スキルガン

へろあろるふ

【pt.1 オムライス分隊】可憐な敗残兵たち








「…ぃ………さい…。」



 何処かから、大人しい少女の声が聞こえてくる。その声はまるで、誰かの意識を呼び起こそうとしているように感じられる。



「目を開けて下さい。3秒以内に開けなければ、超強化型AEDを使用します。」




「…待て。––––待て待て、タイム!」


 俺が慌てて目を開けて起き上がると、誰かが俺の頭を殴った。……いや、誰かの頭がぶつかったようだ。



「対象が起きました。確認を開始します。………貴方は誰ですか?」

「……?。」




 銀髪の少女が、自分のおでこを抑えながら言った。俺は質問に答えようとするが、自分の名前どころか、何者なのかすら思い出せない。


 そんな事より、こんな事してて学校に間に合うのか? 早く学校に行かないと。


……ここは一体、何処なんだ。そもそも誰だ、俺は。ここで何をしているんだ?




 ヒントを求めて辺りを見回してみるが、地面は地平線まで瓦礫で埋め尽くされ、朝とも夕ともつかない曇天がどこまでも続いているだけだ。



 ふと自分の身体を見下ろしてみると、いつも通りの朝練用ジャージを着ていた。 その「いつも通り」の日常がどんな物だったか、全く思い出せないのだが。



「……ぇえっと……。」

「エトさんですか。」

「ぅえ?」



 訝しげに俺を見つめた後、銀髪の少女は無言で俺を背負い上げた。華奢な体型からは想像もつかない程に、軽々と持ち上げられる。



「黙って私の言う事を聞けば、悪いようにはしません。大人しくしてて下さい。」

「分かった。–––––君の名前は?」


「…⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎です。」




 少女は俺を背負ったまま、軽快な足取りで瓦礫を踏み越えて行く。


 その身体からは、何だか懐かしいような、妙に落ち着く匂いがした。少女の背中の柔らかい感触が、白衣を通して伝わってくる。




「何処に向かうんだ?」

「迷彩都市です。……10時の方向よりエネミーが接近中。⬜︎ルス、駆除して下さい。」


『はーいよ。⬜︎⬜︎⬜︎ィ、そっちは大丈夫そ?』


 トランシーバーから女らしき音声が聞こえた。間もなく1発の銃声が辺りに響き、静寂が帰ってくる。それっきり、銃声が聞こえる事はなかった。



「–––大丈夫です。」

『そ。』


 ⬜︎ミ⬜︎ィが瓦礫を踏み締める音だけが、荒廃した風景に残っている。




 どうやら彼女には仲間がいるらしい。今のところ、俺の視界には映っていない誰かが。

見えない仲間がいると思うと、謎の安心感が湧いてくる。









「迷彩都市って何だ?」

「……。」


 質問がマズかったのか、或いは非常識だったのか。エ⬜︎リィは呆れたような横目でこちらを凝視してきた。なんだか可愛いので、つい見つめ返してしまう。



「…特殊な迷彩で、エネミーから隠蔽された都市です。現在の人類は迷彩都市でしか生活できません。」


「エネミー?」




 エミリ⬜︎は小さな口から、これまた小さな息をついた。その姿は、冗長な応酬に疲れた女性のように見えた。質問し過ぎたかと、俺は思わず口を閉じる。









 


