アル・セントベルの呪われた英雄譚。

音佐りんご。

とある騎士の凱旋。

『アル・セントベルの呪われた英雄譚。』

 

◇登場人物◇

神父:ギルバート・セントベル。人当たりのよさそうな神父。中身は……。

騎士:アル・セントベル。精悍な騎士。

 

 ◇◇◇

 

  辺境の村。セントベル教会。

  地面を耕す音が鳴っている。

  庭で畑仕事をする神父ギルバート・セントベル。

 

神父:……よい……っしょぉ……っ! ……っしょぉ……っ! …………ふぅ……。

 

  足音。

  生垣の向こうから騎士アル・セントベル。

 

騎士:……神父様!

神父:……ん? おや、これはこれは、騎士様、ですかな? あぁ、もしよろしかったら、そちらからお入りください。

騎士:失礼します。

 

  生垣を迂回し、粗末な門を抜けたアルがギルバートの前に現れる。

 

神父:おや、その紋章……。王都エウリスからは遠かったでしょう。

騎士:えぇ、馬車でメルフィスまで十日、そこから歩いて七日でした。

神父:それはそれは、よくぞおいでくださいました。

騎士:ありがとうございます、神父様。

神父:申し遅れました、私はギルバートと申します。ようこそセントベル教会へ。

騎士:自分は――

 

  と、差し出された手を見て籠手と兜を外そうとするアル。

  しかし、ギルバートは差し出した自分の手が土まみれであることに気が付き、手を引っ込める。

 

神父:――おっと、このような格好で失礼しました、騎士様。

騎士:いえ、こちらこそご多忙の折、突然お邪魔してしまい申し訳ない。……それは畑仕事、ですか?

神父:えぇ、シスターに勧められましてね、何年か前から始めたのです。

騎士:……そうでしたか。でもこんな……。

神父:如何なさいましたか?

騎士:……いえ。順調ですか?

神父:いえ、やはり思うようにはなかなか実りませんね。ですが、これが存外に楽しくて。

騎士:というと?

神父:そうですねぇ、種を蒔く前にはまず、石や雑草を取り除きながら耕し、肥料を混ぜて良質な土を作らなければなりません。そして、与える水は多すぎても、少なすぎてもいけません。作物の種類に合わせて、その年の天候や育ち具合を見て適切に調整する。また間引きや、食べ荒らす獣を遠ざける必要もある。いくつもの手間と時間をかけてようやく収穫ができるまでに育つといった次第で、長い目で見守るような面白さがあるのですよ。

騎士:……なるほど。

神父:おっと、少々退屈な話でしたね、失礼しました。

騎士:いえ、そのようなことは。

神父:まぁ、年寄りの趣味だと思っていただければ幸いです。

騎士:はぁ。

神父:騎士様も如何ですか?

 

  と、ギルバート、アルに農具を渡そうとする。

 

騎士:いえ、私は……。

神父:おや、そうですか。

騎士:恐縮です。

神父:それは――残念でしたね。

騎士:え?

神父:いいえ。立ち話もなんです。どうぞこちらへ、騎士様。

騎士:……ええ、お言葉に甘えて。

 

  二人、教会の扉に向かって歩く。

 

神父:……しかし、騎士様が何故このような寂れた土地に?

騎士:何故、だと思いますか神父様?

神父:ふむ……巡礼ですか?

騎士:いいえ、里帰りですよ。

 

  と、騎士が立ち止まり、神父は振り返る。

 

神父:…………君は、もしや……。

騎士:…………。

神父:アル、ですか?

 

  間。

  アル、兜を外す。

 

神父:……おぉ、やはりそうでしたか。アル。

騎士:ただいま、ギルバートさん。

神父:ふむ、懐かしい。

騎士:そういえば、騎士になったとは伝えて無かったな。

神父:ふふっ、君のことです、驚かせようと思っていたのでしょう?

