『予知眼ギャンブラー 〜的中率100%の反逆者〜』
稲佐オサム
第1章:未来視ギャンブラー、誕生
【1】競艇場、午前11時45分。
兵庫県尼崎市。水面に風はなく、太陽が静かに照らしていた。
スタート展示の水音が静かに響く中、人々のざわめきが売り場に広がる。
その片隅。ボサボサ頭、サングラス、くたびれたジャージ姿。
一見して冴えない男が、スマホをじっと見つめていた。
名前は――古沢 陸(ふるさわ りく)、29歳。
職歴:フリーター(辞職多数)。家族:なし。
特技:競艇の未来が見える。これだけ。
彼はスマホの画面をスクロールしながら、まるで“既に起きた映像”でも見ているように、口元をゆがめて笑った。
「第6R、1-3-6……三連単、確定。オッズ27.4倍……いただきます」
カタカタと手元の券売機で舟券を購入する。
10万円分を迷いなく。
背後では、競艇おじさんたちが口論している。
「今日の1号艇は流すべきやなぁ、昨日のスタート、散々やったぞ」
「いや、モーターええで。逃げ切るわ」
「ワシは4-5-6で鉄板や!」
そのどの意見も、陸にはどうでもよかった。
なぜなら――既に「正解」を知っているのだから。
⸻
【2】能力の目覚め
未来視に目覚めたのは、2年前。
飲み会帰り、酔って踏み外した駅の階段。
頭を強打し、1週間の昏睡。
目覚めた時、世界が“もう一つ”見えるようになっていた。
具体的には、視線を集中すれば――
「ある選択肢の10分後〜2時間後の未来」が見える。
初めは気味が悪かった。
ラーメン屋に入る前に“その後の腹下し”が見えたり、
アプリで女の子と会う前に“地獄のような時間”が再生されたり。
だが、ある日、競艇のレース結果を見た瞬間、確信した。
「これ……稼げる」
⸻
【3】勝ちすぎるという恐怖
陸が第6Rの券を握りしめ、結果を待つこと17分。
レースは予想通り――いや、“視た通り”に決着した。
実況「第6レース確定!1着1番、2着3番、3着6番で確定です!」
場内がどよめく。
「おおぉおお!」
「荒れたぞこれ!」
「3連単27.4倍!?やべえ当てた!」
だが、陸は興奮しない。
すでに心は次のレースへ向かっていた。
感情は排除
分析も不要
必要なのは、“見ること”と“賭けること”だけ。
払い戻し所で無言で現金を受け取る。
275万円。口角ひとつ動かさない。
“勝ちすぎる者”は目立ってはいけない。
国家に目をつけられるからだ。
⸻
【4】通帳の残高
その日の夜。
陸は帰宅し、六畳一間のボロアパートで銀行アプリを開いた。
残高:1億9,860万円
「……あと少しで2億か」
未来視を活かし始めてから、わずか1年半。
毎月の競艇利益は平均で約1,200万円。
税金?もちろん、ほとんど払っていない。
「ギャンブルの勝ちは一時所得。50万円まで非課税。
それ以上は課税対象?……知ったこっちゃねぇ」
だが、そのとき――。
スマホに、1通の通知が届く。
【国税庁 電子メール通知】
《古沢陸様》
《ご自身の高額な取引について、近日中にご確認事項がございます。》
画面をじっと見つめる陸。
その瞬間、彼の「未来視」が作動する。
――2日後、自宅に現れる2人のスーツ男。
――玄関前、無言で提示される「査察部」の身分証。
――その後、根こそぎ持っていかれる資産とデータ。
陸の顔から血の気が引く。
「マズい……来る。国家が本気で来る――」
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