 何も無い荒野をどれだけ進んだだろうか。進んだと言っても、俺はエミリィに背負われているだけなのだが。


「……。8時の方向より小型エネミーが多数接近中、これより徹底的に殲滅します。」

『了解。』



 エミリィは俺を下ろすと、白衣の裏地に隠された小銃ライフルを取った。鋭い横目で俺を見ると、謎の質問をしてくる。



「まさか、エトさん……ロイヤルブラッドなんですか?」

「え……分かんない。」



「はぁ…。まさかを拾ってしまったとは、ツイてないです。」



 エミリィは弾倉をライフルに押し込み、俺の前に立つ。どこか遠い所を見つめながら、彼女は静かに言った。



「–––––怖がらなくても大丈夫ですよ。エネミーは全て、貴方の視界に映る前に私が殺します。」




 さっきとは比べ物にならない程の大きな銃声が、ライフルの連続射撃と共に空気を震えさせた。


「こちら分隊長、位置バック。ホルス、位置センター。各位、戦闘開始。」

『ホルス、位置センター。戦闘開始。』




 刹那、銃口より閃光が駆けた。空気を割る音を追い越して、地平線の先へと瞬く間に消えていく。

 荒野に響き渡る銃声の雨、流星群の如き弾丸の強襲。


 ––––––遠過ぎて、本当に敵が見えない。そもそも敵なんていないんじゃないかと思ってしまう。……戦場で恐怖を感じない自分に対して、不安を覚える。





 俺の体感で10分が経つ頃、エミリィはゆっくりと銃口を下ろし、射撃をやめた。



「確認終わり。状況終了、状況終了。」

『状況終了、了解。』


「各位、再度経路を確認。確認次第、前進開始。」

『了解。』



 白衣の裏にライフルをしまうと、エミリィは俺に歩み寄った。


「…無事ですね。」

「お蔭様で。」


 再び俺を背負って、エミリィは歩き出した。









 ふと目線を上げると、いつの間にか俺とエミリィは木骨造りの農村に入っていた。ヨーロッパの田舎を彷彿させる長閑のどかな雰囲気が、俺の気持ちを不思議と落ち着かせてくれる。



「ここは迷彩バリアの圏内です。……ホルス、合流しましょう。」

『はーいよ。』




 エミリィは立ち止まると、背負っていた俺を雑に下ろした。俺は尻餅を付いたまま、ひとまず座っておく。


 軽く足を揺らしてみたが、歩けない訳では無さそうだ。なんで俺オンブされてたんだろ。


 彼女は広葉樹に背中を預けて、何故か俺を見つめてくる。




 氷水に薄墨を染み込ませたような瞳には、全く感情が映らない。流れるような銀髪、新雪のように青白い肌。

 何かを蔑むような冷たい表情に、何処かあどけない目鼻立ち。




「…エミリィ、俺のこと見てる?」

「はい、見てます。」


「……どうして?」

「不審人物を監視してるだけです。」


「不審…。」




 エミリィの言葉と目線は相変わらず冷たい。元からこういう物なのか、将又はたまたは俺に何らかの非があるのか。

 いずれにせよ、あまり心地の良い事ではない。



 気分転換をしようと景色を眺めていると、見知らぬ少女がエミリィの元にやって来た。



「お待たせ、エミリィ。行こ。」



 死んだ魚のような目をした、青いショートヘアの少女だ。声にも全く抑揚が無く、本当に生きているのか怪しいくらいだ。


 水色のギターバッグを背負っていて、首にはヘッドホンを掛けている。話し方は、時折トランシーバーから聞こえたそれに酷似している。



「ソイツが拾い物?」

「はい。」




 彼女は俺を一瞥いちべつしたが、特に何も言わなかった。コメントする価値ナシ、という事だろうか。



「行きましょうか。」

「おー。」


 エミリィは俺を背負い直すと、もう1人の少女と共に歩き出した。




*○*○*○*




 2人の少女が俺を連れてやって来たのは、レトロな町の景観を破壊する気満々の高層ビルだ。

 石畳の道と木骨造りの美しい街並みに、1mmも寄り添う気のない完全な現代建築。



「これはダメだろ…。」



 世界観がよく分からないまま謎のエレベーターに乗せられた俺は、13階の一室に豪速球で投げ込まれた。


「ほげぇッ!!」


「到着です。」

「ただいまー。」


 玄関で靴を脱ぐと、エミリィは俺をリビングまで引きずって運んだ。



「さて、この粗大ゴミどうします?」

「……売る。」



 今、とてつもなく不穏な言葉が聞こえたような。大丈夫、きっと言い間違いか聞き間違い、或いはただの気狂きちがいだろう。何も心配する必要はない……。



「臓器を売るつもりかッ!?」

「…うん。お金欲しいからねー。」




 エミリィとホルスが、品定めをするように俺を見下ろした。


「冗談だよね……?」






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