第2話 君の声が届いた日
昼休みのチャイムが鳴り響くと、私は思わず机に突っ伏した。
午前中の授業中、どうしても集中できなかった。頭の中にあるのは、昨夜のあの歌声だけ。私の詩に新しい命を得たような、優しくて少し切ない声。「NoName」。なんて謎めいた名前だろう。
一時間目の国語の時間、先生が音読を指名した時のことが頭から離れない。私の番が来ても、いつものように声が喉の奥で固まってしまった。息苦しくて、まるで見えない手が喉を締め付けているような感覚。先生は困ったような顔をして、「体調が悪いのかな?」と言ってくれたけれど、クラスメイトたちのひそひそ声は聞こえていた。
「また凛ちゃん、声出ないんだ」
「いつものことじゃん」
小学校からずっと同じ。大勢の人の前では、どうしても声が出なくなる。母親は「人見知りが激しいだけよ」と言うけれど、これは単純な恥ずかしさとは違う。まるで声帯が勝手に閉じてしまうような、そんな感覚。
だから私は、SNSで「Luna」として詩を書く。画面の向こうなら、心の奥底にある言葉を素直に表現できる。声に出せない想いを、文字に託して。
『夜空に響く君の声は
私の心を震わせて
言葉にできない想いを
そっと歌に変えてくれる』
昨夜、NoNameが歌ってくれた私の詩の一節が、まだ耳の奥で響いている。私の書いた言葉が、こんなにも美しいメロディーになるなんて。まるで、私が出せない声の代わりに、彼が歌ってくれているような気がした。
「凛ちゃん、どうしたの?ずいぶんぼーっとしてるけど」
隣の席から聞こえた声に顔を上げると、葵が心配そうに覗き込んでいた。いつものポニーテールが少し乱れていて、きっと体育の時間に走り回ったせいだろう。彼女の明るい笑顔を見ていると、なんだか胸の奥がほっとする。
葵は私の一番の理解者だった。中学の時、私が授業で発表できずに泣いていた時も、そっと寄り添ってくれた。彼女だけが知っている。私がどれだけ「声を出すこと」に苦しんでいるかを。
「あ、えーっと……」
小さな声で答える私に、葵は優しい表情を向けた。
「もしかして、また詩のこと考えてた?最近投稿頻度上がってるよね」
「え?」
「フォローしてるもん。Lunaの詩、すごく人気じゃない。特に『夜空の向こう側』、コメント数がすごいことになってる」
私の頬が熱くなった。葵が私のSNSをフォローしていることは知っていたけれど、そんなに詳しく見ているとは思わなかった。
「そ、そうかな……」
「そうそう!昨日の詩も素敵だった。なんか、いつもより情熱的というか、誰かに向けて書いたみたいな感じがした」
葵の言葉に、私の心臓が跳ね上がった。あの詩は、NoNameの歌声を聞いた後に書いたものだった。無意識のうちに、あの人の歌に影響されていたのかもしれない。
実は、昨夜から気になることがある。NoNameからのダイレクトメッセージを何度も読み返すうちに、不思議な既視感を覚えたのだ。まるで、昔から知っている人のような親しみやすさ。優しい言葉遣い。そして、「言葉にするのが苦手」という告白。
私と同じ悩みを抱えている人がいる。その事実だけで、胸の奥が温かくなった。
その時、教室の向こうから小さなメロディーが聞こえてきた。誰かが鼻歌を口ずさんでいるようだった。私は何気なくその方向を見ると、静雄が窓際の席で弁当を食べながら、小さく歌を歌っていた。
そのメロディーを聞いた瞬間、私の心臓が激しく鳴った。
昨夜、NoNameが歌っていたあのメロディーと、とてもよく似ているような気がしたのだ。
『夜空に響く君の声は…』
静雄の鼻歌が、まさにその部分だった。私の書いた詩の、最も印象的な一節。
「まさか……」
私は小声でつぶやいた。でも、すぐに首を横に振る。きっと気のせいに違いない。偶然だ。
「凛ちゃーん、どこ見てるの?」
葵の声で我に返ると、彼女の視線も静雄の方を向いていた。
「静雄くんって、歌うたうのね。知らなかった」
「え?」
「さっきから鼻歌歌ってるじゃない。意外と音感良さそう」
葵は興味深そうに静雄を見ている。私は慌てて彼女の視線を遮るように手を振った。
「あ、あまりじろじろ見ちゃだめだよ」
「あはは、ごめん。でも珍しいよね、静雄くんが何かに夢中になってるの見るの」
