捻くれサラリーマン こんな僕でも生きていいのだろうか…

欠陥品の磨き石 磨奇 未知

捻くれサラリーマン こんな僕でも生きていいのだろうか…

「何が生物界の頂点だよ。人間なんて所詮猿だ。

自分の私利私欲のために生きる下等生物だ。 

ゴキブリの方が真面目に生きてるぞ。

だいたいさ〜。」

今日の俺の口は止まらなかった。

社会人になって、3年経つが俺は毎日ミスしてばかりだ。

上司から、この会社の唯一の失敗はお前を雇ったことだと言われるレベルだ。

入社したての頃は、

まだ入りたてだからとか、

本気を出していないからだとか容易な言い訳で自分を保っていたが今はそうにもいかない。

今現在の俺の言い訳は親の遺伝子が悪かったとか周りの環境のせいだとか大変捻くれたものばかりである。

「あ〜イライラする。上司の奴ちょっと時間に遅れただけで怒ってきやがる。

俺はアメリカンスタイルなんだよ。

今は多様性の時代なんだよ。」

俺はシワクチャでシミのついたスーツのネクタイをほどきながら、

仕事終わりのサラリーマンや学校帰りの学生がひしめき合う駅に向かっていた。

「毎日 毎日 満員電車だ…

香水くせえおばさんと三日間履き古した靴下のような匂いを体から発するおじさんに囲まれるのはもううんざりだ。

せめて片方の匂いに統一してくれよ…。」

俺は唯一の特技の文句を言いながら、

駅の横のコンビニに入った。

「いらっしゃいませ!!」

女性の甲高い声が狭いコンビニに響いた。

みたところ高校生ぐらいだ。

髪は金髪で耳にはピアスが空いている。

学校の方は大丈夫なのか不安になるレベルだ。

俺は舌打ちをした。

「チッ 俺はああいう未来に希望を持って楽しんでる奴が大っ嫌いなんだよ…。

だいたいああいう奴はさ…。」

俺は嫉妬しているみたいだ。

自分のクソみたいな現実と彼女の眩しい現実を嫌でも比べてしまうからだ。

「俺だって…俺だって必死に生きてるのに…。」

俺は悔し涙を浮かべながら、割引きされていた抹茶味の菓子パン二つと、

1番安かったカップラーメンを手に取り、顔を背けながらレジに向かった。

どうやら俺の会計を対応してくれるのはさっきの女性の店員みたいだ。

「お願いします…」俺は顔を背けながら小声でそう言った。

彼女は太陽を彷彿とさせる満面の笑みでこう言った。

「ありがとうございます!こちら3点ですね!」

彼女の幸せそうな顔が俺の脳裏に焼き付いた。

俺は彼女と自分を比べて、恥ずかしさと虚しさを覚え、大きくため息をついた。

「どうせ俺なんて社会の底辺だよ…」

俺はそう呟きながら、中古で買ったボロボロの財布を取り出した。

その時だった。

「大丈夫ですか? すごい疲れた顔してますよ。」

彼女の瞳は優しかった。

「ハハ…そうかな…。気のせいだよ…」

僕の瞳は死んでいた。

その時 突如甲高い声がコンビニに響いた。

「今日のお題は払わなくて大丈夫です!!

そのお金で栄養あるものを食べてください!

私こう見えてもお金持ちなんで笑!」

彼女はニカっと笑い僕に商品を無理やり押し付けた。

「いや、俺金あるんで、自分で払いますよ。」

本心ではすごく嬉しかったが僕は断った。

僕のなんの価値もないプライドが邪魔をしたんだ。

ガサゴソ ガサゴソ

ポケットから何かを探しているようだ。

「これ!私のママが経営しているスナックの割引券と五千円の図書カード!

めちゃくちゃ汚れてて申し訳ないんやけどあげるね!!

ウチのまますごくおもしろいから暇な時おいでよ!」

彼女は耳を真っ赤にしながら少し照れくさそうにそういった。

彼女の頑張ってる姿を見たら、流石の僕でも断れなかった。

俺は何も言わずにそれを受け取り足早にコンビニを出ていった。

俺は顔に悔し涙を浮かべながら誰もいない路地裏へと足を運んだ。

デコボコのアスファルトにはゴミが散乱し、ゴミの腐敗臭が漂っていた。

その影響か野良猫1匹すらいなかった。

いや違う俺みたいな社会の底辺の家畜が近づいたからみんな逃げたんだ。

「俺は路地裏のキングかよ…」

俺は馬鹿らしくて笑った。

俺はカッカタと音が鳴る錆び付いた換気扇の上に腰を下ろして髪の毛を掻きむしった。

換気扇のそばにあった街灯の灯りが僕以外を嫌味のように明るく照らしていた。

まるでこの世界に俺が存在していなかったように。

「俺は…俺は気づいてのに。なのになんで断れなかったんだ…」

俺の唇から血が滲んでいた。

彼女がポケットから何かを探していた時、不意に彼女のスマホカバーが見えたんだ。

そこには制服姿の彼女と彼女に抱き抱えられた赤ん坊が写っていたんだ。

彼女の表情もそうだ。表面的には笑顔に見える彼女の顔だが、

よく目を凝らせば、

充血した目、腫れたまぶた、痛んだ髪の毛 気づく要素はいくらでもあった…俺は気づいていたのに…

「大丈夫じゃないのは彼女の方じゃないか…」

俺は昔から失敗してばっかりだ。周りが当たり前にやっていることが俺には昔からできなかった。

例えば授業の時間 周りが先生の黒板をノートに取ってる時

俺はまだ先生の話が理解できておらず頭を掻きむしっていた。

それをみた先生は俺が裏で努力していることを知らずに怒鳴る。

まるで先生の快楽の道具にされていらみたいだった。

「なんでお前は普通のことができないんだ!

