第一章 分かたれた道

第3話 驚異の新兵器

 その日、リリスとリョウは対シリウス連合艦隊用機動要塞オーディンの作戦本部に召集されていた。




「……で、我々に話があるというのは一体何でしょうか、ファウスト参謀少将閣下」




 どことなく緊張した面持ちで、リョウは目の前にいる初老の男に口を開いた。




「参謀少将閣下直々の召集となると、戦局を左右する重大な作戦だと思いますが、何故、我々クリムゾン・エッジという、あなた方上級将校では評価の低いHAT部隊を使うのか、それをお教えください」




 リリスの方はまるで悪びれた風もなく、思っていた事を口にした。




「おい、リリス。少しは口を慎め」




 リョウが小さな声で咎め、リリスが軽く肩を竦めるのを見て、それまで険しい顔をしていたファウストは相好を崩した。




「確かに、リリス少尉の言うように、我々上級将校の八割方は君たちHAT部隊の事を過小評価している。だが参謀少将たる、この『私』が、その『八割方』に入っていると、君は思っているのかね?」




 それこそ『過小評価』だよ、そうファウストは付け加えると、おもむろに懐から二枚の紙を取り出した。




「今回の作戦内容だ。今すぐ記憶して、私の目の前で燃やしてくれたまえ」




 ファウストの言葉に頷くと、二人とも言われた通りにする。




「何か質問はあるかね?」


「二つほど」




 充分に時間が経ってから口を開いたファウストに、リョウが質問をする。




「まず、情報源について。それと、目標の詳細がどのようなものか、以上二つです」




 リョウの言葉にリリスも同意の相槌を入れる。




「一つ目の質問については、先日の作戦で君たちが捕らえた、シリウス連合軍少将ロッズウェル・ハイネケンからだ。そして、二つ目に関しては全くの不明だ。言える事はただ一つ。戦局を左右しうる『何か』という事だ」


「どういう事です?」




 リリスは率直に尋ねる。




「敢えて言うなれば、宙間戦闘機しか持っていなかった我々が、HATの出現を信じられなかった時のような代物だと思えばいい」


「つまりは、我々の『予想の範疇』を超える、というわけですね?」


「或いは『想像通り』か、だ」




 リリスの言葉にリョウは腕組みをして呟く。




「え……?」


「HATはいうなれば、昔のSFに出てくるロボットだ。そういう意味では、HATは『予想の範疇』を超え『想像の通り』の代物だ」




 リョウの言葉にファウストは頷く。




「……じゃぁ、なに? 今度は惑星破壊兵器や、重力崩壊兵器だとか、或いは反物質兵器でも出てくるとでも言うの?」


「その可能性は無い訳では無い」




 リリスの質問に答えたのはファウストの方だった。




「特に惑星破壊兵器と重力崩壊兵器の線は捨てられない。何故なら……」


「何故なら地球連邦軍の兵器開発局でも、同じような研究がされているから、ですか?」




 リリスは面白く無さそうにファウストの言葉を奪い取る。




「そういう事だ。そして、どのような兵器であろうとも、無作為に民間人を殺すような代物の開発はよくない。それはモスクワ戦時条約にも明記されている」




 ファウストの言葉にリリスは両肩をすくめた。




「でも、研究自体はされるのでしょう? だったら、意味が無いじゃないですか」


「研究するのと、使用するのとでは、全然意味合いが違ってくるものだ」


「変わらないですよ」




 リリスははっきりそう言うと、踵を返した。




「例えば、銃を突き付けて、私はあなたを傷つける気はない、と言うのは相手からして信じられますか? 或いは、拳を振り上げておいて、君を殴ろうという気はさらさら無い、と言うのはどうですか?」




 一旦言葉を切ると、リョウが自分の傍に来るまで待つ。




「相手にしてみれば、どちらも自分を傷つけようとしている以外には何者にも見えません」


「君の言いたい事はわかる。だが……」


「だが、現実はそう甘くない、ですか? 確かに、現実は『綺麗事』だけでは済まされないのはわかっています。ですが、極力『理想』に近付けるように努力するのも、必要ではないのですか?」




