第10話 出会い

 駆逐艦ユニコーンの艦橋で、リリスは自分より一つ年下の女性将校から出迎えを受けた。




「リリス・ヒューマン少佐ですか? 歓迎します。私は地球連邦軍第十八独立機動艦隊、駆逐艦ユニコーンの艦長、フェリアシル・メルブラット・フィンクス少佐です」




 握手として出された手は左手だ。




――つまり、歓迎しないって事ね。




 リリスは心の中で苦笑しながら、そう呟いた。




「リリス・ヒューマン少佐です。よろしくお願いします」




 無論、出された方の手を握る。




「命令により、作戦等はあなたの指示に従いますが、艦の航行に関しては、私に従っていただきます。よろしいですか?」




 あからさまに出された敵意に動じた風もなく、リリスは微笑む。




「ええ、私としてもその方がやりやすいですし、何より、この艦のブリッジクルーがそちらを望むでしょうから。ただ……」




 一旦言葉を切るリリスにフェリアシルは一瞬だけ眉をひそめる。




「あ、別にたいした事じゃありません。HATの管制オペレーターはキリコ情報中尉を置いて欲しいのですが……」




 一瞬にしてブリッジクルーからどよめきが起こる。




、と言われるのですか?」


「え? そうでは無いですけど……。このブリッジクルーで、私の戦闘データ蓄積に追いつける人がいるのですか?」




 リリスはフェリアシルの敵意を物ともせずに答える。




「その点、キリコ情報中尉なら、私が第一遊撃艦隊にいた頃から、ずっとデータ蓄積しているので、経験値が高い、という意味合いで言っているのですけど……」




 リリスの言葉にフェリアシルは艦長席に腰を下ろす。




「……わかりました。HATの管制オペレーターはキリコ中尉に譲ります。他には何かありますか? なければ、最初の目標宙域を指示してください」


「そうね。第一目標宙域は火星の衛星、フォボス。出港は二十四時間後でお願いします」




 リリスはそう言うと、艦長席の横に立つ。




「各クルーは肉親と別れを告げるように。本艦は単独極秘任務に入ります。無論、生きて帰ってこられる保証はありません。出港と同時に対外無線の封鎖を行いますので、家族や恋人、また、他に別れを告げたい人がいる場合、出港までの二十二時間以内に行ってください」




 そこまで言うと、リリスはフェリアシルの方に顔を向ける。




「艦長は十八時間後に私の部屋に来てください。今後の作戦を立てます。ラッセン・クロッサス少尉も同席してください。私からの指示は今のところ、以上です」




 言い終わると、ブリッジクルーの誰かが口を開くよりも早く、リリスは艦橋を後にした。






「大変ですね」




 艦橋を出ると同時に、それまで黙っていたアルバートが口を開いた。




「まぁ、仕方ないでしょう? つい昨日まで階級が二つも下だった女が、いきなり自分と同じ階級。しかも、作戦の性質上、私の方が立場は上。いらつくな、という方が無理だわ」




 それにまだ二十だしね、と付け加える。




「そういう少佐も、まだ二十一じゃないですか」


「そう、ね。もう、二十一だわ。そういうアルバート少尉は?」


「私は士官学校を出ていませんので、もうじき三十路ですよ」




 そこまで言ってアルバートは持っていた資料の一つをリリスに渡す。




「とりあえず、設計段階のハーデスです。先日の事件に現れた機影と酷似していますが、同一ではありません。おそらく、設計段階から何らかの手を加えたか、削除したと思われます」




 それから、とアルバートは付け加える。




「開発主任のリチャード技術大尉は三カ月ほど前、つまり、ハーデスの開発が凍結された直後から行方不明です。リョウ少尉の方は一ヶ月ほど前、何者かの手によって、退院手続きがされています。関係者の話では、当時、少尉はまだ車椅子で動くのが精一杯だったそうです」




