第4話 回復魔法と根の道

魔核中枢を満たす、澱んだ霧。

その中心で、異様な姿をした魔物が静かに蠢いていた。


「魔核の逆流を“浴びて”進化した個体……完全なモンスターでもなければ、ただの寄生でもない……」


ミリアの声には、恐れと興奮が混じっていた。


その“魔物”は、かつて人だったのか──否、魔核に棲みついた“何か”が、長い年月をかけて自我のようなものを持ったかのような……不定形の肉体の中に、かすかに衣類の残滓らしきものが混じっている。


「攻撃魔法で吹き飛ばしたら、魔核が壊れる」


「斬るのもだめ。霧が暴走して、回路ごと吹っ飛ぶ……」


「じゃあ、どうするの?」


ミリアの問いに、レクスは一歩前に出た。


「“水の通り道”を、通してやる」


「え……?」


レクスは荷物の中から、薄く乾いた樹皮のようなものを取り出す。通路で集めていた“根の抜け殻”だ。


「さっきの通路、途中に倒木があっただろ? あれは“水根”といって、地下水を探って伸びる特殊な植物。魔核のある場所には、昔からこういう根が走ってる。問題は、それが枯れてるってこと」


「でも……回復魔法って、人間用……?」


「“魔力を帯びた有機体”なら反応する。問題は、“どう育てるか”だ」


レクスは霧の濃い足元にしゃがみ、回復魔法の魔石を地面に押し当てる。


「根は自分で伸びる。だったら、俺たちは“育てる空間”だけ与えればいい」


──ピシッ。


わずかな音とともに、乾いた根の一部が膨らんだ。

そして、その芽は、ゆっくりと……霧を裂くように、前へ、前へと──


「伸びてる……! 根が、魔核の中心を目指して……」


「目的は“排出”。この根は、古代から地下の“魔力の濁り”を吸って成長していた植物だ。つまり──霧ごと、吸ってもらえばいい」


ミリアは驚きと尊敬の入り混じった声を漏らす。


「回復魔法を“浄化”に……素材も、仕掛けも、全部“逆読み”してる……!」


レクスは黙って頷き、さらに魔石を増幅器に設置し、霧の流れに沿って魔力を注ぎ続けた。


──やがて、魔核の周囲に張り巡らされた根のネットワークが、霧を飲み込み、腐敗した魔力を吸収していく。


そして。


中心にいた“魔物”が、ぬるり、と身体をゆるめ、痙攣するようにその場に崩れ落ちた。


「……動かなくなった」


「生きてはいる。けど、魔核との接続を絶たれた。ただの“徘徊体”に戻っただけ」


レクスはゆっくりと立ち上がる。


「もう、巣にする力も、理由もない」


その言葉に、ミリアは深く息を吐いた。


「“倒す”んじゃなく、“追い出す”。こういう方法も……あるんだね」


「倒して得るのは戦果、追い出して得るのは……循環さ」


レクスの背後では、育ちきった根が静かに揺れていた。

濁った霧の代わりに、透明な水のしずくが、ぽた、ぽたと落ちている。

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