騎士:その様子だと、知ってたんだな。

神父:えぇ、君の噂は耳に入っていましたとも。

騎士:だろうな。

神父:しかし、こうして目にすると……あぁ、随分と立派になりましたね。

騎士:ギルバートさんは変わらねぇな。

神父:いいえ、私も歳をとりましたよ。もう生きて会うことは無いかと。

騎士:悪いな。任務が忙しくて、思ったより時間がかかっちまった。

神父:まったく、何年ぶりですか、アル?

騎士:十四年だ。これでも頑張ったんだからな? 一月ひとつき以上も王都を離れるとなると、面倒な仕事を片付けたり、穴を埋める人員を見つけたり、それなりの準備がいる。

神父:ふふっ、分かっていますよ。

騎士:ほんとかよ。

神父:えぇ、これまで、君は本当によく頑張ったのでしょう。

騎士:ギルバートさん。

神父:すっかり見違えましたよ。

騎士:お陰様でな。

神父:アル。

騎士:食い物も、親も、生きる術も、何より居場所も。俺には何も無かった。感謝してるよ。

神父:いいえ、それが私の使命ですからね。

騎士:使命か……。

神父:思い出しますよ。あの嵐の夜、このセントベル教会の扉を叩いた君は、ひどく痩せ細っていて、おまけに傷だらけでした。

騎士:そうだったな。

神父:一度開かれた扉を閉ざすことはできません。

騎士:あの時、もし受け入れてもらえなければ、俺は今頃、奴隷か野盗か、そうでなけりゃあのまま野垂れ死んでるかだ。

神父:しかし君は、生き延びて今ここにいる。そんな少年が、こんなにも立派になるとは誰も思わなかったでしょうね。

騎士:あぁ、夢にも思わなかったよ。

神父:そして誰も見なかった夢を、希望を、皆に見せてくれる、素晴らしい騎士様としてね。

騎士:よしてくれよ、ギルバートさん。

神父:そんな君を、私は誇りに思います。

 

  ギルバート、扉を開ける。

 

神父:さぁ。どうぞ。

騎士:……静かだな。

神父:そうですね。

 

  二人、教会に入る。

  奥には祭壇と天窓からの日差しを浴びる真新しい像が置かれている。

 

騎士:……あの像って……なぁ、ギルバートさん――

神父:――えぇ、知っていますよ、アル。

騎士:え?

神父:君はあの頃から、力無き人を守る、強くて優しい子でしたね。

騎士:どうだったかな。俺は、強くも優しくも、誰かを守ることもできていないさ……今だって。

神父:ふふっ、そうでしょうか。それでも、私は今でもしっかりと覚えていますよ。

騎士:ミッドからレチアの髪飾りを取り返したり、ダンの落とし穴にハマったアリーシャさんを引っ張り出したくらいだろうぜ。

神父:ふふっ、懐かしい。そんなこともありましたね。

騎士:あの時は、怒り狂ったアリーシャさんからダンを助けてやるって有様だったけどな。

神父:ところで、憶えていますか? 街の悪党にかどわかされたエレナを、ヨハンとたった二人で助けに行った時のことを。

騎士:ああ、しっかりと。けど、あの頃も俺はただ無謀で、何より無力だったと思うばかりだよ。

神父:相変わらず、君は自分に厳しいですね。

騎士:そうかもな。

神父:そして、他者には優しい。

騎士:…………。

神父:みんなが心配する中、君は無傷でエレナとそしてヨハンを連れ帰ってきましたね。

騎士:運が良かっただけさ。

神父:えぇ、知っていますよ。

騎士:何を?

神父:あの時、飛び出していったヨハンを君が連れ戻そうとしたのだということは。

騎士:全部お見通しか。

神父:けれど、シスターアリーシャはそうと知らず、君がヨハンを連れ出したと思って頬を叩いてしまいましたが。

騎士:あれは、痛かった。

神父:ふふっ、そうでしょうね。彼女は君たちを弟のように思っていましたから、たとえエレナの為とはいえ、危ないことをしてほしくなかったのでしょう。

騎士:そうだな。俺だってそう思う。……だからこそ、俺は強くも優しくもないんだ。

神父:ふむ?

