幸せになりたい悪魔の子
月蝕刻
幸せとは
僕はこの世界に絶対嫌われてる。
そうじゃなきゃ僕がこんなに不幸なはずがない
僕はみんなと同じように、この世界で生きているだけなんだ
なのに僕がこんなに苦しいのはなんでなの?
僕は何も悪い事はしてないのに
こんな世界なら生まれたくなんてなかった
「ママが言ってたぞ!お前がいるから僕のパパは死んだって!」
「あなたのせいで夫が…!」
「息子を返せ!」
「「「この悪魔の子め!」」」
「違う…やめて…僕のせいじゃない…」
言われのない非難と共に僕めがけていくつも石が投げられる。
最近この村では病気が流行っていて、村人の中ではその元凶が僕ということになっている。
僕はもともと片親でお母さんの女手ひとつで育てられてきた。
お母さんはその昔勇者と旅を共にした聖女で、今は村のシスターをやっている。
そんな恵まれた親を持っているのにも関
わらず僕が悪魔の子と呼ばれているのには理由がある。
理由と言っても至極単純、僕の父親が悪魔だからだ。
聖女は本来子供を身籠る事はない。
にも関わらずお母さんは僕を身籠った。
考えられる理由は二つ、お母さんが偽物の聖女だったか世の理を外れたナニカ、つまり悪魔と交わったかだ。
お母さんは僕の父親については全く話してくれない。
だから僕の親は悪魔かもしれないし本当は悪魔じゃないかもしれない。
それを知っているのはお母さんだけだ。
「ただいま…」
散々石を投げつけられて家に着いた。
ただいま、と呟いた声は、がらんとした家の中に虚しく響いた。いつもなら優しい母の声が返ってくるはずなのに、家の中はしんと静まり返っている。嫌な予感が背筋を這い上がった。
リビングの扉を開けた瞬間、生暖かい鉄の匂いが鼻腔を衝いた。そして、視界に飛び込んできたのは、床に広がる赤黒いシミと、その中心で横たわる母の姿だった。
「…ママ?」
声が震える。足が勝手に動き出し、母のもとへ駆け寄った。冷たくなった頬に触れると、指先に張り付く血の感触に思わず息をのんだ。母の胸には、見慣れない短剣が深く突き刺さっている。
視線をさまよわせると、壁には血で大きく「悪魔の子」と書かれていた。憎悪に満ちたその文字が、僕の心を深くえぐり取る。
「嘘だ…嘘だろ…?」
膝から崩れ落ち、母の亡骸を抱きしめる。温かかったはずの母の体が、氷のように冷たい。どれだけ呼びかけても、母はもう二度と応えてくれない。
聖女の死、そして破滅へ
母の亡骸を抱きしめ、僕の心は深い絶望と憎悪に飲み込まれた。村人たちの罵声が耳の奥で木霊し、壁に書かれた「悪魔の子」という血文字が、僕の存在そのものを否定しているようだった。
「僕のせいだ…僕が生まれたから…」
どれほどの時間が経ったのか、僕は立ち上がり、冷たくなった母の頬にそっと触れた。その瞬間、今まで感じたことのない、強大な力が体中に満ちていくのを感じた。それは、怒り、悲しみ、絶望、そして世界への憎しみが凝縮された、禍々しい魔力だった。
気がつけば、僕は村の広場に立っていた。僕の周りには黒いオーラが渦巻き、地面はひび割れ、建物は軋みを上げ始める。村人たちの恐怖の叫びが聞こえる。彼らが僕を悪魔と呼ぶなら、僕は本当に悪魔になってやろう。
「お前たちが…僕から全てを奪ったんだ!」
僕は叫び、力の限りを尽くして、その魔力を解き放った。村は瞬く間に炎に包まれ、悲鳴と怒号が入り混じる地獄へと変貌していく。僕の目に映るのは、燃え盛る家々と、逃げ惑う人々の姿。その光景が、僕の心をさらに深い闇へと引きずり込んだ。
勇者との衝突、そして逃亡
村を破壊した僕の前に、突如として閃光が走った。光が収まると、そこには勇者の姿があった。勇者は聖なる剣を構え、僕をまっすぐに見据えている。
