第6話→英雄イツキ、その影に
転生したイツキは、平民と貴族の間に生まれた“下級貴族”の末子だった。
貧しくはないが、豪奢でもない。
家は兄たちに継がれるから、彼には何の権限もなかった。
けれどイツキは笑っていた。
「何も持たないって、気が楽ですね」と。
与えられた能力は、身体強化と戦闘直感。
戦場で命を守るための力。
“人助け”をするにふさわしい、地味だが強力な能力だった。
彼は冒険者になった。
最初は仲間と共に。
助け合いながら、支え合いながら、町を守る仕事を重ねた。
――だが、気づけば彼は、ひとりになっていた。
「イツキさん、一緒に組むと気後れするんです……」
「あなたは立派すぎて、僕たちにはもったいない」
「また誰か助けたんですね、さすがです!」
称賛。
尊敬。
そして、距離。
誰も、彼に手を貸そうとしない。
「イツキならやってくれる」と、頼られはしても、信頼はされない。
彼の中に、何かが冷えていった。
*
「この村は助けました!」
「魔物退治も、誘拐事件も、俺がやりました!」
「何が悪いんだ!?」
イツキの声が怒気を孕み始めたのは、二十代後半、英雄と呼ばれ始めた頃だった。
神殿から感謝状を受け、領主に歓迎され、村では“聖人様”とまで呼ばれた。
だが、イツキの顔に笑顔はなかった。
――その称号が、空虚だったから。
「お前が来ると、みんな頼りきりになる」
「自分で考えなくなる。自分で守ろうとしなくなる」
そう言った旅の僧侶に、イツキは剣を向けた。
「それの、何が悪い」
*
シンは観測窓を閉じ、静かに言った。
「彼の“善意”は、もう義務じゃない。“誇り”に変わった。自分が必要とされることが、生きる意味になってる」
ラニアは眉をひそめる。
「でもそれって、自己犠牲じゃないですよね……。
なんだか、自分が“正しい”って酔ってるみたいで」
「それが怖いんだ。
善人が、悪意で壊れるより――善意のまま、歪んでいくほうがよっぽど怖い」
*
その後、イツキはひとつの国の“英雄”となった。
災厄を防ぎ、王家に認められ、騎士団の最高顧問へ。
「我こそが民の盾」と、誇り高く叫んだ。
だが、王の方針に反発したとき――それは崩れた。
「あなたのやり方は、独善的だ」と言われた。
イツキは憤怒した。
「俺は、誰かを殺したか!? 俺は、助けてきたぞ!!」
民の声は沈黙した。
尊敬は、畏怖に変わり、次第に拒絶へと変化した。
「英雄様は、神にでもなったつもりか……」
「自分が世界を背負ってるとでも……」
イツキは剣を捨て、王都を離れた。
数年後、小さな村で彼を見た者が語った。
「村に来て、災厄を防いでくれました。けど、俺たちには、何も教えてくれなかった」
「“どうせ俺がいないと何もできない”って顔をしてました」
*
最期は――病死だった。
人知れず、誰にも看取られず、古びた山小屋で一人息を引き取った。
老いてなお頑強だったが、病には勝てなかった。
そして、観測窓の前。
シンとラニアは、ただ静かにその光景を見ていた。
「……変わってしまいましたね」
ラニアがぽつりと呟く。
シンは、煙の出ないパイプをくゆらせながら答える。
「いや――彼は“何も変わってない”さ」
「え?」
「ただ、“何も持たない善人”が、“すべてを持った善人”になっただけだ。
そのとき、初めて自分の“正しさ”を証明したくなった。
誰かに頼られる“理由”が欲しかった。
――それが、傲慢ってやつだ」
ラニアは目を伏せた。
「じゃあ、彼は――失敗、ですか?」
シンは、静かに首を横に振る。
「違う。彼は彼のまま、生き切った。その末路が、たまたま孤独だったってだけだ」
「……なんだか、少し悲しいです」
「それが人生ってもんさ。だから俺はやめられない」
パタン、と観測窓が閉じる。
「さて、次は誰にするかね。今度はちょっと捻ったやつを頼むよ、ラニア」
「は、はいっ!」
創造神シンは、またひとつ“始まり”を見送った。
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