騎士:もし、あの時ヨハンが行かなければ、俺はエレナを助けには行かなかった。

神父:そんなヨハンを放っておけないのが君らしいですよ。

騎士:ギルバートさん。あいつは、正義感こそ人一倍だが、腕っ節はエレナにも及ばなかったんだ。それなのに、言ったんだよ。泣きながら、震えながら、「僕がエレナを助けないと」って。俺は臆病で、勇敢なのはヨハンだ。

神父:ふふっ、みんなが想像する二人とは真逆の印象ですね。

騎士:どうだかな。

神父:けれど、そうかもしれませんね。

騎士:ん?

神父:いいえ。君は確かにエレナを助けられない――ヨハンがいなければ。

騎士:……あぁ、その通りだよ。

神父:それから二年後、でしたね? ここを出たのは。

騎士:王都エウリスの剣術大会。

神父:ふふっ、エレナとヨハンが付いていくと言って大変でしたね。

騎士:それよりも俺を縛る為に縄を持って追いかけてきたアリーシャさんの方が大変だったけどな。

神父:えぇ、よく憶えています。あの姿は忘れられませんね。

騎士:そうだな……。

神父:けれど、君は出ていってしまった。

騎士:あぁ。

神父:そして、剣術大会の結果は……。

騎士:忘れたのか? 年齢制限で剣術大会に出ることすらできなかった。

神父:そうでしたね。しかし、その翌年には優勝したと手紙に書いていましたね。

騎士:驚いたか?

神父:えぇ、とても驚きましたよ。それに優勝賞金でしょうか。多額の仕送りまで添えてありましたからね。

騎士:あいつらに、良いもの食わせてやれたか?

神父:ええ、みんなで君の優勝を盛大に祝いましたよ。

騎士:そうか? アリーシャさんは「もったいない」って反対しそうなもんだけどな。

神父:ふふっ、むしろ彼女が率先して盛り上げていたくらいですよ。余程君の活躍が嬉しかったのかと。中庭のりんごを使って得意料理のパイを焼いてくれました。

騎士:懐かしい。けど、出て行くときはあんなに引き留めたのにな。

神父:思うところがあったのでしょうね。

騎士:そうか。ギルバートさんも楽しんだのか?

神父:ええ、ありがたく。

騎士:そうか。

神父:ああ、そういえばヨハンが。

騎士:ヨハン?

神父:自分も優勝すると短剣を腰に差して飛び出していきましたよ。

騎士:本当か? それで?

神父:足の骨が折れました。

騎士:……どういうことだよ。

神父:村を出て、西のウィスの森の手前でエレナとシスターアリーシャに止められ、その時、運悪く転んでしまってね。出場は見送ることになりました。

騎士:目に浮かぶ。

神父:宴よりも、彼の治療費が嵩んでしまいました。

騎士:ヨハンらしい。

神父:らしいと言えば、風の噂で聞きましたよ。

騎士:ん?

神父:あの時の仕送りは、優勝賞金全額だったとか。

騎士:さて、どうだったかな。

神父:使ってしまったせいで、装備が揃えられず、その年は騎士団入団を辞退するしかなかったとか。

騎士:……はぁ。悪いかよ。

神父:いえ、いかにも君らしいという話ですよ。

騎士:そうかよ。その次の年には無事に騎士になったんだからいいだろ。

神父:えぇ、知っていますよ、アル。

騎士:だろうな。

神父:優勝から僅か一年でしたか。働いて稼いだお金で装備を揃え、無事に入団したとか。とはいえ、君のことですから心配はしていませんでしたよ。

騎士:そうかよ。簡単に言ってくれたが、それなりに大変だったんだからな?

神父:商人の護衛や自警団の仕事ですか?

騎士:……ああ、そうだよ。でも。

神父:えぇ、分かっていますよ。君は本当によく頑張って騎士になったのでしょう。

騎士:…………。

神父:しかし、不思議なものです。

騎士:騎士に、なろうとしたことか?