私は葵の言葉を聞きながら、再び静雄の方を盗み見た。彼は私たちが見ていることに気づいていないようで、相変わらず小さく鼻歌を口ずさんでいる。その表情は、普段の無表情とは違って、どこか安らかで幸せそうに見えた。
実は、静雄のことはずっと気になっていた。彼も私と同じように、クラスの中では目立たない存在だった。授業中に先生に当てられても、小さな声でしか答えない。でも、彼の場合は私のような「声が出ない」症状ではなく、単に内向的な性格のせいだと思っていた。
「あ、あの……葵ちゃん」
「うん?」
私は周りを見回した。クラスメイトたちはそれぞれ昼食を取ったり、談笑したりしている。みんな自分のことで忙しく、こちらには注意を向けていない。それでも、声を小さくして話し始めた。
「実は……昨日、私の詩に歌をつけてくれた人がいるの」
葵の箸が止まった。卵焼きを挟んだまま、大きな目をさらに見開いて私を見つめる。
「えええー!?歌?歌って、つまり……」
「し、しーっ!」
慌てて葵の口を手で塞いだ。案の定、何人かのクラスメイトがこちらを振り返る。私たちに視線を向けた男子の一人は、前髪で目が隠れた静雄だった。彼はちらりとこちらを見てから、慌てたような様子で自分の弁当に視線を戻した。その時、彼のカバンから黒いケースのようなものが少し覗いているのが見えた。
「ごめんごめん」
葵は私の手をそっと離して、今度は小声で続けた。
「でも、すごいじゃない!どんな人?もしかして、プロの人?」
「それが……匿名なの。NoNameっていう名前で活動してるみたい」
「NoName……」
葵は少し考えるような表情をした。そして、なぜか少し複雑な顔になる。
「なんかその名前、聞いたことがあるような……あ、そうだ!この前、音楽好きの従姉妹が『すごく上手な歌い手がいる』って言ってた気がする」
私の心が跳ねた。もしかしたら、NoNameはそれなりに有名な人なのかもしれない。
「で、どんな歌だったの?」
私は昨夜の出来事を思い返した。スマートフォンの画面に表示された通知。恐る恐るクリックしたリンク。そして流れてきたあの歌声。私の詩が、まるで新しい命を宿したような不思議な感覚。
「すごく……綺麗な声だった。私の詩の世界を、そのまま音楽にしてくれたような」
「うわあ、それって運命の出会いじゃない?」
葵の目がキラキラと輝いている。でも、その光の奥に、ほんの少しだけ寂しさが混じっているような気がした。
「そ、そんな大げさな……」
「大げさじゃないよ!凛ちゃんの詩に共感して、わざわざ歌をつけてくれるなんて。きっとすごく感性が豊かな人だよ」
葵の声には、いつもの明るさがあった。でも私には分かる。彼女が何かを我慢しているような、そんな微妙な変化が。
実は、葵にも秘密があった。中学の時、彼女は合唱部に入りたがっていたのだ。でも、結局入らなかった。理由を聞いても、「やっぱりやめた」としか言わなかった。今思えば、彼女なりの事情があったのかもしれない。
その時、教室の後ろの方から笑い声が聞こえた。振り返ると、田中悠翔を中心とした男子グループが何かで盛り上がっている。田中は背が高く、ピアスをつけた派手な外見で、クラスでも一目置かれる存在だった。
「おい、高橋、今日も一人で飯食ってんのかよ」
田中の声が教室に響く。私と葵は振り返った。田中たちが静雄の席を取り囲んでいる。
静雄は何も言わずに弁当を片付け始めた。その動作が、なんだかとても悲しそうに見えた。まるで、慣れてしまった諦めのような。
「無視すんなよ。せっかく話しかけてるのに」
「田中、やめなよ」
葵が小さく立ち上がった。私は慌てて彼女の手を引く。
「葵ちゃん、やめて。関わらない方が……」
でも、葵は私の手を振り払って、田中たちの方に歩いて行った。その時の彼女の表情は、いつになく真剣だった。
「田中くん、お昼休みなんだから、みんなゆっくり食べさせてあげなよ」
葵の明るい声が、ピリピリした空気を和らげる。でも、その声には強い意志が込められていた。
田中は面倒くさそうに舌打ちした。
「山本は関係ないだろ」
「関係あるよ。同じクラスなんだから」
葵は静雄の方を向いて、にっこりと笑いかけた。
「静雄くん、さっき歌ってたでしょ?すごく上手だったよ」
静雄の顔が真っ赤になった。彼は慌てたように首を横に振る。
「歌なんて……歌ってません」
その時、静雄の声に微かな震えがあることに気づいた。まるで、声を出すこと自体に不安を感じているような。私と同じような?
