ハズレ賢者はつらいよ

@m_sakuno

第1話

僕は物心ついたころから不思議な夢を見ていた。


天まで届いていそうな巨大な石の建物を見上げていたり、馬のいない馬車が自分で走っていたり、向う岸が全く見えない大きな池を見たり、そんな感じの夢を。


父親に話すと「それは前世の記憶というものかもしれない」と言われた。

多くの賢者は前世の記憶を持っていたという逸話があるらしい。

「末は博士か、大賢者か」なんて、周りの大人によく言われていたのを何となく覚えている。


そして、7歳の頃には特殊なスキルに目覚めることになる。

他人のステータスが魔道具を使わずとも見えてしまうようになったのだ。

それを父に話すと、

「それはシンヤ自身にしか見えないものなのか?」

たぶんそうだと伝えると、

「それは人にはあまり話さない方が良いと思うぞ」

「それが本物であると証明できないからな。ペテン師扱いされるかもしれない」


「それにだ…。自分の能力値を他人に見られてるとしたら、シンヤと距離を取る人間も出てくる。自分の秘密を知られたくない人もいる」

確かにその通りだと思った。見られる方は嫌な気持ちになって当然だろう。

だけど、子供だった僕にはスキルの制御は難しかった。

常時見えるわけではないが、ふいに見えてしまう。


10歳になると子供は全員ステータス測定をすることになる。

小さな町に住んでいると年に一回、近くの都市から測定員の巡回測定がある。

魔道具によって測定できるのは、

STR(力)

AGI(速さ)

VIT(体力)

INT(知力)

DEX(技巧)

LUK(運)

の6つ。これら以外にもステータスがあるのは知っていた。僕には見えているのだから。ただそれらを測る魔道具はこの世界にはないらしい。


だいたい10歳の子供だと、測定値はだいたいは10前後。

10歳の測定で高い数値を出す子供は、大きな都市で特別教育を受けることができる。特にINTが高い子供は魔導師の資質があるとされる。


僕はというと、測定値は極めて平凡な数値だった。

別にガッカリしたわけではない。数値そのものは分かっていたことだし、それより生まれ育った町を離れたくなかった。


15歳になり、僕は生まれ育った町『タトル』から一番近い『ジャハト』という都市で冒険者として登録することになる。


この国では15歳で準成人扱いされる。

この年齢から本格的に働くようになる子供が一般的。裕福な家庭なら高等学校に行くこともあるし、貧しい家庭ならもっと幼いうちから働くことになる。

この町では、15歳まで町の学校で教育を受けることができた。学校のない町もあるらしい。

午前中は学校、午後から家業を手伝うという感じ。


この町は家畜を飼ったり、畑で作物を育てたりしている家が多い。


僕の父クロスは町で唯一のギルドの事務長だった。町のギルドというのは、都市にある冒険者ギルドとか商業ギルドといった大層なものではない。それらを一纏めにした出張所のようなもの。簡単な手続きをするだけ。

冒険者依頼の手配をしたり、住人の管理や税を集めたり、郵便物を取り置いたり、何でもやる場所だ。


母も事務員として手伝っているので、僕の家には農地がない。

祖父は持っていたそうだが、誰かに貸してそのままになっていると聞いている。


なので、昼からは大工のゲンさんの仕事を手伝ったりして時間を潰すことが多かった。


15歳になると、家の仕事を継ぐにしても「都会のギルドを見て来い」という父親のひとことでジャハトにやって来た。

単純に言えば、冒険者をやってこい、ということだ。


この国は一つの島の中にあり、7つの州に分かれている。何百年も昔はそれぞれが別の国だったのが、今は一つの国となっている。島の北東部にあるシュラーブルグ州に僕は住んでいる。

島の西側には巨大な大陸があるらしいのだが、大陸から小舟で脱出すると海流の関係で島の西側には到着できず、ここシュラーブルグに最も流れ着きやすいらしい。なのでシュラーブルグは国の中で最も他国民族(この国にとっての亜人)が多い地域だと聞く。