「悪しき魔力を持つ者よ!これ以上、この世界を穢すことは許さない!」
勇者の声が響く。僕は全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。勇者の放つ聖なる力は、僕の魔力とは真逆の性質を持ち、僕の存在そのものを否定するようだった。
僕と勇者の戦いが始まった。僕が魔力を放てば、勇者は聖なる力でそれを打ち消す。僕は憎しみに駆られ、次々と魔物を召喚したが、勇者は一切の迷いなくそれらを斬り伏せていく。僕の力は圧倒的だったが、勇者の信念の前に、その強大な魔力も霞んで見えた。
劣勢に立たされた僕は、もはや戦う気力すら失いかけていた。その時、村の炎が僕の視界をよぎった。母の死、村人たちの罵倒、そして僕の犯した罪。それらが走馬灯のように脳裏を駆け巡り、再び憎悪の炎が僕の心に燃え上がった。
「…僕が、こんなところにいるわけにはいかない…!」
僕は無意識のうちに、全身の魔力を一点に集中させた。それは、空間そのものを歪ませるほどの、禍々しい波動だった。勇者が驚愕に目を見開くのを感じながら、僕はその波動を解き放つ。空間がひび割れ、僕の目の前に真っ黒な穴が現れた。
僕は迷うことなくその穴に飛び込んだ。背後で勇者の叫びが聞こえたが、もう僕には何も聞こえなかった。ただ、この場所から、この憎しみに満ちた世界から逃れたい一心だった。
新たな出会い、そして悲劇の再演
空間の歪みに身を任せた僕がたどり着いたのは、光に満ちた大都市だった。僕がいた村とは比べ物にならないほどの活気に、僕はただ圧倒されるばかりだった。ここは王国だった。
僕は人目を避けながら、王国の一角にある路地裏に身を潜めた。村を破壊した僕が、こんな場所にいていいはずがない。そう思いながらも、僕は疲れ果てていた。
そんな僕に声をかけてきたのは、一人の少女だった。
「お兄ちゃん、お腹空いてるの?これ、食べる?」
少女は僕に、温かいパンを差し出した。僕は警戒しながらも、そのパンを受け取った。生まれて初めて味わう、見知らぬ人からの優しさだった。
少女の名前はリリア。彼女は僕を恐れるどころか、僕の話を熱心に聞いてくれた。僕が悪魔の子と呼ばれてきたこと、母を失ったこと、そして村を破壊してしまったこと。全てを話した僕に、リリアはただ優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ。私、お兄ちゃんの味方だから」
リリアの言葉は、凍りついていた僕の心を少しずつ溶かしていくようだった。彼女以外にも、僕は数人の友人と出会った。彼らは僕の過去を知っても、僕を拒絶することはなかった。僕は彼らと過ごす中で、初めて本当の喜びを知った。
しかし、その喜びは、長くは続かなかった。
ある日、僕は友人たちと街の中心部にある祭りに来ていた。賑やかな音楽、人々の笑顔、色とりどりの屋台。僕はその光景に夢中になっていた。その時、ふと、僕の視界の端に、あの憎悪に満ちた村人たちの顔が浮かんだ。彼らが僕に石を投げつけ、罵声を浴びせる光景が鮮明に蘇った。
同時に、僕を優しく抱きしめてくれた母の顔が浮かんだ。そして、冷たくなった母の体。
「どうして…どうして僕だけが、こんな目に…!」
怒りと喜び、相反する感情が僕の心の中で渦巻き、僕の魔力は再び暴走を始めた。僕の体から黒いオーラがあふれ出し、僕は抑えきれない力の奔流に身を任せていた。
街の人々の悲鳴が聞こえる。僕の魔力は容赦なく王国を破壊していく。建物は崩れ落ち、人々は逃げ惑う。僕の視界は憎悪に染まり、目の前の光景が何もかも灰色に見えた。僕は再び、この世界を破壊する「悪魔の子」となっていた。
王国の崩壊と闇の覚醒