「でも聞こえてたよ。とても素敵な声だった」
葵の言葉に、静雄はさらに顔を赤くした。そして、なぜか私の方をちらりと見た。その瞬間、私たちの目が合う。
静雄の瞳は、とても優しくて、少し寂しそうで……なんだか、NoNameの歌声と同じような温度を持っているような気がした。
その時、奇妙な感覚が私を襲った。静雄の目を見つめていると、ぼんやりとした記憶が蘇ってきた。小学校の文集で、無名の詩を読んで涙が出そうになったこと。あの詩の作者は誰だったのだろう。確か、名前を書かずに投稿していた子がいたような……。
「チッ、つまんねー」
田中は興味を失ったように、仲間たちと一緒に自分の席に戻って行った。
「静雄くん、大丈夫?」
葵が心配そうに静雄に声をかける。静雄は小さくうなずいて、カバンを背負った。
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」
彼の声は穏やかで、どこか慣れ親しんだような響きがあった。そう言って、静雄は教室を出て行った。葵は少し心配そうな表情で、彼の後ろ姿を見送った。
私は葵の横顔を見つめた。彼女の表情には、静雄への同情だけでなく、何か深い共感のようなものが浮かんでいた。
「葵ちゃん……」
「なあに?」
私の席に戻ってきた葵が振り返る。
「ありがとう。静雄くんを助けてくれて」
葵は少し寂しそうに微笑んだ。
「当然だよ。一人で辛い思いをしてる子を放っておけないもん」
その時、葵の声に微かな痛みが混じっているのに気づいた。まるで、自分自身の過去を重ね合わせているような。
「葵ちゃんも、昔……」
「あ、そうそう!」
葵は慌てたように話題を変えた。
「凛ちゃんの詩の話だけど、その人からもう返事来た?」
私はそっとスマートフォンを取り出した。昨夜から何度も見返している、NoNameからのダイレクトメッセージがそこにある。
『素晴らしい詩をありがとうございました。勝手に歌をつけてしまい、申し訳ありません。もしよろしければ、お時間のある時にお返事いただけると嬉しいです』
「返事、まだしてないの?」
葵が画面を覗き込んできた。
「うん……なんて返事すればいいか分からなくて」
私の声は、教室でいつも出せない小さな声だった。でも、葵の前では少しだけ楽になる。
「返信、してみたら?」
葵が小声で言った。私はびくりと肩を揺らす。
「……でも、なんて言えば」
「思ったままでいいんだよ。凛ちゃんらしい言葉で返してみたら?素直な気持ちが一番伝わるよ」
葵の言葉が背中を押す。私はゆっくりと指を動かし、言葉を打ち込んだ。
『こんにちは。昨夜は素敵な歌をありがとうございました。私の詩があなたの歌声で生まれ変わったようで、とても感動しました。実は私は、人前で声を出すのがとても苦手で……あなたの声が、私の代わりに歌ってくれているような気がしました。ありがとう。よろしければ、これからもお話しできると嬉しいです』
指が「送信」をタップした瞬間、心臓が一度、大きく跳ねた。
五時間目の数学の授業中、私のスマートフォンが小さく振動した。机の下でこっそり確認すると、NoNameからの返信だった。
『こちらこそ、お返事いただけて嬉しいです。実は、あなたの詩にはいつも救われています。僕も、大勢の人の前では声が震えてしまって……うまく話せないんです。でも、あなたの詩を歌うとき、本当の自分になれるような気がします』
私の胸がキュッと締め付けられるような感覚を覚えた。大勢の人の前で声が震える。それは、まさに私が抱えている症状と似ていた。