神父:えぇ、君はヨハンのように空想に耽る子でもありませんでしたから。

騎士:目の前のことで手一杯だったからな。

神父:そのいっぱいだった手に剣を持とうと思ったのは何故でしょうね。

騎士:エトラルカに言われたんだよ。

神父:君ならばもっとたくさんの人を守れると?

騎士:自警団の仕事で死んだ兄貴を俺に重ねてたんだろ。

神父:君を兄のように慕っていましたものね。

騎士:あいつの方が歳上なのにな。

神父:それだけ君が頼りになるということでしょう。

騎士:その割には、弟の面倒を見るみたいに色々教えてきたけどな。

神父:ふふっ、そうでしたね。

騎士:剣の持ち方、身体の動かし方、後は計算の仕方か。

神父:君にとって師と言える存在ですね。

騎士:ああ。それで、エトラルカは今――

神父:――亡くなりました。

 

  間。

 

神父:七年前、村の子供を山賊から守ってね。

騎士:…………。

神父:君ほどでは無いかも知れませんがあの子も立派に戦ったのですよ。守る為に。

騎士:そうか、あいつ、らしいな……。

 

  アル、俯く。

 

神父:…………。

騎士:残念だ。この格好を一番見せたかったのはエトラルカだった。

神父:アル。

騎士:…………。

神父:顔を上げて前を向いてください、しっかりと。エトラルカも、或いはエレナも、それを望むはずですよアル――アル・セントベル。

 

  アル、顔を上げる。

  微笑みかけるギルバート。

  天窓から光が差し込むと、ギルバートの背後にある祭壇の像を照らす。

 

騎士:ギルバートさん……。

神父:この教会の名を背負ってくれてありがとう。

騎士:そんな、俺は別に……。

神父:君は――あなた様はこの国の英雄です。

騎士:…………英雄、だと? いいや。そんな立派なものじゃない。

神父:そうでしょうか。騎士団ではいくつもの功績を上げたと聞きましたよ。

騎士:俺は、何もできていない。

神父:王都北部、ナバルファス大森林を根城としていた盗賊団『ゴルディオン』の首領ドラウス・ゴルディオン討伐。また、隣国ヘプセンとの戦では、不敗の名将と言われる隻眼せきがんのゲラルド・ジルヴァルディ率いるオルドリッジ騎士団を撃退。そして、東の穀倉こくそう地帯ローデンスを焦土に変えた魔竜まりゅう赤錆あかさび討伐。シェラは君の活躍を歌にしていたくらいです。兄、アル・セントベルの華々しき英雄譚だとね。

騎士:……違う。

神父:どういうことですか?

騎士:違うよ。ギルバートさん。俺が騎士になってからゴルディオンを討つまでには六年かかった。そのかん、判明しているだけで二つの都市、五十六の町や村、ハ百十七の荷馬車で略奪の被害に遭い、犠牲者は直接の死者だけでも三千五百十六人。関連しているものや疑いのあるものを含めるとその四倍はいて、何より残党は各地で未だ猛威を振るっている。そんな折に勃発した隣国ヘプセンとの戦争でも、俺のやったことはオルドリッジ騎士団の侵攻を一部食い止めただけだ。それも所詮は局地的勝利に過ぎず、我らがエウル王国が勝利し、奪われた領土を取り返したわけではなく、戦争によって失われた多くの命は、俺達のような騎士ばかりではない。民だ。故郷を離れ、戦地に散ったのは皆、誰かを愛し、誰かに愛される人だった筈だ。そして、戦争に食い潰されたことで、この国では物資も労働力も不足した。更に追い打ちをかけるような魔竜による災害。赤錆あかさびを倒して腹が膨れるか? 人的被害こそ少なかったが、結果として穀倉地帯は大打撃を受け、この国は未曾有みぞううの食糧危機に見舞われることとなった。分かるだろう、ギルバートさん。華々しくなんてない。守れなかったんだよ、俺は。

神父:それでも、助けられた人も多いでしょう。あなたによって。

騎士:あぁ、そうかも知れない、だが。助けられなかったのも事実だ。これを功績だなどと本気で言えるか?