ジャハトの街に着くと、亜人と呼ばれる他種族の多さに驚かされた。タトルの町にもいなかったわけではない。そもそもゲンさんがトラの獣人だった。

が、ここは多すぎだ。異国感さえ感じる。


父親に描いてもらった地図を頼りに、何とか冒険者ギルドにたどり着いた。

ものすごい人の数である。

この時期は冒険者デビューする若者が一気に押し掛けて大混雑してるぞとは聞いていたが、人の数ですごい熱気。それよりきつかったのが多種多様な臭いだった。

父親からあらかじめ登録書類は作成して貰っていたが、それでもギルド証を貰うのにかなりの時間がかかった。

早朝、タトルを立って乗り合い馬車を乗り継ぎ、ジャハトに到着したときにはとっくに昼過ぎ、冒険者登録を終えた頃には陽は沈みはじめていた。


今日はもうクエストを請けるのは無理だろう。

父に教わったキャンプ地に向かう。入場に多少の管理費は必要だが格安で泊まれる。

さっさとテントを設営して今日は眠ることにする。



翌朝、冒険者ギルドに到着した時には、すでに初心者向け依頼は何もなかった。

初心者お約束の薬草集めでもやるかと、主な群生地を示した地図を確認する。1人5本までと採取数制限まである。昨日の人集りから見て近場は絶望的だろう。

タトルの町でも薬草採取はお金になるからちょくちょくやっていた。その時の勘を頼りに、あえてマークされていないエリアを目指すことにした。

群生地に当たれば5本なんてあっという間だ。町では50本くらいはいけた。



目的地に着いた、途端だ。

ケモノの唸り声が聞こえた。魔物かもしれない。

誰かが戦っているのか?

土手を駆け上ると、冒険者らしき女の子がウルフに馬乗りされていた。

無我夢中で、剣を抜いて助けに走る。


ん?このウルフ以外の敵が他にもいるのか?

ふいに妙な違和感を感じた。


ウルフの討伐くらいは朝飯前だ。ウルフを一撃で倒して、もう一つの気配を探る。居るとすれば、このウルフよりはるかに強い奴だ。


警戒しつつ、地面に倒れた女の子に声をかける。

「君、大丈夫か?」

返事はないが、生きているようだ。小刻みに震えていた。

ん…?尻尾?獣人種か?


獣人種は我々ヒト種より身体能力が高く、戦闘能力はかなり高いはず。女の子はそんなことないのかな…?


周囲を警戒しつつ、片膝をついて再び声をかけた。

「おーい、大丈夫かい?」

声にビクっと反応した。意識はあるようだ。

右手で左の二の腕を押さえている。血が滲んでるのが見える。


「怪我してるじゃないか。見せて」

女の子は初めて声を発した。「ぃ…ゃ…」

「ダメだよ、治療しなきゃ」

僕はカバンから水筒を取り出し、

「まずは傷口を綺麗にしないとね…」

冒険者らしい女の子は傷口を押さえていた震える右手をゆっくり離す。

「痛いかもだよ」


女の子の左腕は体毛があって、傷口が見えない。

水筒の水を掛け流しながら、ゆっくり血液を洗い流す。

続いて消毒兼外傷用のポーションを取り出し、布に染み込まして傷口に当てた。


別の布で傷口を縛り、

「他にケガは?」

女の子は頭を軽く振る。乱れていた髪からネコ耳が現れる。ん?イヌ耳なのかな?


「ない…、ありがとう……」

「カッコよく治癒魔法で治せればいいんだけどね。あいにく駆け出しの冒険者なんだ」


「ううん。助かりました」

女の子は半身起き上がり、地面に横たわっているウルフを見て言った。


そういえば、このウルフとは違う、別の気配はどこに行ったのだろう?


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