追放された聖女は、無自覚系溺愛騎士とカフェを開く――敵国の騎士に愛され新生活――
佐倉ロゼ@『のろ恋』1巻発売中
第1話:思わぬ出会い
船の
「バグラム島だ!」
その声につられ、マリサも
海風に揺れる金色の髪を押さえながら、皆が指差す方を見る。
波の向こうに緑色の島が現れた。
「あれが――バグラム島」
とうとう着いたのだ。
どんな
サニーサイドにはダンジョンがあり、冒険者の町として
(きっとサニーサイドなら仕事もあるし暮らして行けるわ……)
(たとえ、追放された聖女だって……)
たった十八歳で祖国を追われたマリサは、ぎゅっと胸元のペンダントを握った。
ペンダントについている高価な石が彼女の全財産だ。
祖国を追放されたマリサにとって、唯一の希望だった。
*
「わあ……」
バグラム島に上陸すると、大きな港が広がっていた。
マリサのような移住者や出稼ぎの人間が毎日のように訪れるためか、
もっとさびれた場所だと思っていたマリサは驚いた。
何しろ、大陸から遙か遠く離れた東の海の果てにある島なのだ。
(とりあえず、空腹を満たさなくちゃ)
港の食堂で一息つくと、マリサはサニーサイドに向かう馬車の停留所に向かった。
(節約しないと……)
ペンダント以外は小銭しかない。
マリサは屋根も
乗客は十人ほどで、荷台にひしめき合いながら揺られる。
森を切り開いた道を通っていると、マリサはわくわくしてきた。
(サニーサイド……どんなところだろう)
(国を出るのは初めてだけど、きっとやっていけるわ……)
だが、マリサの楽観的思考を一瞬で破る事態が起きた。
「オバケキノコだ!」
マリサは思い切りつんのめった体をなんとか
(オバケキノコ……?)
呆然としていると、周囲の乗客たちが慌てふためきだした。
「魔物だ!」
「逃げろ!」
乗客たちが悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように馬車から飛び降りていく。
事情を把握できないまま、マリサも馬車から飛び降りた。
(魔物……!?)
魔物――いわゆる異形の生物が生息するのはこのバグラム島だけだ。
ダンジョンから出てくるらしいが、詳細はわかっていない。
(冒険者ギルドがダンジョンを管理しているから安全って聞いていたけど……)
乗客たちがちりぢりに逃げていく。
(あっ……)
人間と同じくらいの大きさの、巨大なキノコが左右に体を揺らせながら近づいてくるのが見えた。
(な、何あれ!?)
動きはゆったりしていてユーモラスだが、何をしてくるかわからない。
魔物退治の仕事もあるらしいので、危険なものには違いない。
(ど、どうしよう)
初めて会う魔物に、マリサはパニックになった。
逃げ惑う人々を追うように馬車から離れる。
必死で草むらを走っていると、勢いよく流れる川が見えた。
(川!! どうしよう)
見たところ橋もない。
「あっ!」
マリサは足を思い切り大きな背中にぶつけてしまった。
勢いのまま前方のつんのめる。
バランスを崩したマリサの目の前に、激しい流れの川が
(落ちる――!!)
だが、すんでの所でマリサの体は停まった。
誰かががしっと服をつかんで支えてくれたのだ。
「大丈夫か?」
見上げると、黒髪の青年が無表情にこちらを見ていた。
すらりとした長身の青年だ。
年の頃は二十代半ばくらいか。
彫像のような整った顔立ちと筋肉質な体が印象的だ。
「は、はい……」
(こんな激しい流れの川に落ちたら、きっと助からなかったわ)
「ありがとうございます」
「いや……」
何気なく胸元のペンダントに手をやったマリサはハッとした。
「ない!」
「ペンダントのことか? 川に落ちたぞ」
青年の言葉に真っ青になる。
(わ、私の全財産が……)
そのとき、悲鳴が聞こえた。
オバケキノコがふらふらと近づいてくる。
「キャーーーッ!!」
マリサが悲鳴を上げ、
青年がすらりと背負っていた剣を抜く。
一瞬だった。
オバケキノコは真っ二つになり、ころりと力なく地面に転がった。
青年が何事もなかったかのように剣を
黒髪の青年が一撃でオバケキノコを斬ったのだと、マリサはようやく認識した。
すっと目の前に手が差し伸べられる。
「大丈夫か?」
「あっ、はい……いえ、大丈夫じゃないです」
ボロボロと涙が落ちる。
たった一人、長い旅をして辿り着いた新天地。
寂しくて不安で、それでも一人でやっていこうと思っていた矢先だった。
一瞬で全財産をなくしてしまった。
しかも、安全だと思っていた場所には魔物がいた。
(やっぱり、一人で生きていくなんて甘かったのかな……)
ずっと
「う……っ」
(ダメだ……涙が止まらない……)
国を追われてからずっと気を張っていたのが、ここにきてプツンと切れてしまったようだ。
涙を必死で拭っているマリサの目の前に、白いハンカチが差し出される。
「……?」
「使え」
黒髪の青年が無表情のままハンカチを持っている。
どうやら渡そうとしてくれているらしい。
「あ、ありがとうございます……」
清潔そうなハンカチを受け取り、マリサは涙をぬぐった。
ようやくマリサの涙が止まったころ、青年が口を開いた。
「もしかして、大事なペンダントだったのか?」
「全財産だったんです……」
サニーサイドに着いたら、質屋に行って現金に換えるつもりだった。
その手持ちで住む場所と――憧れのカフェを開く資金にしようと思っていたのだ。
(ああ、カフェどころか……生活費も
「すまなかったな。俺がしゃがんでいたばっかりに……」
「いえ、私が不注意だったんです……」
魔物が出現するとはいえ、たくさんの人々が住んでいる場所だから安全だと勝手に思い込んでいた。
(甘かったわ……)
マリサは涙を
「……サニーサイドには住み込みの仕事ってありますか?」
「あるとは思うが……急いで探すのはやめておいた方がいい。足元を見られるし、中には悪い奴もいる」
「ですよね……」
どんな人間でも受け入れてくれる町、サニーサイド。
マリサのような国を追われ行き場がない人間や流れ者も多い。
信用する相手を
(もう、誰も助けてくれないのだから……)
しょんぼりと肩を落としたマリサに、黒髪の青年が声をかけた。
「とりあえず、俺の家に来るか?」
「えっ」
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