終章

第28話 判決と釈放

 軍事裁判所の中でリリスは静かに読み上げられていく罪状を聴いていた。




「罪状。リリス・ヒューマン『中尉』は連邦軍予備役軍人として、地球連邦軍アフリカ基地において、試作型HATのテストを行っていたが、テストだけでは飽き足らず、偽りの命令書と階級章を捏造し、駆逐艦ユニコーン及び二機の試作型HATを強奪。個人的感情のまま、プロキオン恒星系及び火星沖での戦闘行為を行い、連邦艦隊に多大なる被害を及ぼした。この事に相違無いな?」




 リリスは黙っている。目の前にあるのはスピーカーだけ。そして自分の周りはスモッグのかかった防音ガラス。どのような行為をしようと無駄だとわかっている。




「被告人。黙っていてはわかりません。次の質問から、黙秘は肯定ととりますが、よろしいですね?」




 恐ろしいほどに高圧的な声。




――地球に捨てられ!




 リョウの声が蘇る。




――反逆者の汚名を被り!




 目の前にいる人間たちにとって、それは当たり前のことだった。




――それでもなお!




 告げられる罪状に、リリスは頷く事も首を振る事もしなかった。




――地球連邦軍の為に戦うと言うのか!




 リリスにとって『軍の為』と言う言葉は意味を持っていなかった。




――違うわ。




 リリスは静かに否定をする。




――私は軍の為にあんたと戦ってはいない。




 誰にも理解されなくてよかった。




――私は生まれた故郷の為に戦った。




 自分の行動を次々と述べられ、質問が投げかけられる。




――そして、あんたの心を救うために戦った。




 だから、結果の見えた裁判には興味が無かった。




「よって銃殺刑に処す!」




 判決が下る。それでも自分の命一つで、一人でも多くの命が助かるのであれば、リリスにとっては、それでよかった。




――あなたが罪を被って、私たちが減刑や無罪を言い渡されて、私たちの誰が喜ぶのよ!?




 不意にフェリアシルの声が耳元でリフレインを起こす。




――ありがとう、フェル……。




 リリスは心の中でそう呟いた。




――その言葉だけで、私は充分……。




 リリスの表情には笑みさえ浮かんでいた。




――リョウ……。




 涙一つ流す事無く、リリスは法廷から出ていった。




――これでようやく、あんたに会いに行ける。




 思い残す事など、今の『リリス』には、何も無かった。






 その裁判は極秘裏に行われた物だった。しかし、その様子は文字通り、一字一句余さず銀河系中に生中継されていた。そして『それ』は、自分の星系の住民を見捨てた地球連邦政府の不甲斐無さを露見させ、社会的に糾弾される事になった。




「うまくいったわね」




 キリコはジャンクフードを口にし、プラカードを持って行進する一団を見ながら、小声で自分の横に立つ男に声をかけた。




『真紅の女神を解放しろ!』




 スピーカーから響く、割れんばかりの音声に一瞬だけ肩を竦めると、声をかけられた男は時代遅れの紙で出来た新聞のページを一枚めくる。




「ここまで用意周到なのは正直驚きです。さすがはフェリアシルさんと言うべきですね。それに、リリスさんは元々下級士官から人気の高い人です。そこに今回の事件と裁判の生中継。あのような物で『真紅の女神』を銃殺など、許される事ではありません」


「で、次は何をすればいいの? アルバートさん」




 キリコの言葉に、それまで新聞を読みながら答えていたアルバートは新聞を折り畳む。




「私の伝手もありますが、キリコさんの知り合いにメディア関係者はいますか?」


「そりゃぁ、いない事は無いけど……」




 その言葉にアルバートは紙コップに入っていたコーヒーを一気に飲み干すと、懐から一枚の紙を取り出す。




「あ、それって、もしかして……」




 キリコは見覚えのある紙に声を上げた。




「もしかしなくても、ファウスト少将の直筆命令書です。リリスさんの軍服の胸ポケットに入っていました」


「……入っていたって、もしかしてアルバートさん、リリスの軍服を漁ったの?」


「漁ったのはフェリアシルさんです!」




 冷たい視線を投げつけられて、アルバートは慌てて弁明をする。




「とにかく、これはメディアを通じて、明日一番で公表します。これで軍法裁判そのものを覆す事が可能な筈です。手伝ってもらえますか?」


「あのねぇ……。親友を助けるのに、尽力しない人間がいると思う?」




 笑みを浮かべると、キリコは食べ終わったジャンクフードの包み紙を握りつぶし、紙を渡すに仕種をする。




「私の情報網、アルバートさんの想像よりすごいわよ? 情報戦の最高峰を見せてあげるわ」


「それは楽しみです」




 そして、その効果は二人の『予想』よりも大きな渦を生み出したのだった。






 軍法裁判の判決から百日近くが過ぎたある日、リリスはようやく自分の牢屋の前に上級士官が立つのを確認し、息を吐いた。




「ようやく、銃殺の日取りが決まったの? いい加減、ここは飽きてきたわ、中将閣下」




 階級章でしか身分がわからない上に、名前もわからない相手だから、中将閣下、と呼ぶ事にした。




「……釈放だ」




 苦虫を噛み潰すかのような表情にリリスは唖然とする。




「銃殺じゃなかったの?」


「釈放だ。二度も言わせるな。それと、もう軍に顔を出すな」




 その言葉を残して、名前さえも知らない中将がリリスの前から姿を消し、続いて看守が牢の鍵を持って、自分の牢屋の前にやってくる。




「本当に釈放? どういう風の吹き回しよ? あの永久凍土並みの固さで有名な軍法会議所の方々が判決を覆すなんて」




 リリスの質問に看守は笑みを浮かべると、外に出ればわかります、と言い残した。






 そして、リリスは約三か月ぶりに日の下に出てきたのだった。

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