第6話→英雄イツキ、その影に

転生したイツキは、平民と貴族の間に生まれた“下級貴族”の末子だった。


貧しくはないが、豪奢でもない。

家は兄たちに継がれるから、彼には何の権限もなかった。


けれどイツキは笑っていた。

「何も持たないって、気が楽ですね」と。


与えられた能力は、身体強化と戦闘直感。

戦場で命を守るための力。

“人助け”をするにふさわしい、地味だが強力な能力だった。


彼は冒険者になった。

最初は仲間と共に。

助け合いながら、支え合いながら、町を守る仕事を重ねた。


――だが、気づけば彼は、ひとりになっていた。


「イツキさん、一緒に組むと気後れするんです……」

「あなたは立派すぎて、僕たちにはもったいない」

「また誰か助けたんですね、さすがです!」


称賛。

尊敬。

そして、距離。


誰も、彼に手を貸そうとしない。

「イツキならやってくれる」と、頼られはしても、信頼はされない。

彼の中に、何かが冷えていった。


 



「この村は助けました!」

「魔物退治も、誘拐事件も、俺がやりました!」

「何が悪いんだ!?」


イツキの声が怒気を孕み始めたのは、二十代後半、英雄と呼ばれ始めた頃だった。


神殿から感謝状を受け、領主に歓迎され、村では“聖人様”とまで呼ばれた。

だが、イツキの顔に笑顔はなかった。


――その称号が、空虚だったから。


「お前が来ると、みんな頼りきりになる」

「自分で考えなくなる。自分で守ろうとしなくなる」


そう言った旅の僧侶に、イツキは剣を向けた。


「それの、何が悪い」


 



シンは観測窓を閉じ、静かに言った。


「彼の“善意”は、もう義務じゃない。“誇り”に変わった。自分が必要とされることが、生きる意味になってる」


ラニアは眉をひそめる。


「でもそれって、自己犠牲じゃないですよね……。

なんだか、自分が“正しい”って酔ってるみたいで」


「それが怖いんだ。

善人が、悪意で壊れるより――善意のまま、歪んでいくほうがよっぽど怖い」


 



その後、イツキはひとつの国の“英雄”となった。


災厄を防ぎ、王家に認められ、騎士団の最高顧問へ。

「我こそが民の盾」と、誇り高く叫んだ。


だが、王の方針に反発したとき――それは崩れた。


「あなたのやり方は、独善的だ」と言われた。


イツキは憤怒した。

「俺は、誰かを殺したか!? 俺は、助けてきたぞ!!」


民の声は沈黙した。

尊敬は、畏怖に変わり、次第に拒絶へと変化した。


「英雄様は、神にでもなったつもりか……」

「自分が世界を背負ってるとでも……」


イツキは剣を捨て、王都を離れた。

数年後、小さな村で彼を見た者が語った。


「村に来て、災厄を防いでくれました。けど、俺たちには、何も教えてくれなかった」

「“どうせ俺がいないと何もできない”って顔をしてました」


 



最期は――病死だった。


人知れず、誰にも看取られず、古びた山小屋で一人息を引き取った。

老いてなお頑強だったが、病には勝てなかった。


そして、観測窓の前。


シンとラニアは、ただ静かにその光景を見ていた。


 


「……変わってしまいましたね」


ラニアがぽつりと呟く。


シンは、煙の出ないパイプをくゆらせながら答える。


「いや――彼は“何も変わってない”さ」


「え?」


「ただ、“何も持たない善人”が、“すべてを持った善人”になっただけだ。

そのとき、初めて自分の“正しさ”を証明したくなった。

誰かに頼られる“理由”が欲しかった。

――それが、傲慢ってやつだ」


 


ラニアは目を伏せた。


「じゃあ、彼は――失敗、ですか?」


シンは、静かに首を横に振る。


「違う。彼は彼のまま、生き切った。その末路が、たまたま孤独だったってだけだ」


「……なんだか、少し悲しいです」


「それが人生ってもんさ。だから俺はやめられない」


 


パタン、と観測窓が閉じる。


「さて、次は誰にするかね。今度はちょっと捻ったやつを頼むよ、ラニア」


「は、はいっ!」


 


創造神シンは、またひとつ“始まり”を見送った。

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