夢幻
その時だ。
ザク、ザクッと草を踏み付けるような重々しい音が背後から響く。
初めは気のせいかと思ったが、やけに大きく耳に届くその音が、徐々に近づいてきていることに気付いて顔を上げる。
そして、そこにいたのは予想外の人物の姿に、若樹は眼を丸くして固まった。
硬そうな黒く短い髪、切れ長の赤い瞳。
整ってはいるが強面の印象が強い男らしい顔立ち。
何度あの逞しい体に抱かれたいと夢見たか。
「……憂炎……様……?」
そこにいたのは、最早この世にいない若樹の想い人――竺 憂炎。
否、残虐帝はもうこの世にはいない。
なので、今若樹の側にゆっくりと歩み寄ってきているのは亡霊か、はたまた若樹が想う余りに見せている幻か、だ。
呆然としながらゆっくりと立ち上がり、憂炎の訪れを待つ。
それがなんであれ、相手が憂炎の姿をしているであるのならば恐れることは何も無い。
手を伸ばせば届きそうな距離で男が立ち止まる。
薄い唇は真一文字に結ばれたまま、真っ赤な瞳が若樹を映していた。その瞳に自身の姿が投影されたことに、若樹の身体はゾクリと震える。
これは、神様が哀れな私に与えてくれた機会なのかもしれない。ならば逃してはいけない。
「憂炎様、若樹は心の底から憂炎様をお慕いしておりました」
面と向かって告白する。だが、憂炎の顔色は変わらない。元々返事は期待していない。することに意味があった。世間では悪鬼羅刹の顔と恐れられる無表情。その迫力は画面越しと生では全く迫力が異なるが、若樹も゙負けじとじっ、と見つめ返していたが、すぐにやってやったぞと歯を見せて笑った。
すると、どうしたことか。
まるで若樹につられたように憂炎も笑った。ゲームでは一度も見せたことはなく若樹の想像の中でしか見たことがない屈託のない笑顔。まさに驚天動地の如き出来事。
同時に理解する。これはやはり幽霊ではなく、自分が見せている理想の幻なのだと。
「――……幻でも、幽霊でも。憂炎様に会えて、ほんまに、嬉しかったです。これで心置きなく、実家に帰れます」
きっと、瞬きをした次の瞬間には消えている。
一抹の悲しみを感じながらも、若樹は達成感と次に進む勇気を得られたことに満足して、ゆっくりと目を閉じた。
「いや、生きてるぞ。ほれ」
「へ?」
まさかの返事にぱっ、と目を開ける。
すると憂炎の幻からから伸びてきた手が若樹の手を取り、胸に触れさせた。
ドクン、ドクンと静かに脈打つ鼓動。
惚れた男の胸に触れている手。
熱と、男の胸にある
瞬間、若樹は訳もわからないまま一気にオーバヒートした。
「ひょえええええええええええええええっ!!!!!!!?」
世にも奇妙な奇声が山中に響き渡る。
それを耳にした音操は、幌馬車の荷台で
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