王国は僕の暴走によって、あっという間に廃墟と化した。人々の悲鳴と、破壊の音が入り混じる中、僕の意識は憎悪と絶望の淵に沈んでいた。再び、僕は「悪魔の子」として、全てを破壊する存在になってしまった。
その時、まばゆい光が僕の視界を貫いた。
「もうやめるんだ!これ以上、罪を重ねるな!」
その声は、かつて僕と戦った勇者の声だった。勇者は聖なる光を身に纏い、僕の目の前に立ちはだかっていた。彼の背後には、彼が守ろうとした王国の残骸が広がり、その光景が僕の心をさらにかき乱した。
僕は怒りと悲しみに駆られ、残された全ての魔力を勇者に向けた。黒い闇が津波のように押し寄せ、勇者を呑み込もうとする。それは、村を破壊し、王国を崩壊させた僕の、最も強大な闇の力だった。
勇者は聖なる剣を天に掲げ、僕の闇を打ち消すかのように、さらに強い光を放つ。その光は、僕の闇を切り裂き、僕の体を貫いた。僕は激痛に悶え、地面に倒れ込んだ。勇者の光は、僕の強大な闇を完全に呑み込み、僕の全身を灼き尽くすかのように襲いかかる。意識が遠のき、視界が霞んでいく。僕の体から力が抜け、魔力が消え失せていくのがわかった。
僕はなす術もなく、勇者の光に敗れた…はずだった。
闇の覚醒、勇者への猛攻
その瞬間、僕の奥底に眠っていた何かが、パチリと音を立てて弾けた。母を失った悲しみ、村人たちの罵声、友を得た喜び、そしてそれを自ら破壊してしまった絶望。あらゆる感情が混じり合い、僕の中で新たな、より禍々しい力が覚醒した。それは、勇者の聖なる光すらも吸収し、僕の血肉に変えるかのような、究極の悪魔の力だった。
「…僕が、負ける…?そんなこと…許さない…!」
途切れていた意識が、憎悪と共に鮮明になる。僕の全身から、漆黒のオーラが噴き出した。それは勇者の光をさえも霞ませるほどの、圧倒的な闇だった。僕の瞳は深紅に染まり、理性を失った獣のように、ただ勇者だけを見据えていた。
「ああああああああ!」
僕は咆哮と共に立ち上がり、覚醒した悪魔の力を解き放った。闇の触手が幾重にも勇者を襲い、地面を抉り、瓦礫を宙に舞い上がらせる。勇者は聖なる剣を振るい、光の障壁を展開して応戦するが、僕の猛攻は止まらない。闇は勇者の聖なる光を少しずつ浸食し、彼の防御を崩していく。
勇者の顔に焦りの色が浮かぶ。彼の聖なる力は、僕の新たな力の前に、まるでか細い光のように感じられた。僕は容赦なく闇の力を集中させ、勇者に叩きつける。衝撃波が広がり、勇者の体は吹き飛ばされ、瓦礫の山に激しく叩きつけられた。
「…ぐっ…!」
勇者の口から血が吐き出され、彼の聖なる光が弱まっていくのがわかる。僕はさらに追撃の手を緩めなかった。意識の大部分は憎悪と破壊衝動に支配され、目の前の勇者を完全に消し去ることだけを求めていた。僕は彼に止めを刺すべく、最後の力を込めた闇の一撃を放とうとした…その時だった。
悪魔との対話、そして逃亡
僕の意識の奥底で、冷たく、嘲るような声が響いた。
「よかろう、よくぞここまで来た。だが、それで終わりだと思うか?」
僕の体は、僕自身の意志とは関係なく、勇者に止めを刺す寸前でぴたりと止まった。全身を支配していた憎悪の感情が、一瞬だけ薄れる。
「誰だ…?」
「我はお前の内なる闇、お前が悪魔と呼ぶ力そのものだ。お前は、我の望むままに動いているに過ぎない」
声は僕の頭の中に直接響く。僕は、自分が操られていることに気づいた。そして、暴走の引き金となった感情の波を思い出す。
「なぜ、僕を操る…?なぜ、こんなことを…?」
「簡単なことだ。我はお前の絶望を糧に成長する。お前が不幸であればあるほど、我は強くなる。だからこそ、お前が幸せになる時こそが、我にとっての最高の機会なのだ」
悪魔の声は、僕の心を抉るように告げた。
