第11話 貯水の迷路と水透く布

「魔核の水量が少し戻ってる?」


報告を聞いた町長は、嬉しそうな顔をしながらも眉をひそめた。


「だが……本来ならもっと回復しているはずなんだ。砂吸い虫の“冷却支援”が本当に有効なら、日中の水蒸発量も下がる。なのに……なぜか、回復が鈍い」


「……魔核本体じゃなく、“水路”側か?」


レクスはその場で地図を広げる。

アレハリムの水系は複雑で、地下に掘られた無数の配水路が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。魔核はその中心。


「この構造、どこかに“詰まり”があるな。水は生成できてる。でも、行き渡ってない」


「でも、詰まりなんて起きる?」


ミリアが首をかしげた。


「普通ならね。でも、“乾きすぎ”も問題なんだ」


レクスは魔核の出力記録と気象記録を照合しながら言った。


「砂が内部に入り込みすぎて、水路の一部が“吸水してる”んだよ。つまり、水を通すはずの通路が、“水を吸う布”になってる」


「……なにそれ」


「古い施設でよくあるんだ。“水を通すための布素材”が、経年劣化で“吸う”ようになる。特に、“布石”っていう特殊な素材──これは魔力を帯びると吸水性が変化する」


「でも、それって……布が“生きてる”ってこと?」


「逆だ。“布だったものが、魔力で水脈そのものになってしまった”んだ。だから、吸った水をどこにも通さず、ただ留めてる。……これが、“貯水の迷路”の正体」


ミリアがはっとする。


「じゃあ、対処法は──」


「“布に戻してやる”ことさ」


地下水路の一角。

かつて通水施設として使われていた円形広場。

レクスは床に這うようにして、その表面に触れる。


「……ここだな。“布石”が染み込んでる。水路じゃなく、“水の袋”になってる」


ミリアが魔力探査を行うと、広場全体がわずかにうねるように光る。


「確かに。水が溜まってる。……でも、動いてない」


「素材を“戻す”。そのためには……“乾かす”必要がある」


「乾かす?」


レクスは荷物から、かつて町で配布されていた古びた防具の袖布を取り出した。


「これは“通気布”。湿気を逃がす構造をしてる。これを広場の表面に敷き詰めて、魔力を引き抜けば、“吸水状態の布石”を逆に乾燥モードへ変化させられる」


「布に布を……?」


ミリアは呆れた顔で言ったが、ジーナがうなずいた。


「つまり、“布の皮を剥ぐ”んじゃなく、“布にもう一枚着せる”んだ」


「そう。“重ね着だよ”」


レクスはニッと笑った。


処置が完了すると、まもなく広場の下から“水音”が響いた。


──チャポ……チャポ……。


「流れた……!」


ミリアが叫ぶ。


広場の下にあった水が、再び町中の水脈へと“流れ始めた”のだ。


そして──町中の各所に、少しずつ水が“届き始めた”。


井戸から、かすかに冷えた水が汲めるようになり、

噴水の流れがゆっくりと、けれど確実に太くなり、

貯水槽の水位が、一晩で5%も上がった。


「……これで、ようやく“本当の回復”だね」


レクスが外套を脱ぎながら、砂の夜風に身を任せる。


「“防具”を着るように、“布を着せる”。

“冷却装備”を虫に任せて、“水路”を布で調整する。

人が作ったものも、生き物も──“機能”でつながってる」


ジーナが笑う。


「町を救ったのは、虫と布だったってわけか」


ミリアがぼそりとつぶやいた。


「……これから装備屋の品名に《布》ってつくと、何でも疑いそう」


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