第19話 覚悟

 惑星アロマに到着したユニコーンのコンピュータールームに映し出された『情報』に、その場に居合わせた面子は顔を見合わせた。




「ふぅん……」




 フェリアシルが声を上げる。




「私たち、指名手配か……」




 それを見ながら、ゆっくりと周りを見回す。




「どうするの? キリコは? 太陽系に帰る気はある?」


「ど、どういう意味ですか?」




 話を振られたキリコは動揺したまま、上ずった声を出す。




「このまま帰っても、私たち、軍事機密を持ち出した戦時犯罪人だと言う事。多分、フォボスの時の、あのパトロール艦の艦長様が上告したからだと思うんだけど……」




 フェリアシルの言葉はいたって軽い。軽く振る舞うように見せているのだ。




「結局、リリスが庇ってくれたのに、意味が無かった、という事よ」




 少しだけ怒りに震えた声を出す。




「で、どうする? 正直言うと、キリコだけじゃなくて、ここにいる全員の意見を聞きたいのだけど……」




 フェリアシルはそう言うと、自分が呼び寄せた全員に視線を送る。




「帰っても、良くて、禁固十年。運が悪ければ……銃殺ね」




 多分、自分は悪い方、そう付け加える。




「少佐は何も悪い事をしていないじゃないですか!」




 キリコが声を張り上げる。




「……自分は悪い事をしたわけじゃない。そういう言い訳が通じると思うの? あの軍事裁判局の連中に?」




 地球連邦軍軍事裁判局の悪評は銀河系の中でも上位三位に入る。




「詳しくは知らないけど、確実に検事側の言い分しか通らない。弁護側が何を言おうとお構いなしに、どれだけ情状酌量の余地があるように見えても、検事側の要求した刑が確定する。弁護人になる事を拒否する人間もいるらしいわよ?」


「正確には、軍事裁判局の人間で弁護人はいません」




 その言葉にアルバートが口をはさむ。




「……はぁ?」




 間抜けた声だ。自分でもそう思いながら、フェリアシルは声を上げた。




「私は一応、ファウスト参謀少将の秘書官でしたので、その辺の事情はフェリアシル少佐よりも詳しい自信があります。軍法裁判ははっきり言って『魔女裁判』です」


「どう言う事?」




 キリコの言葉にアルバートは僅かに頷くと説明を始める。




「まず、被告人に対して罪状が述べられます。それに対しての確認を行いますが……」


「普通の裁判と同じじゃない」




 フェリアシルは思わず口をはさむ。




「ここからが重要です。被告人は『スモッグのかかった防音ガラス』で囲まれた被告人席に座らされ、目の前には『スピーカーのみ』が置かれています」


「はい……?」




 居合わせた全員、言っている意味がわからなかった。情景すら浮かばない。




「続いて裁判官の『被告人、黙っていてはわかりません。次から黙秘は肯定ととりますがよろしいですね?』という宣言が出されます」




 そこまで言われて、初めて全員が情景を浮かべる事が出来た。




「わかりますか? 被告人が何を言おうと、何をジェスチャーしようと、裁判官には届かないので関係ありません。あるのは、検事側から出された求刑と、それを判決として述べる裁判官のみです」




 だから『魔女裁判』と言う訳です、最後にもう一度そう付け加える。




「いい打開策、あるの?」




 フェリアシルの言葉にアルバートは首を横に振る。




「ファウスト少将は、自分の部下が軍法裁判に引き出されないように、後付けで作戦司令書を作るなどの方法で対処していました。逆を言えば、少将という階級ですら、それが限界です」




 アルバートがそう言うと、空気が一気に重くなる。




「……わかった。軍法裁判に関しては、私が何か策を考えるわ。で、策ができたとして、地球に帰る気があるのかを確認したいわ」


「私は自分の命が最優先ですね」




 最初に口を開いたのはイワンだった。




「まぁ、私は『死んでしまえば、そこで全てが終わり』というものがポリシーですので、気を悪くした方がおられたら悪しからず」




 そう言いながらも僅かに視線を宙に泳がす。




「とは言え、負けて逃げるのもポリシーに反しますね。少なくとも私の開発したヘルメスではハーデスに届かなかった。ではアルテミスならばどうか、という気持ちもあります」


「つまり、リリスの状態次第、ということでしょう?」




 フェリアシルの声にイワンは小さく、だが、しっかりと頷く。




「僕も同じです。少なくとも、中尉ほどのポリシーがあるかと言われれば、無いですが、それでも自分が目指している技術士官としては、自分の考えた武器を、一番有効利用してくれるパイロットに託したいです」




