だ。もちろん、彼がよければだが……」

 ダグもうなずいて、ブルーアイの方に顔を向けた。ブルーアイは両手を腰に当て、ここぞとばかりに胸をはって見せた。

「いいだろう! このボクが、仲間になってあげようではないか!」

 意気投合した三人の姿を見て、ギルド支部長のロッソが満足そうにうなずく。

「すばらしい。では早速パーティー結成ですね。今日は冒険者登録記念にわたしのおごりにしますので、乾杯をしましょう。それから、今は2階の部屋がたくさん空いていますので、最初の依頼が決まるまでは宿泊無料サービスキャンペーンにしておきましょう」

「なんとありがたい!」

「この恩は、忘れない」

「よーし、今夜はたくさん食べるぞ~」

 こうして、彼らの冒険者生活一日目の夜が、更けていくのであった――。

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