 ファウストの言葉を再び奪い取るように声を出すと、リリスは敬礼をする。




「リリス・ヒューマン少尉、リョウ・ミツムラ少尉の両名は、ファウスト参謀少将閣下直々の指示により、本日フタマルゼロゼロ時より、作戦名『ニケの女神像』に入ります」




 それまでの表情から一転して、軍人の顔に変貌するリリスに、ファウストは頷くと、敬礼を返した。




「おい、待てよ、リリス!」




 三歩ほど遅れて作戦司令室から出てくるリョウに声をかけられて、リリスはうんざりとした顔をリョウに向ける。




「お前、おかしいぜ? ファウスト参謀少将と何かあったのか?」




 リョウの言葉にリリスは露骨に顔をしかめる。




「何もないわ。ただ、私はあの人が嫌い。それだけよ」


「嫌い? 何でだよ? 俺たちHAT部隊にも理解もある。起死回生の作戦も何度と無く打ち立てて来た。上級将校の中では、かなり良識派だと思うぜ?」




 リョウの言葉にリリスはあからさまに大きな溜息を吐く。




「……そうね。でもファウスト少将は私に対して、何か後ろ暗い事があるかのように振る舞うんだもの。私と少将に、接点らしい接点は全く無いのに」




 一瞬、目を伏せるリリスに、リョウはリリスの肩を軽く叩く。




「……それで、いいのか? こんな危険極まりない作戦受けて」


「いいとか、悪いとか、そんなの問題外よ。私はこれ以上、戦争が泥沼化するのが嫌」




 努めて表情を引き締め、歩き出す。




「でも、民間人を無意味に巻き込んで、戦争自体は早期解決、一般人は悲惨な状況、そういうのも嫌。戦争をするのは軍人だけで充分。戦争は私たち軍人だけで片付けるべきだし、そのとばっちりを民間人が請け負うのは間違っていると思うわ」




 綺麗事だ。リョウはそう思う。だが、リリスがその理想の為に、過酷という言葉では表現しきれないほどの訓練を自分に課しているのも知っている。




「お前の言う事も一理あると思うが……」


「かつて二十世紀中旬に核兵器が開発された時もそう。二十二世紀後半に小惑星を弾頭に見立てた、流星爆弾が考案された時もそう。その絶大なまでの威力の前に、戦争自体は終結したけど、被害にあった地域の人達の状況は悲惨なんて陳腐な言葉では片付けられない」




 リリスはそこまで言うと、両手を腰に当てる。




「確かに私たちが、直接その『状況』を知っているわけじゃない。でも、映像記録で閲覧する事は可能よ。そして、映像記録だけでも『悲惨さ』が伝わってくる。だから、現実は『それ以上』なのよ。それが、私がこの作戦を受けた理由。どう? 何か不服がある?」


