骨噛み
@yusa-rabbit
第1話 約束
蝉が悲鳴のように鳴き喚き、狛犬の上で蛙が「帰れ」と鳴いている。
うっそうと茂った雑草が風に揺れ、伸びきった木々が、日を遮って僕らを太陽から覆い隠している。
「もういいよ」
「なんでだよ!もうちょっとかもしれないだろうっ!!」
「春信は十分やったよ。そうだろう?」
「なんだよそれ!」
僕が春明の胸倉を掴もうとすると、春明はそれを避けることなく受け入れる。
「もういいんだよ。」
諦められない僕に、春明は切なげに微笑む。
全てを分かった顔をした春明に、僕はその手を放し、力なく項垂れた。
骨噛み
作者:遊佐
1話
夏休み前日の放課後。
長たらしいホームルームも終わり、開放感に包まれた教室は、来年が受験ということもあって浮足立っていた。なんせ、来年の夏休みは受験でそれどころではないことは、皆が分かっていたからだ。
ほとんどのクラスメイト達が受験という嫌な響きを掻き消すように、気分転換と誤魔化して夏の予定を語り合うために教室に残っていた。教室の喧騒を抜けて、双子の弟である春明を校門前で待っていると、大荷物を持った春明が僕に手を振って駆け寄ってきた。
「明、俺さぁ……「荷物は分けて持って帰れ」って散々言ったよな。なんなら一週間前くらいから」
膨らんだスクール鞄に、参考書や画材が詰まった手さげ鞄や紙袋。体操服が詰め込まれたナップサック。それを見て呆れた顔をする僕に、春明は笑って誤魔化す。
「いやあ、だって面倒くさいしさぁ。一度に持って帰った方が楽だろう」
「本当に楽か?」
「無茶苦茶重い」
「いい加減学習しろよな」
「でも、信が手伝ってくれるだろう?」
「どうかなぁ。自業自得って言葉もあるだろう?」
「アイス何でも奢るから助けて」
「なんでもか?」
その言葉に僕が高いアイスを奢らせようとしていることを察した春明が一瞬言いよどむ。
「……男に二言はないっ!」
「なら、任せろ」
僕は春明から参考書が入った手さげ鞄とナップサックを受け取る。
春明と僕は双子だが、春明の方がズボラだ。おかげに僕が世話を焼くことが多くなり、そのせいで回りから「おかん」なんてあだ名もつけられてしまった。
僕らは基本的にお互いのことは、春信だから【信】、春明だから【明】と呼び合っている。
僕ら双子は、顔以外はそれほど似ていない。勉強は僕の方が得意で、運動は春明の方が得意なのだが、その差はそれほど大きくない。趣味は僕が読書とゲームが好きで、春明はオカルトとホラー、廃墟が過ぎで、連休は廃墟探索に行くほどだった。
そんな僕らだが、厄介なことに好きなタイプが全く同じで、現在進行形で僕らはライバルだったりする。
二組の葉西美野(はざいよしの)さん。黒髪ロングが綺麗な彼女は、一見おとなしそうに見えるが親しくなると結構なおしゃべりで、趣味も幅広い。僕らはそんな葉西さんと同じ美術部で親しくなり、気づいたら僕と春明は葉西さんのことを互いに好きになっていた。
そんな毎度お馴染みの恋のライバルが実の弟なのだが、僕らは告白する気にはなれなかった。というのも、対外僕らが本気になると大喧嘩になり、最終的に二人そろって玉砕するのがいつものパターンだったからだ。
「そうだ、信!来週さ、縁結び神社いかないか?」
「……縁結び?好きな子でもできたか?」
僕らは互いが葉西さんを好きだろうことは察していても、それを言葉にしたことはなかった。だからこその探りなのだが、それを春明は苦笑する。
「いたら信だって気づくだろう?好みのタイプ、全く同じなんだから。逆に信はいるのか?」
「あぁ、俺?いないいない」
僕はこの下手くそな探り合いを仕掛けておいて「どう逃げようか」と、考えていると春明がスマートフォンを取り出す。そして素早く操作すると、ある記事を僕に差し出した。
「えーっと、絶対に結ばれる廃村神社?……廃村?」
記事によると那賀夜村(ながやむら)の土着神であるナガヤミ様の縁結びのご利益が、他の神社よりも段違いの効果があるそうだ。一部のオカルトマニアや恋愛に悩む若者の間で密に話題になっているらしい。
「縁結びも縁切りもかなりの効果があるらしい。神様の名前以外何も分からないのも興味をそそるだろう?」
「いやぁ…でも、明の好きなジャンルじゃないだろう?」
オカルト好きではあるが、恋愛関係は神頼みしないのが春明だ。そのことを不思議に思っていると、春明が不敵な笑みを浮かべる。
「そんなこともないよ。この縁結びや縁切りって効果が尋常じゃなくて、その障害になる人が事故や事件に巻き込まれたりしているらしいんだよ」
「急にホラーになったな」
そう言って春明は、お馴染みとなったオカルト掲示板を僕に見せてくれる。
無名121:元カレがストーカー化して困っていたから、那賀夜村にお参りに行ったんよ。
そしたら、私を尾行している途中で元カレがトラックに引かれて入院したw
無名155:那賀夜村に行ってから彼女が出て来た。マジで那賀夜村効果ある。
無名156:那賀夜村にお参りに行ってから、
別れたかったメンヘラ彼女に物が落ちて来るようになった。
「これ、危なくないか?」
「これは検証しなくちゃだろう」
「俺はそう思わないけどな」
「なんでだよ、実際に縁結びの効果があるか近くで見てみたいだろう!」
「もしかして……俺を実験台にするつもりか?」
「双子だし、違いが分かりやすいだろう?」
「おいおい、明。お前なぁ……」
「付き合ってくれるなら、夏休みの間だけなんでも言うこと聞くからさ」
僕が呆れていると、春明が両手を顔の前で合わせてお願いのポーズをとる。
―なんでもかぁ……
僕は考える。なんでも言うことを聞いてくれるなら、春明と夏休みの始めに宿題を終わらせて、その後は散々嫌がっていた夏期講習へ参加させることだって難しくないはずだ。
春明は毎年ギリギリまで宿題を残して僕に手伝わせるし、夏期講習もなんとか引きずって連れて行っている有様だ。僕としてはその手間が減るならいいこと尽くしだ。
そんな僕の考えを読みとったのか、春明が失言をしてしまったと言わんばかりの苦い顔をする。
「なんでもって言ったよな?」
確認を取ると、春明はなんとも言えない顔で頷いた。
「……男に二言は、多分ないっ!」
「多分なら行かない」
「分かった、分かったよ。二言はない!約束する!」
僕はその返事に満足げに笑うと、春明に家の近所のコンビニで高めのアイスを奢らせた。
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