恋するイヤホン――イヤホンから告白されたんだけどどうすればいい?

とおさー@ファンタジア大賞《金賞》

第1話 イヤホンから告白された

「私、あなたのことが好きです」


 その日、俺はイヤホンから告白された。


 それはある朝のことだった。

 俺はベッドに寝転がり、いつものようにワイヤレスイヤホンをつけて音楽を聴いていた。最近ハマっているアニメのオープニングを再生すると、軽快なリズムが流れてくる。

 ぼんやりとそれを聴きながら、頭を空っぽにして、そういえば今週の放送はまだ観ていないなと考えていたその時――、


「私、あなたのことが好きです」


 突然そんな声が聞こえてきたのだ。


「は?」


 ワイヤレスイヤホンから告白される。そんな不可思議な状況に困惑した俺は、スマホから動画が流れているのかと思い、確認してみる。しかし何の動画も再生していない。


 イヤホンの問題か?


 念のため一度ケースに閉まってから再度取り出してみる。しかし耳につけても全く音が聞こえなかった。


「気のせいか」


 ただの空耳だったと判断して、ふうっと息を吐くと、


「出会った頃から好きでした」


 もう一度告白される。女性の声だ。穏やかで、それでいて少し幼い声。

 イヤホンではなく周囲に誰かいるのかと思い、辺りを見回す。

 しかし周囲には誰もいなかった。当たり前だ。今俺は自室に一人なのだから。


「やっぱり空耳か」


「いいえ。私は本気で告白しています」


「あー突発性難聴ってやつ? いやでも聴こえないんじゃなくて、むしろ聴こえちゃうんだよな」


「当然です。あなたの脳に直接語りかけていますから」


「じゃあイヤホン関係なくね?」


 イヤホンを外す。すると耳に響いたのは声にもならない電子音。


「繧、繝、繝帙Φ繧偵▽縺代↑縺九▲縺溘i菴戊ィ?縺」縺ヲ繧九°蛻?°繧峨↑縺?→諤昴>縺セ縺吶h」


「うわっ、うるさすぎだろ」


 俺は慌ててイヤホンをつけ直す。そしてイヤホンに語りかける。


「おーい、聞こえたら返事してくれ」


「はい、聞こえてますよ」


「なあ、外したらノイズ聞こえたんだけどどういうこと?」


 問いかけると、すぐに返答が返ってくる。


「おそらく私の声はイヤホン越しじゃないと聴こえないんだと思います」


「なるほどコウモリみたいなものか」


「そうですそうです。……って、なんて失礼なこと言うんですか!」


 突然、イヤホンから怒られた俺。


「ごめん」


 イヤホンに謝ると、


「分かればいいんです。もし謝罪がなかったら一日中話しかけ続けるつもりでしたが」


 イヤホンはやれやれといった様子でふんっと唸った。機嫌がなおったようで何よりである。

 どうやらイヤホンはツンデレさんなようだ。


 



「俺そろそろ病院行ったほうがいいかな?」

 


 今はまだ土曜日の午前中。急いで駆け込めばギリギリ病院には間に合うだろう。そう判断した俺は、机の引き出しを漁って保険証を探す。しかしなかなか見つからなくて、


「あれ? どこやったっけ?」


 首を傾げているとイヤホンから声がした。


「ベッドの下にあると思います。この前眼科に行った際、帰りに同人誌買ってましたよね? しかも結構えっちなやつ。私の仮説だと、リュックの中で混じってしまった可能性が高いと思います」


「あー、確かに言われてみればそうかも。って、何でエロ本の隠し場所を知ってるんだよ⁉︎」


「ふふふ。男子高校生がえっちな本を隠す場所なんて一箇所に決まっています」


「そりゃそうだけどさ」


 でもまさかイヤホンにエロ本の在処を暴かれることにはなるとは思わなかった。人生、不思議なこともあるんだなと思う。

 問題はこの頭が病院で治るかどうかだが、正直あまり自信はなかった。


「あっ、ホントにあった!」


 ベッドの下の同人誌をペラペラとめくっていると、ポトンと何かが落ちる音がする。床に視線を向けるとそこにはお目当てのものがあった。


 ――秋月秋人。十六歳。と書かれたそれを掴むと、ふと時計を見る。時刻は午前十一時。駅までダッシュで五分ほどなのでまだ少し余裕があるが……、


「耳鼻科と精神科、どっちが正解なんだ?」


 そこが非常に悩ましかった。普通は精神科だが、初めてなので結構ハードルが高い。それに対して耳鼻科は子どもの頃から通っているため、気軽に立ち寄れるわけだが……。


 さて、どうするべきか?