「お前が喜びを感じ、希望を抱いた時、その幸せの絶頂から一気に奈落の底に突き落とす。その時のお前の絶望は、何よりも甘美な糧となる。村が破壊された時も、王国を壊した時も、お前が誰かと心を通わせ、幸せを感じた直後だっただろう?」
その言葉に、僕はハッとした。確かに、母との穏やかな日々、そして王国で友人たちと過ごした楽しい時間。それらは全て、僕が暴走する直前に味わった、かけがえのない幸せだった。
「…そんな…」
「そうだ。お前が真に幸せになることは、決して許さない。それが、我の存在意義だ」
悪魔の声は、冷酷に言い放った。僕は、自分の内にこのような恐ろしい存在が潜んでいたことに、戦慄した。僕が幸せになればなるほど、この悪魔は力を増し、僕を絶望の淵に突き落とす。僕が生きている限り、この悪夢は繰り返される。
僕は、半殺しで倒れている勇者に目を向けた。彼の体は血に塗れ、聖なる光はほとんど失われている。僕がもう少し早く、この悪魔の真意に気づいていれば、彼をここまで傷つけることはなかっただろう。
僕の意識が、少しずつ、しかし確実に理性を帯びていく。全身を支配していた漆黒のオーラが、ゆっくりと収束していく。悪魔の力はまだ残っているが、僕はその力を制御しようと必死だった。
「これ以上…誰かを傷つけるわけにはいかない…!」
僕は、残された僅かな理性で、悪魔の力から逃れることを選んだ。再び空間を歪ませ、闇の穴を開く。そこは、どこへ繋がるかも分からない場所だったが、僕は迷うことなく飛び込んだ。背後で、勇者のうめき声と、悪魔の嘲笑が入り混じった声が聞こえた気がした。
悪魔との対話、そして逃亡
王国の瓦礫の中で、僕は自分の内に潜む悪魔の力の真実を知った。僕の意識の奥底で響いた声は、僕が幸せになる時こそが悪魔が力を増し、僕を絶望に突き落とす好機であると告げた。僕が喜びを感じるたびに、この悪魔は僕を操り、全てを破壊してきたのだ。
半殺しで倒れた勇者を前に、僕は自身の暴走を止め、空間の歪みを開いてその場から逃れた。どこへ向かうかも分からない闇の中へ飛び込み、僕はただただ、この恐ろしい力から逃れたいと願った。
命の絶望と死ねない体
僕がたどり着いたのは、人の気配すらない荒野だった。見渡す限り、広がるのは乾いた大地と、荒々しい岩山ばかり。僕の胸には、母を殺し、村を破壊し、友を傷つけ、王国を崩壊させた罪悪感が重くのしかかっていた。
「僕が…僕が生きている限り、この悲劇は繰り返される…」
僕は自らの存在を呪った。この悪魔の力が僕の中に宿っている限り、僕は誰かを傷つけ、この世界を破壊し続けるだろう。僕は、これ以上何も失いたくなかった。
僕は、自らの命を絶つことを決意した。
しかし、その試みは全て無駄に終わった。
岩場から身を投げれば、地面に叩きつけられる寸前で、漆黒のオーラが僕の体を包み込み、衝撃を和らげた。深い湖に身を沈めれば、水中で呼吸ができるようになり、体が沈むのを阻まれた。鋭利な岩に体を打ち付ければ、僕の皮膚は鋼のように硬くなり、傷一つ負わない。
「なぜだ…!なぜ、死ねないんだ…!」
何度試しても、僕の体は傷つくどころか、再生すらしているかのようだった。僕の中に宿る悪魔の力が、僕の死を阻んでいる。悪魔は僕の絶望を糧にするため、僕を死なせるわけにはいかないのだ。僕が生き続け、絶望するたびに、悪魔は力を増していく。
僕は、永遠に続くかのような絶望の中に突き落とされた。死ぬことも許されず、生きれば誰かを傷つけ、世界を破壊してしまう。僕は、悪魔の操り人形として、この世界をさまよい続けるしかないのか。
光への渇望、勇者を探して
絶望の淵で、僕は一つの可能性にたどり着いた。僕の闇の力が僕の死を阻むなら、その闇を打ち消す光があれば、僕は死ねるのではないか?