神父:いいえ、これは君の為した偉業ですよ、アル。

騎士:ロイ、ナスカ、ダン、イドル、ミッド。

神父:それは……。

騎士:戦死者名簿にあいつらの名前があった。カインは俺と同じ戦場にいてなんとか生き残ったが、負傷が原因の病で死んだ。さっき聞いたエトラルカのことだって、この辺りの山賊だとすれば仕留め損ねたゴルディオンの残党だ。俺は、結局何を救えた? 何も無いじゃないか。

神父:えぇ、そうですね。

騎士:…………。

神父:身体の弱かったポーネですが、病で亡くなりましたよ。戦争で薬が手に入らなくてね。

騎士:…………ッ!

神父:トリアナは行商人として東のローデンスに買い付けに行って、そして戻ることはありませんでした。

騎士:そんな……!

神父:レチアは麦を取り扱う商人と結ばれて子供も生まれましたが破産して一家心中したと聞きました。また、ミアは奉公先で主人からの虐待に遭い自ら命を。

騎士:……シェラは。

神父:あの子は旅に出ましたが、行方知れず。恐らく……。

騎士:……そうか。

 

  間。

 

神父:アル。

騎士:なんだよ、ギルバートさん。

神父:私達は、とても助かっていましたよ。あなたのお陰で。

騎士:助かる? みんな死んだのにか?

神父:えぇ、そうですよ。お陰様で寄付も増え、食べるものにも着るものにも不自由はありませんでした。最期まで、ね。

騎士:最期……。

神父:ここでの日々は変わりませんでしたよ。

騎士:…………。

神父:君が旅立った後も、英雄となった後も――或いは君が現れる前も。

騎士:皮肉だな。

神父:えぇ、この小さな村の教会は、世界においては然程意味のある場所ではありませんからね。

騎士:俺にとってはどこよりも大切な場所だった。

神父:英雄の育った場所。

騎士:あぁ。

神父:いいえ。それは、王都エウリスであり、ナバルファスであり、ヘプセン国境であり、ローデンスでしょう。

騎士:何が言いたい?

神父:必ずしも、このセントベル教会ではありません。

騎士:俺は――

神父:――冷たい手だ。

 

  ギルバート、震えるアルの手を握る。

 

騎士:……神父様。

神父:えぇ。

騎士:それでも、俺はここを家だと思ってる。帰るべき場所だと。

神父:ふふっ、シスターアリーシャも喜んでくれるでしょう。

騎士:……シスターアリーシャは?

神父:こちらです。

 

  ギルバート、歩き出すと、扉を開けて振り返る。

  アル、頷いてついていく。

 

神父:ふふっ、しかし、そうですか。

騎士:え?

神父:あのアルが。

騎士:ギルバートさん……?

神父:あぁ、懐かしい。懐かしい。

騎士:何を……。

神父:そうでしょう、シスターアリーシャ。

 

  ギルバート、足を止めると、そこは中庭。

  りんごの木と、その隣には墓碑。

 

騎士:アリーシャ……さん……?

神父:あの頃からアルは力無き人を守る、強く優しい子でしたね。

騎士:どうして……。

神父:だからこそ、ここに帰ってきた、いいえ?

騎士:嘘、だよな……?

神父:ようやく、ここまで辿り着いたのでしょう?

騎士:ギルバートさん……!

神父:ですが、君は遅かった。アル。

騎士:俺を、責めているのか……?

神父:いいえ。私にそのような資格はありませんよ。

騎士:資格……?

神父:ところで君は王都に、家族がいるのでしょう?

