Episode 10 :【黎明告げる銃声】

 ――この数年間、俺は斎賀さいが先生の地下シェルターに、籠りきりの生活を送っていた。


 そのため、〈アフターエリア〉の状況がどう変化したのか……それを知る手段は、液晶画面越しのニュース映像だけだった。


 数年ぶりに、直接この目で見渡す、外の世界――。


 そこには、俺の稚拙ちせつな創造力では到底思い描けないほど、凄惨せいさんな現実が広がっていた。


 崩れかけたビル群からは黒煙こくえんが立ち昇り、ひび割れたアスファルトの上には、無造作に瓦礫がれきが積み重なる。


 けたたまましい避難サイレンが鳴り響く中、腐敗した肉体――には、うじが群がり、鼻をつんざく異臭を放っている。


 まさに、死屍しし累々るいるいの、地獄絵図。

 

 本来なら聞き馴染みのないその言葉に、これほど現実味を覚えたのは、初めてだ。


【ギジジジジジジ……ッ!!】


 その惨状さんじょうの中心にいたのは、他でもない《ヒューマネスト》。


 俺の身長の3倍はある(俺が172センチだから、ざっと5メートル越えか)巨大な体躯。


 その肉体は、よろいのような甲殻に覆われ、両腕にははちのような武器が備えられている。


 特徴的なその外見は、スズメバチを彷彿とさせるものだ。


 その巨大蜂きょだいばちが、ゆったりと右腕を掲げる。


 するとその巣穴から、無数の蜂型爆弾が、爆音と共に発射される。


 ――ドガガガァァン!! 


 発射された爆弾が着弾し、倒壊しかけたビルが、爆風に包まれた。


 成程……あの蜂の巣は、ロケットランチャーに近い性質の兵器らしい。


『グロテスクな見た目のクセに、妙に男心をくすぐる装備だな』……なんて、呑気に観察をしている場合ではなさそうだ。


【ギジジ……ジギィ……!】


 巨大蜂の複眼が、俺を捉えた。


 奴ははっきりと、俺の存在を認識し、次の標的に定めた。


 交戦状態になったからか、奴のギロチンのような口は不気味に動き、騒々しい羽音を奏で始める。


 ――だとすれば、話は早い。先手必勝だ。


HEROヒーロー》を一瞬で引き抜き、すかさず照準を、巣穴へと向ける。


 そして躊躇ためらいなく引き金を引き、レーザービームを照射した。


 ――ドガガガガァァァァン!!!


 レーザーは見事命中し、巣の中の〝蜂爆弾〟が、誘爆を起こす。


【ギシャアアアアアアッ!!】


 だが、これで終わる相手ではないらしい。


 奴は金切り声のような悲鳴を上げながら、反撃に出る。


 ――バゴォン!! ドゴォン!!


 右腕の巣から、立て続けに発射される蜂爆弾。


 俺は瞬時に弧を描くように走り、ふところへと入ることで、それを回避。


 どうやら、軌道きどうは単純で、追尾性能はないらしい。


 そのすきいて接近し、奴の肥大した腹部に、拳を叩き込む。


 手にまとわりつくのは、蜂蜜はちみつのような黄土色おうどいろ粘液ねんえき


 手ごたえから察するに、どうやら効果ありのようだ。


(……よし)


 ――ドゴォツ!! ボゴオッ!!


 ここぞとばかりに、会得えとくした体術を駆使して、巨大蜂を連続攻撃。


 一瞬の隙も見せることなく、怒涛どとうの連撃を畳みかける。


【ギジジィ……!!】


 怒りに駆られた巨大蜂が、俺を包み込むかのように、両腕の巣を構える。


 咄嗟とっさに後方へ跳躍ちょうやくして、後方に退避した瞬間、蜂爆弾が連鎖的に爆発。


 ――バシュウ、バシュウ!!


 爆風の中、俺は《HERO》を構え、さらなる追撃を仕掛ける。


【ギジャザァアア!!】


 耳をつんざく悲鳴が響き渡る。


 自分より遥かに小さい俺に翻弄ほんろうされている挙句、ダメージ源のほとんどが自爆な辺り、どうやら巨大蜂の知能は、そこまで高くないらしい。


 だがそれでも、奴の攻撃の破壊力は、凄まじい。


 このまま長引かせれば、無関係な被害が広がる。


 そんなお粗末な展開、望んでなどいない。


 ――だからこそ、即断即決、今すぐ奴を排除する。


 人差し指を軸に《HERO》をクルクルと回転させた後、歯車のスイッチを押して取り出したバッテリーを、撃鉄の下にあるスロットに装填。


【Warning……Warning……】


超新星スーパーノヴァ》モードに移行した《HERO》は、ボディに駆け巡る照明が強く発光し、特異な電子音声とアラーム音を奏でる。


 俺は巨大蜂に向けて、深く呼吸を整えながら、照準を合わせる。


 決して焦るな。呼吸は静かに、穏やかなまま――。


【SUPER NOVA.】


 ――バシュゥウウウウウウウウッ!!!


《HERO》の銃口に充填じゅうてんされた閃光の奔流ほんりゅうが、膨大な質量のレーザービームとして照射される。


 その反動で、足元のアスファルトが砕けるほどの、凄まじい衝撃が俺を襲う。


 超巨大なレーザービームは、命中――というより、奴の肉体を完全に飲み込んだ。


 ――ドガガァアアアアンッ!!


 巨大蜂は、断末魔すら発する間もなく、跡形もなく爆散した。


(……初戦にしては、まあ、上出来か)


 俺は安堵のため息をきながら、《HERO》を一回転。


 その後、撃鉄のマガジンからバッテリーを取り出し、元の場所に装填し直した。


 余談だが、この銃回しは、決してカッコつけなどではない。


 心を落ち着かせるために自然と生まれた、くせみたいなもの。


 言うなれば、ペン回しの延長線上にある、集中のリズム――そんな感じだ。


-----------

《次回予告》


《撃破の証拠としては、十分すぎる映像だ。》

『〈速報〉〝謎の白髪はくはつ剣士けんし〟、またも見参!

 その正体は、敵か味方か!?〈必見〉』

《……昔、母さんが言っていた言葉を、思い出す。

 花にとって雨とは、成長をうながす恵みであると同時に、大地を腐食し、太陽を覆い隠す、脅威きょういでもあると。》


次回――Episode 11 :【戦いを終え、今もなお雨は降る】

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