 リリスの表情が次第に暗くなっていく。




「先日の事件以来、両者ともに軍警察が……どうしました?」




 いつの間にか、涙を流しながら、それでも報告を聞いているリリスに、アルバートは声をかける。




「なんでもないわ。父さん、やっぱり凄いなって……」




 いきなり出された言葉に、アルバートの方が驚く。




「私は、たったこれだけ、ほんのこれだけの事で涙を流してしまう。父さんはもっと多くの人間の命を天秤に掛けながら、それでも部下の前では平静を保っていた」


「ファウスト少将は、自分の作戦で戦死した士官の名前を、全て覚えておられました」




 アルバートは静かにそう言うと、リリスの反応を待つ。




「そう……。父さんの背中、見えなかったせいで、私は父さんに酷い事ばっかり言っていたんだ……」


「少将は少佐の態度を気にしてはいません」




 アルバートの声に、リリスはアルバートの顔を見上げる。




「……本当に?」




 アルバートは頷きながら、リリスに渡していなかった一枚の資料を渡す。




「これは?」


「現段階で、考えられるハーデスの装甲です。恐らくは多量のプロキニウム合金が使われていると思われます」




 プロキニウム合金はプロキオン恒星系の第三惑星でしか生成できないとされている、今現在、もっとも硬く、そしてしなやかな合金の名称である。




「で、最終的な被害は?」




 気を取り直して言うリリスにアルバートの表情が逆に曇る。




「散々なものですよ。地球連邦軍だけでも、機動要塞オーディン中破。戦艦、撃沈十二、大破十。巡洋空母、撃沈三十、大破二十七、中破十五。巡洋艦、駆逐艦、撃沈合わせて八十、大破十九、中破三十五。HATに至っては八百以上が撃墜されています」


「……ホント、惨憺さんたんたる被害ね」




 リリスはどう答えていいかわからず、そう呟いた。




「で、それを『私とヘルメス』にやれと言った場合、可能?」


「不可能です」




 リリスの言葉にアルバートは、質問を予測していたかの如き早さで答えた。




「ずいぶんと、はっきり言うわね?」




 さすがにムッとした顔をするリリスに、アルバートは、誰が乗っても絶対に無理です、と付け加えた。




「まず、それだけの戦果を挙げるためのエネルギーがありません。逆を言えば、あれだけの被害が出たのはハーデスだったからです」


「……と、言う事は、ハーデスには、私たちが乗っているHATとは全く違うエンジンが搭載されているって事?」




 リリスの言葉にアルバートは頷く。




「超重力エンジン、とでも言うのでしょうか? とにかく、ハーデスには小型ブラックホールが搭載されていて、それが機体前面の空間を切り取り、後方に射出していく事によって機動しているとの事です」


「……それって、エネルギー切れは……」


「理論上あり得ません。ただ、それだけのものを搭載するのには、やはり膨大なスペースが必要になりますから、コクピット周りのスペースが殆どなくなります」




 その言葉に、リリスはキリコの言葉を思い出した。




――なんでも、コクピット周りが非人道的だったらしいとかで……。




「と、言う事は……」


「はい。少なくとも、ヘルメスやアルテミスのような高性能の衝撃緩和装置Gキャンセラーが取り付けられている可能性は、かなり低いですね。せいぜい、スレイブニル級です。そのような状態で、あれだけの高機動戦闘を行えば『中身』が持ちません。ですが映像を見る限り、その様子は見受けられません」


「だとしたら、それを解決したんでしょ?」




 溜息を吐くと、リリスは時計を見る。




「後十七時間程度、か……。じゃぁ、私は少し寝るわ、十七時間後に私が招集した人間と、フェリアシル少佐、ラッセン少尉で作戦会議を私の部屋でするから、忘れないように」


「了解しました」




 敬礼するアルバートに軽く会釈すると、リリスは自分の部屋に入り、用意してあった睡眠薬を口の中に放り込んだ。




「頭が痛くなるような事ばかりだわ……」




 そう呟きながら、リリスは睡魔に身をゆだねた。

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