騎士:…………。

神父:エレナやヨハン、ロイ、ナスカ、トリアナ、レチア、ダン、イドル、ミッド、カイン、エトラルカ、ポーネ、シェラ、ミア、シスターアリーシャ、そしてこの私、ギルバート・セントベル……ではない、本物の家族が。

騎士:何で……!

神父:妻フレジア・セントベルと二人の娘――そう、確か名前はアリシアとエレニア。

騎士:それは……。

神父:ふふっ、どこかで聞いたような名前ですね。男の子が生まれたらそうですね、ジョアンとでも名付けるつもりでしたか?

騎士:悪いかよ……。

神父:いいえ。ですが、知っていますよ、アル。君のことは全て。

騎士:だから、これは何の話なんだよ、ギルバートさん。

神父:ふふっ、分かりませんか? 分かりますよね。君は或いは、エトラルカやミアと同じように聡明な子だ。しかし、だからこそ、君もそうなのでしょう?

騎士:……言っている意味がわからない。

神父:嘘ですよ。

騎士:嘘?

神父:えぇ。私のことは全て、もう知っているのでしょう。

 

  間。

 

騎士:あんた、なのか……。

神父:えぇ。

騎士:信じられない……。

神父:そうですね。

騎士:だが、本当に……。

神父:その通り。

 

  二人、同時に。

 

騎士:俺の親を殺したのはあんたなのか?

神父:君の両親を殺したのは私です。

 

騎士:…………!

神父:或いはエレナを誘拐させ、ヨハンを唆したのも。剣術大会の年齢制限を変えて出場と入団の時期を遅らせ、ゴルディオン盗賊団が力をつけられるよう資金を流し、ヘプセンを誘導して戦争を起こし、赤錆あかさびの巣を荒らして眠りを妨げたのも。

騎士:それが全部、あんたの仕業なのか?

神父:えぇ、そうですね、全て。

騎士:どうして。

神父:どうして。だと思いますか?

騎士:……分からない。

神父:ふふっ、全ては、君が英雄となるべくして、私が仕組んだことです。

騎士:…………。

神父:知っていた。そう言いたげな顔ですね。

騎士:うるさい……。

神父:信じたくなかった。そう言いたげな顔ですね。

騎士:黙れよ……。

神父:ですが、それが、全てです。

騎士:頼むから……。

神父:ギルバート・セントベルが君に贈った――

騎士:何も言わないでくれ……。

神父:――全て。

騎士:なぁ!

 

  間。

 

神父:いいえ?

騎士:は?

神父:違いますね。まだ残っていますよ。アル。

騎士:何が。

神父:最後に一つだけ、君のやり遂げなければならない偉業が。

騎士:偉業だと?

神父:えぇ、その剣で、断ち切りなさい。

騎士:断ち切る?

神父:諸悪の根源を。

騎士:諸悪の根源。

神父:偽りの親を。

騎士:偽りの親。

神父:憎くはありませんか?

騎士:っ……あぁ……!

神父:そう、

騎士:うぅっ……!

神父:この私――

騎士:…………!

神父:――ギルバート・セントベルを!

騎士:ううあぁぁぁぁぁぁっ!!

 

  アル、剣を抜き放つとギルバートの首を落とさんとして、しかしその剣は寸前で止まる。

 

騎士:はぁ、はぁ……!

神父:……えぇ、知っていますよ、アル。

騎士:くっ……。

神父:君はあの頃から、力無き人を守る、強くて優しくて、しかし、いざという時に踏み出す勇気のない子だ。

騎士:くそぉ……っ!

神父:ふふっ、けれど、そうですね。だからこそ私は、そんな君の為に理由を用意してあげました。

騎士:理由だと……?

神父:一体なんだと思いますか?

騎士:……まさか!

神父:えぇ、そうです。

騎士:やめろ、やめてくれ……!

神父:ふふっ、君は遅かった。

騎士:俺は――

神父:――君が。もう少し早ければ、エレナ、ヨハン、ロイ、ナスカ、トリアナ、レチア、ダン、イドル、ミッド、カイン、エトラルカ、ポーネ、シェラ、ミア、シスターアリーシャは、まだ生きていた。

騎士:……待て、エレナとヨハンは?