『もしよろしければ、他の詩にも歌をつけさせていただけませんか?あなたの言葉は、本当に美しいです。僕は昔から、匿名で詩を書いていたことがあります。言葉にできない気持ちを、詩に託すしかなかった……きっと、あなたも同じような経験をお持ちなのでは?』
私の手が震えた。匿名で詩を書いていた。小学校の時の記憶が、はっきりと蘇ってきた。あの無署名の詩。静雄の優しい瞳。そして今、NoNameの言葉。
すべてが繋がっているような気がした。
『僕の声が、あなたの心に届いているなら、それが一番の幸せです。声に出せない想いを、歌に込めて……あなたと、同じ気持ちを抱えながら』
その言葉を読んだ時、涙がこぼれそうになった。数学の授業中だというのに、胸が熱くなる。私は一人じゃない。同じ悩みを抱えた人が、どこかにいる。
放課後、私は葵と一緒に図書室に寄ることになった。葵が借りたい本があるという。
図書室の静寂の中を歩いていると、奥の方の机で一人読書をしている人影が見えた。静雄だった。彼は真剣な表情で本を読んでいる。私がそっと近づいてタイトルを見ると、『音楽制作ソフトで始める楽曲制作入門』という本だった。
私の心臓が激しく鳴った。音楽制作の本。そして、NoNameが言っていた「昔から匿名で詩を書いていた」という言葉。
静雄は私の視線に気づいたのか、ちらりと顔を上げた。そして慌てたように本を閉じて、カバンにしまい込む。
「あ、あの……」
私は思わず声をかけそうになったが、いつものように声が喉の奥で詰まってしまった。静雄はそそくさと図書室から出て行ってしまった。
「どうしたの?」
本棚から戻ってきた葵が、私の様子を不思議そうに見ている。
「静雄くん、音楽制作の本を読んでた」
「へえ、意外!」
私は深く息を吸った。もう、偶然では片付けられない。
「葵ちゃん、私……確信し始めてる」
「何を?」
「静雄くんが、NoNameかもしれない」
葵の目が大きく見開かれた。そして、なぜか少し困ったような表情になる。
「もし……もし本当にそうだったら、凛ちゃんはどうするの?」
「え?」
「だって、クラスメイトがNoNameだったとして……今度はどんな関係になるの?」
葵の質問に、私は言葉に詰まった。確かに、もし静雄がNoNameだとしたら、これまでのような匿名でのやり取りは続けられない。現実の関係性が生まれる。
「分からない……でも、会ってみたい」
「そっか」
葵は少し寂しそうに微笑んだ。
「凛ちゃんが幸せなら、それでいいよ」
夕方、私たちは学校を出て帰路についた。いつもの通学路を歩きながら、私は午後の出来事を葵に詳しく話した。
「え、もう返事が来たの!?しかも、その人も昔詩を書いてたって?」
「うん。匿名で詩を書いていたって」
「それって……」
「小学校の時の、あの詩のことかもしれない」
葵は歩きながら、複雑な表情を浮かべた。
「凛ちゃん、実は私……」
「うん?」
「中学の時、合唱部に入りたかったの」
私は立ち止まった。葵も歩みを止める。
「でも、入らなかった。というか、入れなかった」
「どうして?」
葵は夕焼け空を見上げた。
「オーディションの時、緊張で声が出なくなっちゃって。みんなの前で歌うなんて無理だった」
私は驚いた。いつも明るくて、人前で話すのも平気な葵が、そんな経験をしていたなんて。
「それから、歌うのが怖くなって……でも、今でも歌いたい気持ちはあるの。だから、凛ちゃんとNoNameさんの話を聞いてると、羨ましくて」
葵の声には、深い寂しさが込められていた。
「葵ちゃん……」
「ごめん、暗い話しちゃって」
彼女はいつもの笑顔に戻ろうとしたが、その笑顔の奥に痛みが見えた。
「でも、凛ちゃんが素敵な人に出会えて、本当によかった。私も応援してるから」
私は葵の手を握った。彼女の手は、少し冷たかった。