「いや、充分だ」




 リョウはそう言うと、リリスを後ろから優しく抱きしめる。




「ちょ、リョウ……」


「いつもみたいな無理はするなよ」




 頬を朱色に染めながら、小さく声をあげるリリスの言葉を遮って、リョウはリリスの耳元でささやく。




「わ、わかっているわよ!」




 抗議の声を上げると、リョウの腕から逃げるように体を捻る。




「大体、いつも無茶をするのはリョウの方でしょっ!?」




 リョウから二歩離れた位置で振り返ると、リリスは舌を出す。




「今回は目標が多いから、二手に分かれるんだし、私のバックアップがないんだから、しっかり頼むわよ、リョウ?」


「お前もな」




 ほんの一瞬だけ二人の唇が重なる。そして、照れ隠しのように僅かに笑うと、自分たちの旗艦であるイクスプローダーの格納庫に向かった。






「目標データ確認」




 コクピット内でリリスはスイッチを順次オンにしながら、メインモニターで各武装のチェックしていく。




「あれ……?」




 モニターの一部に見慣れない装備を確認すると、オペレーターに回線を開く。




「こちらリリス・ヒューマン少尉。キリコ少尉、聞こえる?」


『どうしましたか、リリス少尉?』




 アイドル顔負けの容姿と、聞くだけで落ち着いた気持ちになれるキリコの声が返ってくる。




「……この十二番武装のメガブースターキャノンって何?」


『え? ああ、それは技術部から先日納品された新型ビームランチャーです。従来のブースターキャノンに比べ、出力比で二割、最大射程も三割増しだそうです』




 キリコの言葉にリリスは一瞬、眩暈を覚える。




「つまり、ぶっつけ本番で性能テストをして来いって事?」


『いえ、二時間前にテスト自体は終了しました。この作戦でリリス少尉の為に、技術部が用意した物です。リリス少尉の射撃技術を更に有効利用したい、との報告を受けています』


「わかった。使わせてもらうわ」




 リリスはそこで一旦深呼吸をする。




「こちら、クリムゾン・エッジ・ワン、リリス・ヒューマン少尉。スレイブニル、L・Hカスタム出撃します」




 リリスの言葉に応じてカタパルトデッキのランプが赤から青に変化する。




「本機発進後、ヒトマル秒でブースターキャノンを同一方向に射出。続いてメガブースターキャノンをフタマル秒後に同一軸線上に射出願います」




 最後のスイッチをオンにすると同時に、キリコの顔がメインモニターの一角に現れる。




『こちらゼロ・フォーミュラ。進路オールグリーン。クリムゾン・エッジ・ワン、スレイブニル、L・Hカスタム、出撃してください。健闘を祈ります』




 艦橋にいるのであろうキリコの声に、リリスは操縦桿を一気に前に倒す。と、同時に凄まじいまでの圧力がリリスの体にのしかかる。その衝撃が和らぐのとほぼ同時に、後方から二つの物体が近付いてくるのをレーダーが捉える。




「相変わらず、正確に射出してくれる」




 リリスはそう呟くと、後方から飛来する二種類のブースターキャノンを、自機の左右のアームに装着する。そしてもう一度、操縦桿を前に倒す。しばらくして戦艦とリンクしている超長距離レーダーが敵艦隊を捉える。




「さて、と。艦隊の詳細……巡洋戦艦一、巡洋艦三、巡洋空母二、駆逐艦七、補給艦三。典型的な威圧艦隊ね。いかにも疑ってくださいって感じがするのが、私の取り越し苦労でなければいいんだけど……」




 リリスはそう呟くと、通信回線の周波数をシリウス連合の物に合わせる。




「こちら地球連邦艦隊第一遊撃艦隊所属、リリス・ヒューマン少尉です。貴艦隊の行動はすでに我々に完全に把握されています。無駄な抵抗は止めて速やかに武装解除を願います」




 何度となく発した事のある警告。無論、今までそれを受け入れられた事は殆どない。それでもほんの僅かに残った可能性に期待をする。




 そして、モニターに映る熱源反応が一気に増大する。




「やっぱり、駄目か」




 リリスは大きく溜息を吐くと、コントロールパネルに指を走らせる。




「艦隊所属の確認。シリウス連合艦隊独立機甲師団第四十四機動艦隊。指揮官は『シリウスの猛犬』フォアン・リュウ大佐。旗艦はライガー級巡洋戦艦ルービック……」




 モニターに映し出されたデータを読み上げ一瞬だけ考えると、リリスのスレイブニルが自慢のスーパーロングバレルを構える。




「諦めるまで『踊らせてあげる』わ!」




 同時に、リリスのスレイブニルから、一方的と思える銃撃が始まった。






「あ、悪夢だ……」




 巡洋戦艦ルービックの艦橋で、フォアンは自分の目の前に広がっている状況に、今日何度目になるかわからないセリフを口にした。レーダーの索敵範囲外からの通信を受けたのは、たった三時間前。いきなりの降伏勧告は歯牙にもかけていなかった。




