第4話:ゾンデビの露店

 放課後の教室はすでにがらんとしており、机と椅子だけが残されていた。


 廊下に出ると、下校していく生徒の中に篠原の姿を見つけた。


 一瞬ためらったが、声をかけることにした。


「……篠原さん」


 彼女はゆっくりと振り返った。

 前髪に隠れた瞳が、警戒するようにこちらを見つめている。


「……なに?」


 二人の間に、わずかな沈黙が生まれた。

 昨日のことを思い返しながら口を開く。


「昨日、落ちてた雑誌……。あれ、やってるの? 『Lunaphelle Online』ってやつ」


 遥の質問に、彼女の表情がこわばった。

 そして、視線を横にそらし、ため息をついた。


「……昔、少しやっていただけ。それがどうかした?」


 考えかけの疑問が、そのまま口から出た。


「いや、もし知ってたら教えてほしいんだけど……。って、どうやって集めるの? 全然出なくて」


 篠原は少し考えるようにうつむいた。


「ああ……それ、初心者が行く森じゃ効率悪いよ。もっと先のエリアなら、普通に落ちる」


 顔を上げた篠原の表情が和らぎ、声も少し柔らかくなった。


「それに、高レベルの人が金策で露店に出してるはず。街で探してみれば、安く売ってるかも」


「へえ……そうなんだ」


「……てか、遥くんがゲームとかやるの、意外」


 不意を突かれ、言葉が詰まった。


「ん? まあ……ね」


 曖昧な表情を浮かべて答えた。


「もし、またわからないことがあったら、聞いて」


「……うん。ありがとう。探してみる」


 軽くうなずいた彼女は背を向け、長い廊下をまっすぐ歩き去る。


 下校のチャイムを背に、靴箱で鞄を持ち替えてそのまま校門を抜けた。

 家に着いてドアを開けると、室内の暖気とテレビの音が迎えた。


「ただいま」


「あら、おかえりなさい」


 キッチンの方から母の声が届く。

 短い挨拶だけで、それ以上の会話は続かない。


 手を洗ってから、リビングにある椅子に座り、ノートパソコンを起動する。


 指先を動かしながら、篠原の助言を思い出す。


『街で探してみれば』


 ログイン後、月明かりに包まれた石畳の街が広がる。

 露店の並ぶ広場では、色彩の違うウィンドウが絶え間なく開閉し、見知らぬ文字列が飛び交っている。


 検索欄に『星降る花びら』と打ち込むと、一件だけが光る。


《ゾンデビの露店》


 表示された値段はありえないほど安く、指が迷わず購入ボタンを押していた。


 足りなかった七枚が、インベントリに追加された。


 数時間かけても手に入らなかったものが、一瞬で。


 息を吐き出すと同時に、全身の力が抜けていく。

 苦しい作業から解放されたようだった。


 そこからは、順調だった。

 クエストをこなし、経験値のバーが流れるように満ちていく。

 新しい装備を手に入れ、見知らぬ森を抜け、夜明け前の湖畔にたどり着く。

 数時間前の停滞が嘘のように、クエストのログは次々と更新されていく。


 そのとき、画面にシステムメッセージが浮かび上がる。


《次のクラスへの昇級試験が受験可能になりました》


 父がテレビを見て笑う声が遠く感じられた。


 決定ボタンをクリックすると、画面が切り替わる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る