第13話 歩く道
街道と呼ぶには寂れた道を、もう何日も歩き続けていた。
行き交う人や物が減って、どこの道も荒れ果てていた。
人の気配がすると、早々に茂みや草むらや木の陰に隠れてやり過ごした。
道行く人の持ち物や恰好を見るに、自分達が裕福になったように思える程なのだ。やせ細ってもいない。そこそこ擦り切れてはいるものの、清潔そうな服を着て、膨らんで重そうな荷物を持っている。
追剥に狙われる要素が満載なのだ。
それ程、人々の姿が悲惨だという事だ。
痩せて、薄くなった胸板。腹だけが異様に膨らんでいて、手足は骨ばって、たるんだ皮が貼り付いている。
着衣は、ほとんどボロ布を巻き付けたようにしか見えない。
「この国は、どうなってしまっているんだ?」
行く先々の集落跡の焼け跡を見ては、多羅でさえ絶望の言葉を発した。
山間部に近い集落は、打ち捨てられて、荒野になろうとしていた。
とても、種を蒔けるような状況ではなかった。
「もっと、町に近い集落なら、少しは復興しているかも知れない。」
老師はそう言って、一縷の望みを抱いて歩みを進めた。
だが。町のような場所を目にしたものの、踏み込めなかった。
町の人々の暮らしが、まるで成り立っていなかったからだ。
無気力な、動かない人々が、通りのあちこちの地べたに座って、ただ空を見上げている。水場の周りで、時々水を飲みながら、ただ、座っている。
「多分、あの人達は、もう食べ物を食べても、体が受け付けないだろう。痩せ過ぎている。」
老師は、そう言って、目を伏せた。
「戻ろう。これ以上、町に向かっても無駄な気がする。」
そう言って、元来た方角に足を向けた。
「町中の草は、食い尽くされていたな。通って来た道には、草が生えていた。」
考え、考え、老師は呟く。
「あの、最初に出会った野盗は、動いていた。痩せてはいたが、十分動いていた。」
多羅はギョッとした。
「まさか。奴らが居た、あの場所に向かう気ですか。」
「そうだ。あの地は、誰かが統率して、住民を守っていると見た。」
「盗賊の親玉でしょう。殺し合いになるかも知れませんよ。」
多羅は、絶望的な声を出した。
「それでも、”種”は渡さねばならん。動ける住民が居れば、作物は作れる。」
多羅は、何も言えなくなった。
「我等は”蒔き人”だ。民を救う為には、何としても、”種”を渡さなばならん。」
老師の足取りは、軽やかだった。それに引き換え、多羅の足運びはどうしても遅れがちになった。
またまた、波差が、多羅を励まし、こまめに声掛けをする羽目になった。
だが、もう『うるさい』とは言わなかった。
「波差が、今日の夜は一緒に寝てくれるなら頑張る。」
そうゴネる。
「年寄りに、寝ずの番をさせる気か?!」
老師がすかさず文句を言った。
「大丈夫ですよ。何かあったら、飛び起きますから。」
そんな軽口を言いながら、一行はひたすら歩いた。
登りの道は、思いの外体力を使った。数日かけて、緩やかな坂道を登って行く。
急ぎの行程なので、街道を歩いた。
やはり、人の気配がする度に隠れながら進んだ。
そんなある午後、街道の脇から、突然に襲われた。
気配を殺すのが、たいそう上手い奴らのようだ。全部で4人。
彼等は、4人一組で行動しているようだ。
最初の一撃を、老師も多羅も波差も、それぞれが防いだ。
俊敏に動く彼等の姿に、老師は喜びを隠せない。
そんな老師の様子を気味悪がりながらも
「あんた、もしかして、うちの仲間をボロボロにした爺さんか?」
賊の1人がそう言った。
「そうだと言ったら?」
そう返した老師の言葉に、賊の全員が息を飲んだ。
「あんたがまた来たら、連れて来いって、親方から言われてるんだ。」
「ほう。親方が居るのか。」
多羅と波差が、後ろで身構えた。
「居るよ。おっかない親方が。……ついて来てもらおうか。」
「はいそうですか、とはいかんな。」
老師の返答に、賊は身構えた。
「武器で脅されて連れて行かれるのは、性に合わんのでな。」
「なにい!!」
賊達が、一気に気色ばんだ。
「儂がここで待っててやる。その親方とやらを連れて来い。」
「はああ??」
「当たり前だろう。何でわざわざ、危害を加える気満々の奴らが居る所にのこのこ着いて行くか。お前なら、行くのか?」
老師の物言いに、あっけに取られた賊達だったが、納得する部分もあったようだ。
「……確かに。行かないな。」
「考える頭があるのは、良い事だ。その頭で、どう親方に言えばいいのか、4人で考える事だな。」
老師は、ハハハと笑った。
「儂なら、お前等ごとき、ここで打ち負かすのはた易いぞ。」
そう言った後に、確信に満ちたように真剣に言った。
「……お前らの親方なら、来るさ。」
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