「た、たった一機のHATで……」


「敵機からの通信です。投降セヨ。コレ以上ノ抵抗ハ無駄デアル」




 通信士の言葉にフォアンは唇を強くかみ締めた。




 巡洋戦艦ルービックの索敵範囲外からの第一射で巡洋空母の一隻が撃沈。その爆風に巻き込まれて、発進したばかりのHAT三十六機が戦闘不能に陥った。そしてフォアンが指示するよりも早く第二射が放たれ、もう一隻の巡洋空母も戦闘不能に追い込まれた。そこまで来て初めて、ルービックのレーダーがたった一機だけ、HATを感知した。




 それから三時間が経ち、自分が受け持つ艦隊で辛うじて戦闘可能と言えるのは、旗艦であるルービックの他に、駆逐艦一隻とHATが十八機だけだった。




 そして、ルービックの艦橋の目の前で、真紅のHATがレールガンを構えている。散々な状況だった。




「リリス・ヒューマン少尉、だったな?」




 開き直りとも取れる口調で、フォアンはモニターに映るリリスに向かって口を開く。




「貴官の力量、実に感服した。さすがは地球連邦軍一と言われるスナイパーだな。いや、弾切れの兵装はすぐにパージする、それによって順次機体を軽くし、機動性を上げていく。こちらの予測速度を常に上回っての機動……」




 リリスの戦い方を、順を追うように口にする。




「その度胸と判断力、そして何より機械を上回る精密極まりない射撃能力。地球連邦軍一など生ぬるいな。銀河系一と言っても良いだろう」


『あら、ありがとうございます』




 フォアンの言葉に、リリスはニッコリと微笑んだ。




「だが、私とて、シリウスにその人在りと言われる軍人の一人だ。このまま、おめおめと恥辱を晒せると思っているのか?」


『そこを曲げてお願いします』




 リリスは笑顔のまま、しかし、冷たい口調で答える。




「出来ない相談だ。この艦に何が積み込まれているのか、知らぬ貴官ではあるまい?」


『詳細は知りません。ですが、戦局を左右するものと伺っています』




 静かな声にフォアンは小さく諦めの息を吐く。




「これが地球連邦に渡れば、我がシリウスの同胞たちが窮地に追い込まれる。それだけは絶対に避けねばならないのだよ」




 意を決したように、フォアンはコントロールパネルに手を伸ばす。




『妙な動きをなされば、こちらもトリガーを引きます!』




 リリスもさすがに笑顔をなくし、悲鳴にも近い声を上げる。




『今なら……』




 リリスが続きを言うよりも早く。




「出来うる事ならば、機動要塞オーディンに使いたかったものよ」




 フォアンの指がコントロールパネルの上を走る。




『チィッ!』




 その瞬間、リリスのスレイブニルは急制動で上昇を始めた。






 そして、その空域の全てを巻き込む『崩壊』が始まった。






 耳元で大きな音を立てる警告音に、リリスは小さく呻くと、目を開いた。




「う、く……?」




 目に入る殆どの計器が赤く点灯している。




「何、が……」




 みなまで言う必要は無かった。モニター越しに目の前に広がる空域には、まさしく何も無かった。それこそ、つい先刻まで在ったであろう、艦船の残骸すらない。




「バックパックバーニア、機動バランサー、姿勢制御システム、長距離モニター、レーダー関係、全て故障。SOS信号打電……。生命維持を最優先……」




 コントロールパネルに順次指を走らせ、大きく息を吐く。




「重力崩壊兵器、か……。冗談で言ったのに、本物なんてね……」




 冗談じゃない、そう悪態を吐き、何も無い空間を見つめる。




「そっちは大丈夫……? リョウ……」




 おそらく別の空域で、自分と同じ状況にいるであろうパートナーに向かって声を出す。




「こんなの、もう、戦争じゃない……」




 いつの間にか流れ始めた涙が、頬を伝う。






 リリスが救出されたのは、それから十二時間後の事だった。

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