第3話→創造神と傲慢な女

この仕事を長くやっていると、だいたいの転生希望者には「型」がある。

 誰もが、後悔を胸に抱えて死ぬ。そして、新たな人生に望むものは決まっている。愛、名誉、健康、富、幸福。

 誰もが、手に入れられなかったものを次の人生で得たいと願う。

 ――だが、まれに型に収まらない者もいる。


「なによここ……どこ? 誰? アンタ」


 観測窓の向こう側、霧のような空間に突如現れた少女は、目を見開きながら私を睨みつけていた。

 年の頃は16、7。明るい茶髪を高く結び、ブレザーの制服を着ている。

 意識を失う直前まで、彼女は自分の人生を謳歌していたはずだ。突然の事故……あるいは病か。

 だが今、その唇からこぼれるのは悲しみではなく、怒りに満ちた言葉だった。


「私、死んだの? ……ウソ。何よそれ、私まだやりたいこといっぱいあったのに!」


 少女は鋭い声で叫び、拳を握りしめてテーブルを叩くように振り下ろす。

 当たり前だが、音は鳴らない。ここは現実と幽界の狭間だ。物理法則が通じる場所ではない。

 私は溜息ひとつ吐いて、いつものように微笑みを浮かべる。


「ようこそ。転生管理局へ。私はシン。創造神の一柱だ」


「創造神ァ!?」


「……はい」


 咆哮のような叫びをあげた彼女は、腰に手を当てて私を睨みつけた。

 なかなかの眼力だ。おそらく生前も、どこかで上に立つ存在だったのだろう。


「ふざけないで! なんで私が死んで、なんでアンタみたいなのに会わなきゃいけないのよ!」


「“アンタみたいなの”は少し傷つくね。だがまぁ、君が死んでしまったのは事実だ。そして君には、転生の機会が与えられている」


「……転生?」


 目を瞬かせる少女に、私は小さく頷く。


「新たな世界で、別の命を生きることができる。ただし一度きり。希望は訊くが、保証はできない。それでも挑むかい?」


「……希望、ね」


 少女はしばらく黙りこみ、腕を組んで視線を逸らす。

 その表情は苛立ちとも、逡巡ともつかない複雑な色をしていた。


「じゃあ……聞くけど、私の人生、どんなだったのよ?」


 珍しい質問だった。

 多くの転生者は、過去の人生を聞かされるのを嫌がる。

 だが、彼女は違った。私は肩をすくめて、観測窓に手をかざす。


「――君は名を、水原 綾香(みずはら あやか)という。17歳。都内の有名進学校に通い、生徒会長であり、SNSのフォロワーは十万を超えた。ファッション雑誌にも出ていたね。……総じて、君は“成功者”だった」


「そうでしょ? 私は努力して、ちゃんと上に行ったんだから」


 綾香は鼻で笑った。

 どこか、試すような目で私を見ている。


「でも、私に嫉妬した連中がいてね。足を引っ張られた。交通事故に見せかけて、あれ絶対、わざとよ。私を潰したかったのよ」


 そこまで言って、綾香は机を両手で叩いた。


「だから! 次の人生では絶対に負けない。今度は金と地位があって、努力しなくてもチヤホヤされる人生がいいの。……それを、アンタにお願いするわ」


 彼女はまっすぐに、しかしどこか見下すように私を指差した。


「私は、望むの。“お金持ちの家の子に生まれたい”って。……できるでしょ? 創造神なんでしょ?」


 その言葉に、私は目を細めた。


 彼女は“幸せ”を求めていない。

 彼女が求めているのは――自分を裏切った世界に対する“復讐”だ。


 しばし無言の時が流れた。


 私は静かに立ち上がり、後方で控えていた部下――黒髪を一つに束ねた若い女神、ラニアに目配せをする。


「記録は?」


「は、はいっ! 水原綾香、死亡確認済。転生対象、承認範囲です……あ、希望条件が、やや強欲寄りかと……」


「うん、見ればわかる」


 私は一度、綾香へと向き直り、もう一度だけ確認した。


「君の願いは、“お金持ちの家の子に生まれたい”……それで、いいね?」


「当然よ。今度は勝ち組のまま、最後まで行くわよ」


「……わかった」


 私は観測窓を開き、転生の記録を読み上げる。


「水原綾香、転生先――王国レオリナ、第二王女。名をリシェル。莫大な資産を誇るレオリナ家、現国王の娘にて生を受ける」


「……ふふ。完璧じゃない」


 綾香――いや、リシェルとして生まれ変わる少女は、満足げに微笑んだ。


 私はその姿を見つめながら、内心で一つの懸念を抱えていた。

 彼女は“失うこと”を知らない。

 彼女が“金”で得ようとするものが、果たして彼女を守るのか――。


 だが、私は“創造神”。

 与えるのは、始まりだけだ。

 どう生きるかは彼女次第。


「転生、開始」


 観測窓に光が走り、少女の姿は霧に溶けるように消えていった。


「……どうなるでしょうか、シン様」


 後ろでラニアがぽつりと呟く。


「さあね」


 私は小さく笑った。


「俺たちは始まりを与えるだけ。結末は……彼女の選択の果て、だよ」

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