物語を書き終わらないと出られない部屋
けけけ
物語を書き終わらないと出られない部屋
気付いたらこの部屋にいた。
どうやら私は閉じ込められているようだ。壁に貼ってある幕を見て、笑ってしまった。
「物語を書き終わらないと出られない部屋」。
…バカげている。そんな陳腐な設定を誰が思いついた?
いや、私自身が考えそうなネタかもしれない。
私は元・作家だ。わけあって断筆していた。
それなのに、よりによってこんな部屋に…。
だだ広い部屋の中央にはぽつんとデスクと椅子のセットがあるだけ。
出口らしきものはない。監視カメラなんかも見当たらない。
一か所、鉄製のかなり重厚な扉があるが、かたく閉ざされている。
デスクの上には原稿用紙と私の愛用している万年筆、そしてインク瓶が置いてある。
書け、ということか。
誰が仕掛けた?
こんな茶番に付き合う理由などないが、
何もない無音の部屋で長時間過ごすのに十分な時間は、既にゆうに超えた。
仕方なくデスクにつき、原稿用紙と向き合った。
習慣として、軽く指を伸ばし、肩を回すストレッチ。
万年筆のキャップを外す。
原稿用紙の1マス目を見つめる。
たった1マスの白が、原稿用紙の枠をはみ出して部屋いっぱいに広がっていく。
書けない。
どうしても書けない。
断筆を決めたあの日の記憶が、白い紙の上で蘇る。
「お前はもう書けない」誰かが耳元であざ笑うような気がした。
息ができない。
溺れる。
私は恐怖した。目も鼻も耳も口も塞がれ、原稿用紙の白に飲み込まれる錯覚に襲われた。
万年筆を握る手が震えた。
なんだっていい。つまらない話でいい。
あまりにもくだらなくて、読んだ人が退屈のあまり首を吊ってしまうような話でもいい。
しかしペン先は一向に動く気配がない。私の心が動かない。
目の前には、ただ、恐怖の白が広がっていた。
この状況に追い込まれても書けないなんて、なんて無様なのだろう。
どれだけ時間が経っただろうか。
原稿用紙の上には濃いブルーのインク溜まりができていた。
書き上げなければ、一生ここから出られない。
でも書けない。脱出するという意味での最終手段を考えた。
万年筆のインクをひと瓶まるごと飲み干したとしても、死ねないだろう。
デスクの角に頭をぶつけて死ねるだろうか? たぶん無理だ。
逃げ出したい気持ちを無理やり押さえつけると、
ある考えが脳裏をよぎった。
ひょっとしたら。
ひょっとすると。
ああ、しかしそんなバカな真似を、一体誰が何のためにするのだろう。
たかだか私の書く物語のために。
…いや、逆にこんなバカな真似をするのは、一人しかいない。
そして気づいた。
もしかしたら、鍵は最初からなかった…?
私がここでなにかを書き上げたところで、それを誰が気づく?
誰が物語を書き終わった、という条件を達成したことを確認する?
私が気づいていない監視カメラがあるなら別だが、
物語を書き終わったことを確認できる人物は一人しかいない。
これは狂言だ。
出口なんて最初からなかった。
私は死ぬ覚悟で自分をここに閉じ込めた。
想像の翼があれば、私はどこへでも行ける。
…きっと、書き上がる。
万年筆をとった。
この人生を描くのは、私自身なのだから。
物語を書き終わらないと出られない部屋 けけけ @gaia_333
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