「ありがとう、葵ちゃん。でも……」
「なあに?」
「もし、今度機会があったら……一緒に歌わない?」
葵の目が大きく見開かれた。
「え?」
「NoNameさんが本当に静雄くんだったら、みんなで歌えるかもしれない。私は声に出せないけど、詩を書く。葵ちゃんは歌う。静雄くんは……」
「音楽を作る?」
「そう。みんなで一つの歌を作るの」
葵の目に、久しぶりに本当の輝きが戻った。
「それ、素敵だね」
私たちが駅の改札で別れた後、私は一人で家路を歩いた。夜の街並みを眺めながら、今日の出来事を振り返る。NoNameとの交流。静雄への確信。そして、葵の秘めた想い。すべてが一本の線で繋がろうとしている。
家に着くと、仁が玄関で出迎えてくれた。
「お帰り、お姉ちゃん!今日も詩書くの?」
「ただいま。うん、そうかも」
私は仁の頭をなでながら、リビングに向かった。両親はまだ帰宅していないようだ。家の中は静寂に包まれている。
部屋に戻ると、私はすぐにパソコンの前に座った。新しい詩を書こう。NoNameに歌ってもらう詩を。そして、私の推測が正しいのかを確かめるために。
キーボードに指を置いて、私は静かに目を閉じた。頭の中に浮かんでくるのは、あの優しい歌声。静雄の穏やかな瞳。そして、小学校の文集に載っていた無名の詩。
『声にならない想いを抱えて
私たちはすれ違いながら歩いてきた
同じ空の下で
同じ痛みを分かち合いながら
あなたの歌声が教えてくれる
一人じゃないということを
見えない糸で繋がっているということを
もしかして私たちは
ずっと昔から
お互いを探していたのかもしれない
名前のない詩の向こう側で
明日、勇気を出して
本当のあなたに会いたい
この街角で響く君の声を
この耳で確かめたい』
最後の行を打ち終えた時、スマートフォンが震えた。
NoNameからの新しいメッセージ。
『君の新しい詩を読みました。まるで僕の心を見透かされたようで、驚いています。君はもう気づいているのかもしれない。僕たちは、思っているよりもずっと近いところにいるのかもしれません』
私の息が止まった。この言葉が何を意味するのか、もう分からないふりはできなかった。
『僕も、声にならない想いを抱えて生きてきました。でも、君の詩に出会って、初めて自分の気持ちを歌で表現することができた。君がいてくれたから、僕は歌えるようになったんです』
胸が熱くなる。私の詩が、誰かの支えになっている。
『明日、放課後の音楽室で待っています。もしよろしければ……本当の僕を、見てください。そして、君の本当の声も、聞かせてほしいんです』
本当の声。私は声を出せないのに、どうやって?
『声に出せなくても構いません。君の詩が、君の本当の声なのですから』
私の心臓が激しく鳴り響いた。ついに、NoNameが正体を明かそうとしている。そして、その場所は——学校の音楽室。
私は震える手でキーボードを打った。
『はい。ずっとお会いしたかったです。明日、音楽室で……私の本当の声を聞いてください』
送信ボタンを押した後、私は椅子にもたれかかった。明日、ついにすべてが明らかになる。静雄が本当にNoNameなのか。私たちは本当に小学校の時から繋がっていたのか。
そして、私は本当に声を出すことができるのか。
窓の外を見ると、夜の街にぽつりぽつりと灯りが点っている。この街のどこかで、NoNameも同じ空を見上げているのかもしれない。
「明日……君の声が聞こえる街で、私たちは出会う」
小さくつぶやいた私の声は、静寂に包まれた部屋に消えていった。
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