 そんな俺の悩みを機敏に感じ取ったイヤホンは何気ない口調で助言してくれる。


「耳鼻科が良いんじゃないですか。秋人さん、最近くしゃみすごいですから。今流行りの寒暖差アレルギーの可能性があります」


「確かに言われてみればそうかも」


 エアコンの効いた部屋から外に出ると、必ずくしゃみが出るんだよな。酷い時は一日に五回出る時もあるし、それも治せるなら一石二鳥である。


「じゃあ耳鼻科にするわ」


「分かりました。駅前の耳鼻科は公式サイトで整理券が取れるので、今のうちに取っておいた方がいいですよ」


「なるほど。サンキュー」


 イヤホンって便利だなぁ。

 一旦冷静な思考を取り除いて考えてみると、非常に便利と言わざるを得なかった。

 


「君ね、言いにくいけど、精神科で診てもらった方がいいよ」


「あ、そうすか」


 耳鼻科で受付を済ませ、今朝からの症状を包み隠さずお医者さんに話すと、髭が真っ白なおじいちゃん先生から精神科の案内をされた。

 どうやら俺の頭はおかしいらしい。


「あと君、トマトアレルギーだから」


「まじすか⁉︎」


 どうやら俺はトマトアレルギーらしい。初耳である。


「ミートソースみたいな加熱を施したものは大丈夫だけど、生のトマトはダメだから。気をつけてね」


「あ、はい」


 アレルギーがあるのは衝撃だったが、野菜は苦手なので実害はほとんどなかった。


「好き嫌いはダメですよ?」


 イヤホンから急に呆れたような声が聴こえてくる。まるでお母さんみたいなことを言いやがって。


「あと君、診療中にイヤホンつけるのやめな。普通に失礼だから」


「すいません」


 申し訳ない気持ちはあるが、外したらノイズがうるさいのでなるべく外したくないのだ。


「とりあえず、お大事にね」


 結局俺は蕁麻疹を抑える薬だけをもらって帰路についた。

 ちなみに精神科は既に閉まっていた。あと多分予約しないと入れない。

 その情報もできれば事前に教えてほしかった。なあ、イヤホン?



「そういえばまだ告白の返事を聞いていませんでしたね」


 病院から帰ってきてベッドにダイブすると、先ほどまで沈黙を貫いていたイヤホンから声が発せられた。


 ちなみに例の声が聞こえて以降、スマホで曲を流しても全く音が出ない。というか無線で接続することすら叶わなかった。


 つまり壊れてしまったのだろう。近所のゲーセンで取った安い奴だから、別にそこまでショックではないけどさ。どうせならもう少し現実的な壊れ方をしてほしかった。


「そういえばまだ告白の返事を聞いていませんでしたね」


 ほら、こういう壊れ方は勘弁してほしいんだよ。


「返事ですよ返事!」


 どうやら俺はイヤホンから告白の回答を急かされているらしい。全く状況が理解できなかったが、そもそも理解できる要素が何一つとしてないので考えても無駄である。

 頭がおかしくなった。それ以上でもそれ以下でもないのだから。


「突然好きとか言われても困るんだよなぁ」


「どうしてですか? 私ほどの美人は他にいませんよ?」


「本当か?」


 片耳だけ外して、まじまじと筐体を眺める。真っ白で何の柄もないただのイヤホンだった。


「強いていえばボディが安っぽいか」


「何言ってるんですか! この変態! まさか、私の体を丸裸にするつもりですか?」


「いや、丸裸も何も、裸そのものじゃん」


 インナーイヤー型だからイヤーピースもないし、筐体がそのまま剥き出しである。

 にも関わらず、さも俺が変態であるかのように、


「こんな下品な人、好きになるわけないじゃないですか!」


 と盛大に前言撤回したイヤホンは、俺の耳元で、


「バカ! 変態! 童貞! えっちな本ばかり買っても、現実でそんな展開は起こりませんよ。冗談は夢だけにしてください」


 などと煽ってくる。

 やかましいなんてレベルではなかった。


「うるさいな! いいだろ別に同人誌くらい。せめて夢くらい見させてくれよ」


「それはえっちな本じゃなくてサキュバスの仕事です。あなたのような人間がいるから、この国では脱サキュバスが進んでいるですよ。もう、責任取ってください」


「えーと…………俺ってこんなに頭おかしかったっけ?」


 さすがにおかしい。俺は至って普通の高校生だったはずだ。普通に学校に行って、普通にオタク友達と雑談して、普通に帰宅部として下校して、普通に家でゲームや漫画を読んでるオタク。それが俺だった。


 なのに突然、イヤホンから訳の分からない告白をされたと思ったら、今度はサキュバスというフィクションの中にしか存在しない言葉が聴こえてきた。

 これはいくら何でも不自然と言わざるを得ない。


「というかさ…」


 俺はついに覚悟を決めると、イヤホンに、いや、イヤホンの向こうにいるかもしれない人物に尋ねる。



「君は誰?」

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