そして、その光を持つ唯一の存在が、僕が半殺しにしたはずの勇者だった。
僕は荒野を彷徨い始めた。飢えも渇きも感じない体は、ただひたすらに歩き続けた。勇者がどこにいるのか、彼が僕を許してくれるのか、そんなことはどうでもよかった。ただ、僕を完全に消滅させてくれる光を求めて、僕は歩いた。
旅の途中、僕は廃墟と化した王国を遠くに見つけた。あの時、僕が友人と笑い合った街は、見る影もなく崩れ去っていた。その光景は、僕の心に深い痛みを刻みつけた。もし、僕が死なずに生き続ければ、またこんな惨劇を引き起こしてしまう。
「勇者…勇者よ…どこにいる…!」
僕は声が枯れるまで叫んだ。勇者への憎しみはもはやなく、あったのはただ、彼に全てを終わらせてほしいという切なる願いだけだった。彼の聖なる剣が僕の体を貫き、悪魔の力を打ち破ってくれることを、僕はひたすらに願った。
いつしか僕は、人里離れた森の中にいた。木々のざわめきだけが聞こえる静かな場所だった。ここで、僕の旅は終わるのだろうか。それとも、まだ僕には、この呪われた生を終わらせるための道が残されているのだろうか。
二度あることは三度ある
森の奥深く、僕はついに勇者を見つけた。彼は木にもたれかかり、深い傷を負いながらも生きていた。彼の体からは、以前のようなまばゆい光は失われ、か細い輝きだけが残っていた。
僕の姿を見つけた勇者は、驚きに目を見開いたが、すぐにその表情は穏やかなものに変わった。彼は僕に、ゆっくりと手を差し伸べた。
「君は…君も苦しんでいるのか」
勇者の声は、僕が今まで聞いたどんな言葉よりも優しかった。彼は、僕を悪魔と呼ぶことも、憎むこともなかった。ただ、僕の苦しみに寄り添おうとしてくれていた。
「もう争うのはやめよう。君の中に宿る闇の力は、確かに強大だ。だが、君はまだ光を見失ってはいない。君の心の中に、まだ光は残っているはずだ」
勇者の言葉は、僕の心を温かく包み込んだ。彼は、僕を救おうとしている。僕の罪を許し、友達になろうと提案してくれている。僕の体から、これまで感じたことのない、安堵と喜びの感情が湧き上がってきた。
僕は、勇者の手を取ろうとした。彼の光が、僕の闇を打ち消し、僕をこの苦しみから解放してくれるかもしれない。そう思った、その時だった。
「愚かな…!その微かな光に、お前は惑わされるのか!」
僕の意識の奥底で、あの悪魔の声が響いた。それは、これまで以上に冷酷で、嘲りに満ちていた。悪魔の力が、僕の全身を支配しようと暴れ出す。僕の体から、再び漆黒のオーラが噴き出し、勇者の光を押し潰そうとする。
「やめろ!僕のせいじゃない…!」
僕は叫んだ。しかし、もう僕の体は僕の意志では動かなかった。悪魔の力が、僕を完全に支配していた。勇者の顔に、悲しみに満ちた諦めの色が浮かぶ。
「ああああああああ!」
生暖かい血が僕の腕を伝った。
僕は、悪魔に操られるがまま、勇者に襲いかかってしまった。僕の拳が、勇者の胸を深く貫く。勇者の聖なる光が、僕の闇の中で、まるで蝋燭の炎のように揺れ、そして、完全に消え去った。
勇者は、僕の腕の中で、静かに息を引き取った。彼の表情は、最後まで穏やかで、僕を恨むような色は一切なかった。
僕の中に湧き上がっていた喜びは、一瞬にして、深い絶望へと変わった。まただ。また、僕が、僕の悪魔の力が、大切なものを奪い去った。
僕は、勇者の冷たくなった体を抱きしめ、天に向かって咆哮した。この世界は、僕に死ぬことすら許さない。そして、僕が幸せになろうとするたびに、僕の全てを奪い去る。僕は、この呪われた存在から、どうすれば解放されるのだろうか。
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