将来は一緒に住もうね!

おかか

将来は一緒に住もうね!

 「将来は一緒に住もうね」と、そう口癖のように恋人に言う。今の恋人にも、前付き合ってた人にも、多分前の前も、使い古した文句だっただろう。

 必ずしも果たされなくてもいい口約束だけど、二人でいる未来を想像するのは絶対的ポジティブだから。あと直接的な愛情表現より抵抗感なく伝えられるから、ぎこちない空白を埋めるように、そう口にする。あ、今のちょっと、かなり嘘っぽかったかも。甘ったるい言葉と自分の気持ちの落差にどぎまぎしながら。

 最近は特にそうで、「将来は一緒に住もうね」と調子付いた数秒後には内心で「価値観合わなすぎるし無理だろーな。てか無理」と落ち込んでいる。諦めたポーズをとっていれば、不安が現実になったとしても、いくらか傷が浅く済むものだ。ちょーダサい大人みたいだな。

 恋人はというと、付き合う前の彼はマジンガートーカーで口が減らなかったし、おかげで人見知りの私も話題には事欠かなかった。男女垣根なく接することのできるお調子者。関西から上京してきたことも、彼が印象に残りやすく興味を持たれやすいアドバンテージだった。私も彼もスーパーで働いていて、毎週土曜日の深夜にシフトが被る。メンヘラの元彼に悩んでいた以前の私は、バイト終わりによく相談に乗ってもらっていた。場所はカラオケや適当な公園、缶チューハイを片手によく歩いた散歩コースだった。当たり前だけれどいつも夜で、みんな眠っていて、周囲は静かだった。賑やかな私たちだけが暗闇を照らす街灯のように明るく思われた。

 関係性が変わり、彼のイメージも変わった。ほとんど180度反転したけど、元々性格的な相性は良かったから関係に影響はなかった。彼は安心するとむしろ口数が極端に減る人だった。よく喋ったのは友人だったからで、女心に疎く、それでいて人一倍、自分が傷つくことには敏感だった。マシンガントークで脆い人間性を防衛していたのだと、気付いた。根本からの生真面目で正直こちらが引いてしまうほどの現実主義を掲げていた。綿密に練ったフューチャープランを語るその目は全然輝いてなくて、どこか今でもこの場所でもない遠くに焦点を合わせようとして彷徨っているようだ。

 将来の展望も何もなく、ふわふわと大学生活を送り、未来よりも目先の楽しさを優先したい私は愕然とさせられた。傲慢かもしれないが、常軌を逸した真面目さに過去の自分をみたのである。

 周囲の期待に応え認めてもらいたい、強迫観念に突き動かされ、自分の価値を勉強に、偏差値にのみ求めていた。あまつさえ勉強ができない自分には誰も御用がないのだと泣き崩れた情けない過去の自分を。敷かれたレールの上を歩いていれば安全だし、今は未来のための布石でしかない。辞めた高校は、そういった承認欲求と、エスカレーター進学に唾を吐く父のご機嫌とりのために選んだ、公立だから学費は比較的安いが偏差値は高い進学校だった。そこで現代文を教えていた先生が零したのと同じ問いを、今の私は彼にぶつけたい。「中学受験、高校受験、大学受験がやっと終わったかと思えば今度は就職活動。いつ今を生きるんだろう」。

 電話口の向こうで「なんかいいこと起こんないかな」と呟いた彼の頬を泣きながらビンタしてやりたかった。そうやって、今の私を見てなんかないような口振りで、今が全くつまらなくて不幸だみたいなこと言わないで。いいことが起こらないんじゃなくて、貴方の目が腐ってるだけだから、「意外といいこと起こってるかもよ」なんて励ます私の空元気にも気付かないんでしょう。

 現在と地続きの過去の自分は、今の自分が突かれたら脆い、目を逸らしたい部分なのかもしれないから、彼と私は意外と同族なのだと思う、という話をバイト終わりにカラオケでしてみようか。

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