神父:あぁ、言ってませんでしたね。

騎士:生きて……!

神父:えぇ、そうです、そうですね、そうですよ。

騎士:…………!

神父:そう、でした。生きていましたよ。つい、先刻まで。

騎士:え……。

神父:畑ですよ。

騎士:畑……?

神父:君は、こんな時期に何故畑なんてと、そう思ったのではありませんか?

騎士:まさか、それは――

神父:――残念でした。

騎士:俺があの時……くそ……!

神父:あぁ。ところで、あの像は見ましたか?

騎士:像……?

神父:君の為に用意したのですよ。顔を上げて見ていただけましたか? しっかりと、ね。

騎士:……な、いや、しかし……!

神父:いいえ。君は確かに。

騎士:助けられない――

神父:――ヨハンがいなければ。

騎士:エレナ……!

神父:いざという時に踏み出す勇気か、或いは君の隣にヨハンさえいれば。

騎士:あ、あぁ……!

神父:助けられたかもしれませんね。

騎士:あ、あ、ぁぁぁぁ……っ!

 

  アル、剣を取り落とす。

 

神父:あぁ、剣を落としましたよ。しっかり握らないと。

騎士:黙れ……。

神父:おや、大丈夫ですか? 顔色が優れませんね、アル。

騎士:黙れこの人殺し!

神父:えぇ、私が、殺しました。

騎士:この外道が!

神父:えぇ、私こそが外道です。つまり、分かりますね?

騎士:あぁ!?

神父:君が彼らを殺したのではなく、外道でもないということですよ。

騎士:それがなんだってんだよ!

神父:ただ、君は助けられなかっただけ。えぇ、たったそれだけのことです。……ですが、良かったですね、アル。

騎士:良かっただと……!

神父:えぇ。まだ間に合います。

騎士:何に!

神父:何って、こう言えば、分かりますか?

 

  ギルバート、アルの肩に手を置くと顔を寄せて耳打ちする。

 

騎士:なっ! 近寄るな!

神父:アル。

騎士:放せこのクソ野郎!

神父:ふふっ、まだ、残っているではありませんか。

騎士:何が――!

神父:――家族です。

騎士:…………っ!

神父:王都にいる、あなたの本物の家族、ですよ。

 

  ギルバート、アルから離れると剣を拾う。

  と、それをアルに渡そうとする。

 

神父:どうぞ、あなたの剣です。

騎士:黙れ。

 

  アル、差し出された剣を弾き飛ばす。

  剣はシスターアリーシャの墓石に当たり、物悲しい音を奏でる。

 

神父:おやおや。

騎士:…………。

神父:ふふっ、しかし、すっかり見違えましたよ。

騎士:…………。

神父:随分と立派になりましたね。

騎士:…………。

神父:えぇ、これまで、本当によく頑張りました。

騎士:…………。

神父:シスターアリーシャも喜んでくれているでしょう――あの世でね。

騎士:ギルバート・セントベル。

神父:なんでしょう、アル・セントベル。

騎士:もう何も、喋るな。

神父:……そうですね、では、終わりにしましょうか。アル・セントベルの――

騎士:――喋るなと言ったぁぁっ!

 

  アル、ギルバートの首を絞める。

 

神父:ぐがっ……!

騎士:あぁぁ……っ!

 

  アルの目からは涙が溢れている。

  ギルバートの表情はよろこびに満ちている。

 

神父:ぐ、ふ、ふっ……アぅ……セ、トベぅ……ぉ……。

騎士:あぁぁぁぁ!

神父:……呪われ、た、英雄、譚を……。

騎士:ギルバートぉぉぉぉッ!

神父:この私の――

騎士:……死ねぇぇっっ!

 

神父:――命を以て。

 

  一つの世界が壊れる音とともに、終幕。

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アル・セントベルの呪われた英雄譚。 音佐りんご。 @ringo_otosa

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