断章 冬の魔女

北の果ての国は、一夜にして吹雪に喰われた。


自然という名の制御不能な暴力。その中で全てを失った少女スピネルは、悟ったのだ。

「完璧に制御できるもの」だけが価値を持つと。


滅びた国の姫として、老い先短いコランダムの王へと嫁がされた時、誰もが彼女を憐れんだ。


しかし、スピネルはその老王を最初の駒とした。彼女はその美貌と知性で王を骨抜きにし、瞬く間に病床の王に代わる、実質的な権力者となった。


やがて王が静かに息を引き取ると、彼女は若き女王として、コランダムに君臨した。冷徹な粛清で、全ての政敵を排除して。

コランダムは彼女の完璧な采配の元、静まり返った。しかし彼女は満足しない。この国にはまだ、制御不能な要素が残っている。


天候を支配する、龍。

彼女はその力さえも制御したいと、渇望した。


(どこで、息を潜めて暮らしているのだ―――)


(おびき寄せる餌を、用意しなければ。)


彼女はその執念で、龍の血を分け与えられたという古の一族、『日向の氏族』の血筋が途絶えてはいないことを突き止めた。そして、その最後の末裔に狙いを定めたのだ。


―――ルビウスの父となる男。


彼は穏やかで優しく、そして愚かなほどに理想を信じた。


スピネルは彼に恋も愛も感じなかった。自らの世界から不完全さを排除するための次の駒として、ただその利用価値だけを見出していた。


ある夜。

彼女は自らの「弱さ」を、彼に「演じて」みせたのだ。


『あなたも、わたくしも、制御不能な力によって同胞を全て失った。あなたは人の悪意に。わたくしは自然の猛威に。』


『…あなたのその優しさは、わたくしの凍てついた心を溶かしてくれる、唯一の太陽です』


女王のあまりにも儚く、美しい告白。

それは優しい太陽の光に、冬の影が差し始めた最初の瞬間だった。

彼女は国を手に入れた時と同じ冷徹さで、彼の心を手に入れたのだ。


婚礼の夜、彼は愛を囁いた。

その言葉と共に、彼の魂の温もりが少しずつ奪われていくとも知らずに。

スピネルの鉄色くろがねいろの瞳は、彼を見てはいなかった。


(太陽の血を手に入れた。だが、まだ、足りない)


彼女の視線は、遥か先を見据えていた。

世界の理を完全に掌握するための、最後の駒。

天候を支配し、天災を起こす、制御不能な自然の化身―――龍。


(叫ぶがいい、太陽よ。お前のその悲鳴を聞いて、友が駆けつけるまで。)


(あの力を手に入れた時、――わたしの箱庭が完成する)


スピネルの瞳には、歪んだ野望の炎だけが燃えていた。

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