ショクゲンさま

新名 真

 

大学時代に親友という関係だった男は、約束をよく破る友人でした。


遊びの約束をしたにも関わらず遅刻をするのは日常茶飯事でしたし、実は私を放っておいて他の人と遊んでいただなんてことも多々ありました。


私はその度にこれで約束を破られたのは何回目かと数えていたものです。




……どうしてそんな方と友人関係を続けていたのかと思われる方もいるかもしれません。


ええ、彼と縁を切ってからとても清々しい気持ちで日々を過ごしています。








一番酷い約束の破られ方をしたのは、大学3年の冬の時です。


彼と私は雪山に行こうと約束していました。彼が唐突にスキーに行きたいと言い出したのです。


私はスキーもスノーボードも出来ない運動神経が悪い人間ですのでとても嫌だったのですが、彼は一度言い出すと私が受け入れるまで不機嫌になり物に当たるようになるので仕方がなく受け入れました。



確か福島だったかと思います。


2月の福島は寒かった。

私は凍える身体を縮こませながらスキー場はどっちだと彼に聞きました。


私が受け入れたことに有頂天になっていた彼はいつもの気だるげな様子はどこへやら、ホテルからスキー場の場所まで全て自分で決めるとサプライズだと言って私には一切教えてくれませんでした。


本当はもう一人か二人と行ければ良かったのですが、当時の私は人との関わりが薄く彼もその約束を守らない所から人に疎まれていました。


友人がいない同士傷の舐め合いのような所もあったと思います。



彼はあっちだと指さしました。


吹雪が強く、辺りはよく見えていませんでした。


歩き始めようとすると、彼が忘れ物をしてしまったので先に行けと言い始めたのです。


予約しているので名前を告げればすぐ通してくれるだろう、暖かい部屋もあるはずなのでそこで暖をとるといい。


鼻を赤くしながら彼は笑いました。



彼と旅行に行くとき約束をしました。


『嘘をつかない』


簡単な約束です。


約束を破らないにするとよく分からない抜け穴を見つけてきたりするので嘘をつかないにしました。


折角の旅行なのだから嘘をつくわけないだろうと呆れた顔で言う彼を信じてみたかった、もしくはを薄くしたかった。



吹雪で前が分からない中彼の言葉を信じて歩き続けるのは怖く何度も戻りたくなったのですが、震える腕を叩きながら進み続けました。


何度も諦めようとしたとき、看板を見つけると私は棒のような脚を引きずりながら駆け寄りました。


雪が積もって文字は中々視認できるものではありませんでしたが、何度も手で擦ってようやく見えてきた文字には『湖まで後1キロ』とありました。



……どう考えたら湖でスキーをできると思いますか?


また私は彼に約束を破られたのです。


陰鬱な気持ちで宿に戻るとそこには腹を抱えて笑いながら動画を回す彼が居ました。


何度怒っても悪びれた様子すらなく、私は嫌になって宿でその日を過ごしました。


悪趣味な彼はその後も私のノリが悪いとぶつくさ文句を言っていましたが、正直な所聞き入れる余裕はありませんでした。








今となっては彼のことを糾弾していますが、高校生の頃の私も彼のように約束を破り続ける人間でした。


中学時代は女性に見向きもされていなかったのですか、高校に入って急に背が伸びて髪も少し遊ばせるようになった私は途端に好感度があがりました。


2年生の時に彼女が出来てそのまま卒業まで付き合うことになったのですが、当時の私は調子に乗っていました。


約束に遅刻はするし、後輩にちやほやされるのが嬉しくて彼女に内緒で2人で遊ぶことも1度や2度では済まなかった。


彼女はその度に私に詰め寄って問いただし、最後には泣いていました。


その度に悪いとは思っていたのですが、正直な所別れようと言われたら他の子と付き合えばいいと思っていたのです。


自分から別れようとは言わない程度に彼女のことを愛していたのだから、そんなことしなければ良かったのにと今でも思います。


彼女と喧嘩をしたらいつも最後は指切りげんまんをして落とし所をつけていました。


ただの約束なのだからどうでもいいだろうとタカをくくっていたのは否めませんでした。




卒業式の日、女性の後輩には何もあげないと約束していたにも関わらず私は自分におねだりしてきた部活のマネージャーの後輩に袖のボタンをあげていました。


第2ボタンは彼女にあげるし、その程度ならいいだろうと。


門の傍に立って笑っている彼女は目元を赤くしながら今まで見た中で1番綺麗な笑顔で言いました。


「ねえ、とうとう約束100回破ったね」


今まで数えていたのか? とか100回破ったからなんなんだ? とか色々言いたいことはありましたがそのまま走り去る彼女を引き止めることは出来ませんでした。




その日からです。

視界の端に常に白いワンピースで女のような化け物が立つようになりました。


ずっと耳元から女のブツブツ呟く声が聞こえるようになりました。


最初は何を言っているか分かりませんでしたが、何日も何日も聞き続けるうちに理解しました。


コレは常にショクゲンと言い続けているのだと。


そんな毎日を過ごしていると、あんなに大学生活を楽しみにしていたのに春休みが終わる頃にはすっかりノイローゼになっていたんです。


どんなときもずっと化け物は居るので、怯えている姿を見られたらおかしな奴だと思われることを考えると外にすら出られなかった。


どうにかしないといけないと思って彼女に連絡しようにも着信拒否されていて、どうしようもなくなってインターネットで検索する日が続きました。


『約束 破る人 白いワンピース』


『約束 100回 女』


『約束 破る 呪い』


『約束 守らない 100回』


当時の私としては真剣でしたが、約束を破る側の人間が約束を破る人への対処について調べているのはさぞ滑稽なことだったでしょう。



とあるブログに出てきたおまじないを見つけた時に、私はこれに悩まされているのだとピンと来ました。


『約束を破る人に悩まされている貴方へ! このおまじないでショクゲンさまにおしおきしてもらいましょう』


その後に書かれている内容によると、まず初めに紙に『ショクゲンさまショクゲンさま、約束を破る悪人を見張ってください』という文面と相手の名前を書いてからその相手が約束を破る度にショクゲンと1回書いていきます。


そして100回ショクゲンを書いた時、ショクゲンさまが約束を破る人におしおきしてくれる。





私は必死になってそのショクゲンさまから逃げる方法を書いていないかそのブログを読み込みました。


『約束を破る人が改心して、他の約束を破る人をショクゲンさまと一緒になって見守れるといいですね! 』


この記載を見たとき、私もこのまじないをして他の人に押し付けなければ逃げられないのだと悟りました。


だから大学で彼に出会った時助かったと思ったんです。


ようやくこの化け物から逃げられることに。







彼はどうなったか、ですか?


……さあ。私は彼が100回約束を破ってすぐに縁を切ったので。


ただ、私は高校時代調子に乗って約束を破っていましたが彼は約束を守らないでいいと本気で思っている自己中心的な性格の悪さを持ち合わせていたのできっと大変だと思います。


そういう意味ではショクゲンさまが彼のもとに行って良かったと思いますよ。


私はそれ以来1度も約束を破ったことがありませんし、今日だって約束の時間の10分前には到着していたでしょう?







貴方も約束は破らない方がいいですよ。


白いワンピースを恋人に着ないで欲しいと懇願することになりますから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショクゲンさま 新名 真 @asagi0080

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