お前は本当に他人に迷惑をかけるのだけ得意だな!」

俺は先生にそう言われて何も言い返せなかった…

こんな毎日を経験していたら

誰だって自分を保つために一つや二つ言い訳したくなるだろう。

そうやって逃げてきた結果がこれだ。

結局俺自身も彼女の上部だけを見ようとして内側を見ようとしなかった…

俺が大嫌いだったあの先生と俺

何も変わらないじゃないか…

彼女の外側だけをみて嫌いと判断した自分を俺は恨んだ。

俺は路地裏を出て、コンビニの袋を片手に歩き出す。

汚れた換気扇の音が背中に遠ざかっていく。

このまま、何も変わらない気もした。でも、何かを変えたいとも思った。

 

その時だった。

俺の背中に陽気な声が突き刺さる。


「そこのにいちゃん 

今うちの居酒屋、社会人割引で安いんやけど一杯飲んで行かへんか?

仕事をこなしてるにいちゃんがすげえカッコよくて思わず声かけてもうたわ。

ほんでどうする?」


いつもなら無視するところだが今日の俺は何故か無視をしなかった。

ああ、そうか。俺、今スーツ着てるんだったな。


「ほとんどの人間は、上辺しか見ようとしない。今だってそうだ。」

「スーツを着てる俺を見て、勝手に“仕事ができる社会人”と決めつける。

俺がどれだけアホで、ミスばかりして、誰かに迷惑かけまくってるかなんて、

誰も知らない。知ろうともしない。」


「価値があるのはスーツの方かよ…」

俺はため息混じりにそう呟いた。


「……俺自身には、なんの価値もないんだよな…」


そう言って、勧誘を断って、

俺はフラフラと歩き始めた。

「俺は今からどこに向かえばいいんだ…」

口からこぼれた声は、自分のものじゃないみたいだった。

「行くなら地獄より天国がいいな。」


しだいに視界がぼやけていく。

街灯もネオンも、誰かの顔さえも、輪郭が溶けるように崩れていく。

俺は赤信号の交差点をそのまま渡ろうとしていた。


「……兄ちゃん、ほんまに大丈夫か?

信号、赤やで。」


静まり返った夜に、ひとつの声が落ちてきた。

その声は不思議と、俺の耳にすっと入ってきた。


「赤信号の赤って、明るいじゃないですか。」

俺は笑っていたのか、泣いていたのか分からなかった。

「そこに近づいたら……俺を明るく照らしてくれるのかなって。」


自分が何を言っているのか、もうわからなかった。

「兄ちゃん……死のうとしてるやろ。」


その言葉は、まるでナイフみたいに静かに、だけど深く、

俺の心臓の裏側をえぐっていった。


「ハハ……そうか、俺、死のうとしてたんだ。」

気づいたとたん、俺は笑いが止まらなかった。

クソみたいな人間がこの世に存在していて、

そいつが、俺だった。それがただただおかしかったからだ。

「地獄じゃ俺、エリートやな……」

俺は心の中でつぶやいた。

 その男の優しい瞳が、俺の死んだ瞳をまっすぐに見つめていた。

彼の優しい瞳で、ぼやけていた視界が少しだけクリアになった。


よく顔を見ると、さっきの居酒屋のキャッチだった。

俺の外見だけを見て、“仕事ができる社会人”と勝手に判断して、

「兄ちゃんカッコええわ〜」なんて軽いノリで話しかけてきた、あの男。

所詮、売り上げのための口上──そう思ってた。

けど今、目の前にいる彼は違って見えた。

ふと、疑問が浮かぶ。

なぜ彼は、最初から「大丈夫か?」と声をかけてこなかったのか。


……いや、違う。気づいたんだ。

彼も俺と同じだった。


きっと、最初は上辺しか見ていなかった。

スーツの色とか、背筋の角度とか、テンプレートみたいな社会人像を。


でも、俺の表情、仕草、声のトーン……

その内側にある“何か”に、ちゃんと気づいたんだ。

気づこうとしてくれたんだ。


そう思ったら、自然と唇を噛み締めていた。


俺は彼の優しさの本質に気づき、

くたびれたスーツの襟を正して、もう一度──彼の方を振り返った。

二つの光が、僕を照らしていた。


一つは、あの女の子のまっすぐな笑顔。

もう一つは、キャッチの男の、見透かすようなまなざし。


それぞれまるで違う場所から来たように見えた光が、

街灯でも、ネオンでも届かなかった僕の心に、

まるで太陽みたいに、優しく、でも強く差し込んでいた。


ほんの少しだけ、世界がマシに見えた。

ほんの少しだけ、息がしやすくなった。


俺は彼に、笑って言った。



「俺さ、“アメリカンスタイル”なんだよ。」


「こんなとこで、死ぬわけないだろ。」


「……アメリカン・ジョークだよ。」



そう言って、俺はニカっと笑った。

どこか泣きそうな顔で、だけど確かに、笑っていた。

彼はどこか悟ったような顔で涙を浮かべながら

彼は何も言わず

俺の肩を優しく包み込むように手を置いた。

まるで俺の今までの人生が全て肯定されてるような気分だ。

彼の不器用な優しさに触れて僕は

さっきまで我慢していた涙が溢れた。

こんな俺でも人生をやり直してもいいのだろうか? 

他人に迷惑ばかりかけるなんの価値もない俺でも…

いや違うこんな俺だからやり直せるんだ。

人の痛みも傷も全部知っている俺だからこそやり直せるんだ。

俺は暗い夜道を彼と共に歩き始めた。

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