 次に声を上げたのはミツルだった。




「私はリリス少佐の補佐官です。少佐の行く道を進むしかないでしょうね」




 アルバートがそう宣言し、視線をキリコに向ける。




「え? わ、私ですか? 私は帰るなり、いきなり『銃殺』とか言われるのは嫌ですけど、それでも、帰る事が可能であるならば、帰りたいです」




 キリコの答えにフェリアシルは微笑む。




「無理に、とは言わないわよ。多分、リリスもそう言うと思う」




 フェリアシルはそう言うと、キリコの顔を覗き込む。




「……ん? やっぱり、家族とかが心配?」


「え? そうですけど……」




 キリコが目を伏せるのを片目に、もう片方をラッセンに向ける。




「で、私は、なんだけど……」




 一旦口を閉ざし、深呼吸を入れる。




「私は帰るわ。少なくとも、あの頭の腐った連中に、思いっきり階級章を叩きつけてやりたいからね」


「ならば、私の道も同じですね。フェリアシル少佐が帰る、というのであれば、私もまた帰る道を選びます」




 フェリアシルの言葉に続いて、ラッセンが意見を述べる。




「まぁ、一応、私の家名を使えば、ひっくり返せない訳でもない、とは思うけど……」




 フェリアシルは一瞬だけ考え込むように首を傾げると、苦虫を噛み潰したように呟く。




「え……?」




 キリコの上げた声にフェリアシルは小さく苦笑する。




「あれ? キリコほどの人間が、私の『名前』を見て、何も気付けなかったの?」


「……フェリアシル・メルブラット・フィンクス……少佐……? あぁ!?」




 驚きの声を上げたキリコにフェリアシルは頷く。




「地球連邦軍きっての軍閥、フィンクス家……」


「まぁ、もう一つの家名もあるけど……」




 フェリアシルが悪戯をするように笑みを浮かべると、キリコは考え込む。




「もう一つ……?」




 キリコは何度かフェリアシルのフルネームを口の中で反芻すると、顔を上げる。




「あの、もしかして、フェリアシル少佐のお母さまって、セルシア・メルブラット・ミョウジン、ですか……?」


「そうよ。一応、太陽系随一の財閥『ミョウジン財団』の前総帥の末娘で、現総帥の妹。もちろんだけど、母はミョウジン財団の株と実権も、僅かながら持っているわ」




 僅かに笑みを浮かべると、フェリアシルの表情が暗くなる。




「その二つを使えば、多分、ひっくり返す事が可能。でも、それをしたら、私は当然の事ながら、政略結婚の道具に成り下がる。それはクルー全員に無駄な『十字架』を押しつける事になるわね」


「では、絶対に使わない方向ですね。フェリアシル少佐」




 あっさりと言い放つキリコに、フェリアシルは呆気にとられた顔を浮かべる。




「誰かを犠牲にして、自分が助かる。リリス少佐が嫌う行為の一つです。自分を犠牲にする事は構わないくせに、誰かの犠牲の上には立ちたくないんですよ、リリス少佐は」




 キリコの答えにフェリアシルは、そうね、と静かに笑みを浮かべた。




「……手配書に乗っている人間で、答えを出していないのは眠り姫だけね」




 フェリアシルは集まった人間全員を見回してから、艦内回線を全て開ける。




「本艦は速やかに惑星アロマに向かいます。後は、リリス少佐の回復と、リチャード大尉の捜索に人員を割きます。キリコ中尉以外の情報将校は、速やかに探索を開始しなさい」


「え……? 私は外されるんですか?」




 キリコは意外そうな顔を浮かべると、フェリアシルの方に視線を送る。




「あなたと私はリリスの看病よ。まずは惑星アロマで病院の手配。そこから先、私は指揮官として、この艦と病院の往復になると思うから、あなたが必要なの」




 フェリアシルは微笑みながらそう言うと、親友なんでしょ、と付け加える。




「あ、はい! ありがとうございます!」




 キリコは嬉しそうに頭を下げる。




「別に、お礼を言われる筋合いはないわ。私にとっても、リリスは大事な親友なんだから」




 フェリアシルはもう一度微笑んだ。


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